永遠に続く夢
さて、始まったボナールとタルファの決闘は一方的なものとなる。
次々に撃ち込まれるボナールの斬撃をタルファは防ぐのが精一杯。
反撃に出ることが出来ぬまま、ズルズルと後退する。
このままでは致命的な一撃を食らうのは時間の問題。
少なくても、グラワニーにはそう見えた。
……何が一番強いだ。
始まる前ならともかく、こうなってしまってはもう見ているしかない。
心の中で恨み節を盛大に口にしながら、脇に並ぶ将軍たちを睨みつけたグワラニーは、そこでとんでもないものを見る。
薄ら笑いを浮かべる者たち。
……こいつら。
思わず最悪の結末を予想し、ここに並ぶ将軍たちはそれを期待して敢えてタルファを送り出したのではないかと疑ったグラワニーが口を開く。
「プライーヤ将軍。今の状況のどこに笑いの要素があるのだ?」
思わず口にしてしまったグラワニーの毒の籠った言葉。
だが、プライーヤはそれを軽く受け流す。
小さく頷くだけでグラワニーの問いには直接答えず、その代わりであるかのように自らの感想を口にする。
「さすがフランベーニュの英雄と言われるだけの男ですな。アポロン・ボナールは。おまえはどう思う?アライランジア」
「まったく同感だ」
プライーヤに問われたアライランジアは、まずそれを肯定し、続いて、その理由となるものを口にする。
「あれはたしかに強い。技術はもちろん、速さもある、そして、剣に込められた力も相当なものだ。人狼どもを含めてもあれより上の者は見たことがないな」
「そうであれば……」
タルファではなくおまえたちがやるべきではなかったのか。
グラワニーの口から出かかった言葉を制するように、アライランジアは言葉を続ける。
「だが、それだけの話だ。やっている本人たちもすでにお互いの力量に気づいているだろう。そして、どちらが勝つかということも」
「そうだな」
アライランジアの言葉を即座に肯定したのはバルサス。
バルサスはアライランジアの言葉を引き継ぐようにそのまま言葉を続ける。
「見ろ。アライランジア。どうやら、フランベーニュでもそれがわかっている奴がいるようだぞ」
「ああ。ボナールの副官やその子分は勝った気で大騒ぎしているが……」
「ロバウとやらはだけは様子がおかしい」
「ああ。あれはわかっている顔だ。さすが将軍というところか」
バルサスの言葉に促されるようにグラワニーは視線を相手方へ移す。
たしかに、ロバウひとりだけが笑みがなく、何かを祈っている。
……アライランジアやバルサスの言葉の端々からはタルファが優勢だと受け取れる。
……だが、この状況のどこを見たらそうなるのだ。
……とにかく、私には大事な責務がある。
……デルフィン嬢に準備だけさせておきながら、自分がそのタイミングを見逃し、間に合わないなどという事態にならぬように……。
……一瞬でも目を離してはいけない。
グラワニーは剣を使っても戦いについては究極の門外漢であるため、神経をすり減らしながら見守るしかなかった。
突然訪れるかもしれないその時を見逃さないように。
そして、彼に無言の圧力を加え続けるその戦いはさらに続く。
……おかしい。
ボナールが心の中でそう呟いたのは、四撃目に続いて五撃目も防がれたときだった。
……一撃目は、防げる程度のものを撃ち込むというこのような戦いでの相手に対する礼儀がある。
……その防ぐ様子から、相手の技量をはかるという意味合いもある。
……だから、防がれるのはある程度想定していた。
……だが、その後はどれも本気だ。
……特に今のものは、渾身の一撃とさえいえる。
……それなのに……。
……切り裂くどころか、相手にかすりもしないというのはどういうことだ。
……たとえば魔法で防がれているというのならわかる。
……だが、そうであれば、これまでの経験からそうであることはすぐにわかるが、今回のそれはあの独特の感触がないことから違うといえる。
……いや。これは魔法防御を疑う以前の問題だ。
……間違いなく剣で防がれ、私の剣先は衣にすら届いていない。
