決闘の始まり
一アクト、別の世界での百メートル四方の草を刈り取り、きれいに整地された戦いの場の中央にふたりの剣士が進み出る。
「私は、フランベーニュ王国軍の将軍アポロン・ボナ―ルである」
「私は、アルディーシャ・グワラニー様の代理としてこの戦いに臨むアーネスト・タルファ。将軍格の地位をグワラニー様より頂いている者だ」
実にシンプルな自己紹介である。
もちろんタルファとしてはすぐにも戦いを始めたいところであったのだが、そうはいかない。
お互いに声を掛けあってから始めるのが、この世界の決闘時の作法となるのだから。
だが……。
「始める前にいくつか尋ねたいことがある」
ボナールからやってきたのは、予想もしない問いの言葉だった。
タルファは何ひとつ動じることもなく、それに応じる。
「何か?」
「おまえはあきらかに人間だ。それにもかかわらずなぜ魔族に与し、あまつさえその組織の長の代理として同じ人間である私に剣を向けている。その理由は何だ?」
「なるほど。たしかにそうだな」
そう言って、タルファは笑う。
「指摘通り私は人間である。ただし、私がこの軍に加わったのはそう昔のことではない」
そう言ってから一度言葉を区切り、それから数瞬後、再び言葉を重ねる。
「ボナール殿はクアムートという地名を知っているか?」
「クアムート?」
「そうだ」
もちろんボナールはその地名は知っている。
だが、それを即答していいのか、少しだけ思案をする。
そして、数瞬後。
問題ない。
そう結論づけるとボナールは口を開く。
「もちろん知っている。ノルディアと魔族が戦った地であろう」
「そうだ。私はその当時ノルディア軍に属していた。将軍として。そして、敵将の見事な計略の前に破れた」
「なんと……」
さすがにこれは驚きを隠せない。
だが、この場でそんな戯言を言うとも思えない。
「そのノルディアの将軍がなぜ祖国を裏切り魔族軍に参加しているのだ?」
「ふふっ」
タルファの笑いはあきらかな自嘲の香りを纏ったものだった。
だが、感情が高ぶったボナールにはその嘲りが自らに向けられたものに思えた。
「何がおかしい?」
ボナールからやってきた言葉に込められたものをタルファはすぐに察した。
「いや。申しわけない。ただ、ボナール殿の言葉を訂正しておけば、私は祖国を裏切ってはいない」
もちろんそれは事実だ。
ただし、それはそれだけを口にしても信用される類のものでもないのも事実。
当然やってくるのは疑いに満ちた言葉となる。
「おもしろい。では、どのような理由があって将軍の地位にあった者が魔族の仲間になったのかを聞かせてもらおうか?」
「いいだろう」
「私がこの場にいる理由。それは私と私の家族は祖国に捨てられたからだ」
「もう一度言う。私は祖国に捨てられた。地位も名誉も奪い取られたうえ、クアムートでの敗戦の責任をすべて押しつけられて。その捨てられた私をグワラニー様が拾ってくださったのだ。しかも、驚くほどの厚遇で迎えてくださった。それは私だけではなく、妻を見てもあきらかだろう。これだけの恩を受けたのだ。私や妻がグラワニー様に忠義を尽くすのは当然だろう」
「なるほど」
「すべて承知した」
「私は、おまえ、いや、タルファ殿が何かの枷があって私と戦うことになったと思っていたのだが、そのようなものは一切ないと思って間違いないか?」
「そのとおり」
「祖国に捨てられたということには同情する。ちなみに、フランベーニュがタルファ殿を受け入れると言った場合、来る気はあるか?」
「ありがたい申し出ではあるが、まったくない」
「了解した」
目の前の男が真実だけを語っていることを確信したボナールはもう一度口を開く。
最後の義務を果たすために。
「奥方には申しわけないがタルファ殿にはここで斬られてもらう。我が祖国フランベーニュのために」
「言っておくが私は強いぞ」
「それは楽しみ」
「では、参る」
「おう」
そして、始まる。
人間同士による魔族と人間との決闘が。