……間違いなく私の剣の動きをこの男は見切っている。
……全くもってあり得ないことで……。
……いや。この感覚に覚えはある。
断言しかかったボナールの心に思い浮かんだのは、遥か昔、幹部養成学校に入った直後となる少年時代である自分が剣の教官とおこなっていた稽古中の一コマだった。
渾身の力を込めて打ち込むボナールの剣を簡単に払いのけながら、さらに打ち込むように煽りの言葉で促す彼の師であるベルネー・オルベックの姿。
……これはまさにあれと同じ。
……弟子に稽古をつける師。
……そして、現在その師の役を演じているのがこの男。
……つまり、弟子役はこの私ということだ。
……実に不愉快。
……馬鹿にするな。
……必ず倒す。
ボナールは、怒りを込めて、さらにもう一撃撃ち込んだ。
再びやってきたボナールの一撃を払いのけたその男はそう呟く。
……グラワニー様の配下になってから、ペペス殿やプライーヤ殿が使用する、とてつもなく重い剣や戦斧、それに錘を使いこなせるように努力してきた甲斐があったようだな。
……これが剣速重視のコリチーバ殿愛用の軽い剣とはいえ、驚くほど早く動く。
……だが……。
……それと同時にボナールの剣速が鈍いのも事実。
……噂ではボナールの剣の腕はフランベーニュ屈指。
……あまりにも簡単に見切れるので、これは罠であり、攻勢に出たところで反撃の一手として隠し技を披露するつもりではないかと疑っていたのだが、どうやら、これが彼の実力のすべてのようだな。
……指揮官としての仕事が忙しく、剣の鍛錬ができなかったとみえる。
……残念だ。
……だが、戦いは戦い。しかも、これは相手が望んだもの。
……手加減する理由はまったくない。
再び撃ち込まれる剣を払いのけながら、タルファは薄く笑う。
……これで「アリシアの夫」以外の肩書でも我が軍内の認知してもらえるようになるのではないだろうか。
……フランベーニュの英雄を一騎打ちで倒した者として。
……では、そろそろ始めるか。
タルファは決闘のためにグラワニーの護衛隊長のコリチーバから借り出した剣を握り直す。
……さて、まずは小手調べ的に一撃撃ちだしてみるか。
……それにしても……。
……楽しいな。本当に。
タルファはそう呟いた。
さて、そのタルファの言う小手調べ。
それはすぐに目に見える形となって現れる。
再びの斬撃を撃とうと組み合った剣を少しだけ引いた瞬間、タルファの剣が消える。
直後、ボナールの剣根本へそれは姿を現わす。
続いてやってくるのは骨の芯まで痺れるような衝撃。
なぜそこかと思ったりもしたが、それよりも……。
……撃ち込まれるまでの動きがまったく見えなかった。
……信じたくはないが……。
そして、再び思い出すのは、ベルネー・オルベックとの稽古の日々。
その初期。
その技術の低さから、まだまだ本物を使用するわけにはいかないレベルだったボナールは大きさこそ同じものの木製の剣を、そして、師匠であるオルベックは鞘に入れたままの剣で稽古をしていた。
そして、そのとき度々見せられたその剣技。
その時、剣技の何たるかをまったく理解していなかったボナールは赤く腫れあがって右手を撫でながら師匠にこう聞いたものだ。
剣を透明化する魔法があるのかと。
そして、その時オルベックはこう答えたのだ。
「そのようなものはない」
「あるのは、私とおまえの技術の差。それからおまえの集中力の低さ。それだけだ」
……これが魔法の力でなければ、この男と私には大きさ差があり、そして、相手の剣の動きが見えないほど私の目が節穴になっているということになる。
……だが、あの時だって程なく師匠の剣の動きは見えるようになった。
……ということは、私とこの男の差は師匠と剣を握りたての子供との差ぐらいあるということなのか。
……信じられない。
……いや。信じたくない。
ボナールは数歩分後に下がり距離を取ると、それを確認するために口を開く。
「タルファ殿。剣の姿を消す魔法を使っていないか?」
「いや。そのような魔法を付与した剣を使用しているのではないか?」
そう。
その言葉は、師の剣が消えたと思った少年が口にしたものと同じ。
そして、それに対して返ってくるものも、あの時と同じだった。
「そんな便利なものがあるのなら是非使ってみたいものだが、あいにく我々の魔術師はそのような魔法は習得していないようだ」
つまり、そのようなものは使用していない。
タルファの言葉は言外にそう言っていた。
「ついでに言っておけば……」
「私にはボナール殿の剣の動きが非常に遅く感じる。当然ながら動き出しはボナール殿の方が早いはずなのに、それに反応して動かす私の剣が待ち構えた場所にボナール殿の剣がやってくるようだった」
「まだ本気でないのならそれでもいいが、それがボナール殿のすべてであるのなら、もうこの戦いから下りたほうがいいと私は思う」
……くそっ。
ボナールは心の中で大きく舌打ちをする。
そう。
それは言われたくない事実。
そして、自分でも気づいている真実。
……私とこの男はそれほどの差があるのか。
……そして、ようやくわかった。
……純魔族の将軍たちではなく、人間であるタルファがなぜこの戦いの場に立っている理由を。
……この男は奴らよりも強い。
……単純にそれだけのことだったのだ。
……それなのに……。
……何が枷だ。
圧倒的強者に対して馬鹿なことを言ったものだとボナールは自嘲した。
……それにしても、ノルディアはなぜこれだけの男をむざむざ手放し魔族にくれてやったのだ。
……話を聞くかぎり、狂信性もないきわめて常識的で温厚。
……将軍となり、魔族たちを従えているところだけを見ても、将としての器も十分にあるように思える。
……これだけの人材を捨てるほどノルディアに人がいるとは思えぬが。
ノルディアがこの男を手放しさえしなければ、自分が屈辱的ともいえる言葉を投げかけられ、それを受け入れなければならないという、このような大きな敗北感を味わうことがなかったのにという言葉を強引に心の奥に押し込んだボナールの思考はさらに進む。
……さて……。
……今日二度目の降伏勧告を受けたわけなのだが……。
……残念ながら、その選択がどれほど愚かなことだとわかっていても断らざるを得ないのだよ。今の私は。
ボナールの顔にもう一段階深い自らを嘲る影が浮かんだ。
「ロバウ殿」
徐々に最後の時が近づいていることを感じ、息苦しさだけを纏って戦いを見つめるボナールの介添人のひとりロバウに、少々浮かれ気味のボナールの副官モンガスコンが話しかける。
「どうもふたりは話をしているようですが……」
「いったい何を話しているのでしょうか?」
モンガスコンの言葉どおり、ボナールとタルファの会話はふたりだけが聞こえる程度の大きさであったため、その内容はわからなかった。
心の中で素早く思考を完結させたロバウは面白くなさそうな表情でそれにふさわしい言葉を吐き出す。
「さあな」
ロバウとしては、副官たるもの、その程度のことは察しろと言いたかったのだが、再び口から開かれ、そこから流れ出たモンガスコンの言葉は、真実からさらに遠くなるものだった。
「まあ、おおかたボナール様が魔族に身を売った裏切り者の元ノルディアの将軍にさっさと降参するように言っているのでしょうが」
「……そうだな」
モンガスコンの言葉に面倒くさそうに相槌を打ちながら、ロバウは心の中ではそれとはまったく違う想像をしていた。
ボナールの負け。
……最初の数合を見た時点ですでにその差を感じていたが、時間を追うごとにその差は広がっているように思える。
……もしかして、疲労か。
……今日一日のことを、いや、ボヤキ気味に口にした王都からここまでやってくるまでの貴族どものお守りしたときの苦労を考えれば当然のことではあるが……。
……だが、ここで負けを認めるわけにはいかない。
……ボナール殿は最後までやる気だ。
……ここまでの戦いは、四十万の兵を失っただけで得るものは何もなく、さらにクペル城を明け渡して王都に戻ったら、どのような沙汰が待っているかなどわかり切っていることなのだから。
……絶対に勝てないとわかっても、最後まで降参とは言わないだろう。
……それが、「フランベーニュ英雄」の決断なら、我々はそれを尊重せざるを得ないだろう。
……それがこちらの望まぬ結末であっても。
ロバウが口を開く。
「モンガスコン。よく見ておくといい。ボナール殿の、いや、フランベーニュの英雄の戦い方を」
さすがに「最後の」とは付けられなかった。
万にひとつも起こらない奇跡を願いながら様子を見守るロバウがいる場所とは決闘場を挟んで反対側と位置にある魔族軍幹部が並ぶ席。
数人を除いた者は余裕をもってそれを眺めていた。
そして、その多数派には剣での戦闘には無縁なはずのタルファの妻アリシアも含まれていた。
妻であるのだから夫の勝利を信じるのは当然とも言えなくはないが、一対一の決闘であり、さらに相手も相当な達人となれば目の前で夫を失うことも考えられる。
それにもかかわらず、アリシアは表情を変えず、それどころか、薄くではあるが笑みを浮かべていた。
もちろん内面ではどう思っていたのかはわからない。
だが、表面上は何事もないように振舞っていたアリシアを見ていた魔族軍の将兵はこの決闘後それまで以上に彼女を崇拝するようになる。
そして、その過程で尾ひれ、葉ひれ、その他諸々が付き、最終的にはこのような噂となる。
彼女は始まる前からタルファ将軍が勝つことを知っていたのだ。
さて、未来予知ができるためすでに夫の勝利を知っているらしいその特別な女性を含む多くの者たちにとっては事実上勝負がついていた戦いであったが、実際はまだ終わっていない。
というよりも、相変わらず攻勢に出ているのはボナールであったので、剣闘について完璧な素人の目には、状況は玄人とはまったく正反対のものにしか見えなかった。
そして、そのひとりであるグラワニーはあきらかに苛立っていた。
その彼に隣から野太い声がやってくる。
「グラワニー殿には、あの状況はどう見えるのかな?」
ようやくやってきた先ほどの問いに対する答えのようなプライーヤからの言葉に、グラワニーは当然見たままの状況を答える。
タルファが不利であると。
「なるほど」
プライーヤは感心するようにそう応じる。
「まあ、上辺だけを見ればそうなるのだから、剣に関して素人のグラワニー殿がそう思うのは仕方がない。そして、フランベーニュの連中の大部分にもそう見えるようだ。だが……」
「我々のように剣に生きている者から見れば、勝負はすでについていると言ってもいい。そして……」
「タルファ殿の勝ちは動かない」
「そうなのですか?」
「ええ。それくらいの差がふたりにはある」
「……後学のために、聞かせてもらいましょうか。その根拠を」
「まあ、それなりに剣を振るっていればわかるのですが、そうでない者にそれを説明するのは少々難しいです。ですが、どの部分がということで話をすれば……」
「剣速が圧倒的に違う。そして、剣の重さもかなり違う。剣の技術はややボナールが上に見えるが、そうであっても他があれだけ違ってしまえば、その程度の差ではどうにもならない」
「なるほど」
「では、なぜ勝負がなかなかつかないのですか?」
「それは、タルファ殿の人柄でしょうね」
「人柄?」
「ええ。これが私やアライランジアであれば、相手の力量がわかった瞬間にケリをつけにいく。まあ、そこで足を掬われる可能性もあるが、とにかく、一瞬で勝負は終わる。当然相手に対する敬意などない」
「タルファ将軍にはそれがあると?」
「そう。そして、先ほどの会話はおそらく敗北を認めるように勧告したのでしょう。まあ、ボナールがそれを承諾するわけはありませんが」
「ただし、単純な決闘ならともかく、その前段階で味方をあれだけ失っているボナールがそれを拒否することはタルファ殿もわかっている。つまり、それは、いわば儀式のようなもの。そして、それが終わったここからが本当の本番であるといえるでしょう」
そこまで一気に話したところで、プライーヤは言葉を切る。
そして、茶を一杯口に含んだところで、最後となる部分を言葉にする。
「まあ、タルファ殿の剣が動けば、勝負は一瞬で終わる」
そして、プライーヤの言葉にあるその瞬間は突然訪れる。
ボナールが次なる一撃のために剣を少しだけ動かした瞬間、タルファの剣がボナールの視界から再び消える。
そして、次の瞬間、ボナールの左肩から右側下方へ何かが横切り、続いて激しい痛みがやってきたと同時に真っ赤な液体が視界を覆う。
記憶の断絶から回復したボナールは自分が地面に倒れていることに気づく。
……傷は。
それを感触で確かめようとした右手に感覚はない。
いや。
正確には激しい痛み以外の感覚がない。
視線をそちらに向けたボナールはその理由を察した。
……あの一撃で右手まで斬り落とされていたのか。
すでに力が入らず体を動かすことができないため、視線だけで自らの状態を確認する。
……なるほど。
そう。
まだ生きているのが不思議なくらいの傷と出血。
つまり、致命傷だった。
むしろ、これだけの傷を負いながら、悲鳴ひとつ上げずにいられるのはさすが「フランベーニュの英雄」というべきものであった。
……終わりだな。
ボナールは観念したように目を瞑る。
……眠い。
このまま眠りたいという気持ちがボナールの思考を覆う。
だが、遠くからそれを妨げるような声がする。
「……ボナール殿。言い残すことはあるか」
さらに、もう一度。
「……ボナール殿」
それは自分を斬った男からのものだった。
「……言い残すことなど何もない」
その言葉を拒絶するように空を見ながらそう言い切ったところで、ボナールは少しだけ思い返す。
「いや。ひとつだけ……」
「私は弱かったのか?」
なぜそれを聞いたのか自分でもわからないが、思い浮かぶのはそれだけだった。
刻一刻と意識は遠ざかっていく。
だが、それでも、自らの問いの答えとなるものはボナールの耳に届いた。
「いや。ボナール殿は弱くはない。十分に強かった。ただし……」
「私はさらに強かった。それがこの結果ということだ」
「なるほど」
「私は強かったが、さらに強い男にやられたのか。そうであれば仕方がない。そして、夢は……永遠に続く……あの空の高みには到達するのはまだ先なのだから……」
意味不明のその言葉に続くのは長い沈黙のとき。
やがて、ボナールの口がもう一度力なく開く。
「……セレベール」
それが「フランベーニュの英雄」アポロン・ボナールの最後の言葉だった。
後にわかったことであるのだが、ボナールが最後に口にしたセレベールとは故郷であるフランベーニュ南部の小さな村エヴィーザに住む三歳年下の幼馴染の女性の名であった。
そして、ボナールがこの戦いの後にその女性と結婚をする予定になっていたことも判明する。
ボナール戦死の報が届けられたときに彼女がどのような反応をしたのかは定かではなく、この件に関する彼女の言葉も一切残されていない。
だが、彼女は生涯独身を貫いたことは事実。
ボナールに対するそれだけの想いを彼女が持っていたということだけはいえるのではないだろうか。
悲しい結末。
だが、悲しい出来事に見舞われたのはアポロン・ボナールとその結婚相手セレベール・ミジャネスだけに限ったものではない。
そう。
この戦いで戦死した多くのフランベーニュ軍兵士にも、それどころか、彼らがこれまで倒してきた魔族軍の将兵にも同じような例は数えきれないくらいあるのだ。
もちろんそれだけではない。
戦場の両側で日々愛する者を失う家族や恋人が生まれている。
家族や友人を失って悲しむのは片方の銃後だけではない。
むろんこの世界には銃はないのだから表現上剣後は正しくないのだが、大切な者が戦死して涙するのは、自分たちだけではないのだ。
つまり、自分たちの大切な人が殺した敵の背にも自分たちと同じ境遇の者たちが存在する。
多くの者は最後までそれに気づかないのだが、それこそが殺し合いの最終形態である戦争の現実。
そして、それは戦いが終わるまで続くのである。




