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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十一章 A Dream Goes On Forever
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予想外の対戦者

 決闘会場に姿を現わしたボナール側の十六人の内訳はこうである。

 まず、決闘をおこなうボナール本人。

 それから、再びこの場にやってきた介添人のロバウ。

 続いて、追加で加わることになった介添人たち。


 副官モンガスコンと六人の護衛兵。

 実を言えば、最精鋭ともいえたボナール直属部隊のほぼすべてはジェネスルット隊とともに炎のなかに消えていたため、伝令兵を除けば、残っているのはこの七人だけであった。

 そして、ボナールが介添人の増員に拘ったのはこの七人に自分の最後のものとなるかもしれないこの決闘を間近で見せたいと思ったからだ。

 予定外に広がった枠には当然最後まで身近にいた伝令兵の四人を充てる。

 残り三人はボナール軍で唯一残ったジェネスルット隊所属の伝令兵たちとなる。

 彼らはクペル城の被害状況を確認に出かけていたため、デルフィンの一撃を免れていたのだ。


 だが、ここである問題が生じる。

 いや。

 生じていた。

 生き残っていたジェネスルット隊所属の伝令兵は四人。

 対して、残りの枠は三人。

 ロバウが自らの副官枠を削っても、まだひとり分足りない。

 そこで、指名されたのは、アル・フォア。


「フォア。おまえはすでに大役を果たしている。ここで私の帰りを待つように」


 ボナールは肩を叩きながら、同行者グループからその少年を外した。

 フォアはこのときのことをのちにこう回想している。


「もちろんボナール様には『承知しました』と返事をしました。ですが、納得したわけではありません。むしろ、あれだけの仕事をしたのになぜ外されたのかという不満さえありました」


 これは間違いなく本心だろう。

 だが、この決定が八人の伝令兵の運命を左右することになるとはそのときは誰も思わなかった。


 さて、それがどのようなものだったのかはもう少し先で語ることにして、今度は対する魔族側の十六人を見てみよう。


 グワラニーに続くのは、この部隊に所属するプライーヤ、タルファ、アライランジア、バルサス、ナチヴィダデという将軍と将軍格五人。

 さらに、ウビラタンとバロチナ、それから、グワラニーの護衛隊長を務めるコリチーバが加わる。

 そこに決闘会場の整備に尽力した戦闘工兵を率いる隊長格の三人ディオゴ・ビニェイロス、ベル・ジュルエナ、アペル・フロレスタが入る。

 そして、魔術師長アンガス・コルペリーアと弟子のフロレンシオ・センティネラ。

 最後の二枠は女性ふたりアリシアとデルフィンである。


「……ロバウ殿。出てくるのは誰だと思う?」


 この時点では魔族側から誰が出てくるかは知らされていなかったため、ボナールは後ろに控えるロバウに尋ねるものの、当然ロバウも正解を知っているはずがない。

 だが、ここは何か答えなければならない。

 そうなれば、当然ごくごく常識的な答えを口にするしかない。


「順当にいけば、プライーヤという者でしょうね。あの男が実戦部隊の指揮官筆頭のようですから」

「なるほど。たしかに」


 やってきた言葉をありがたく受け取ったボナールはもう一度遠くに見える相手側の席に目をやる。


「こうやって改めて眺めると、皆強そうだな。女たちを除けば唯一確実に勝てそうなのが、剣を振るったことがないというグワラニー本人というのが悲しい現実のようだ」

「ええ。ですが、逆に、誰が出てきても落胆することはありませんからいいではありませんか」

「まったくだ」


 そんな出来の悪い冗談を言って気を紛らわせていたボナールの耳に、グワラニーの流暢なフランベーニュ語が流れ込んでくる。


「では、決闘を始める前に条件等を記載した誓約書に署名してもらう。これは契約書と同じで神聖なものである。同内容の二通にそれぞれが署名することによって効力が発揮する。私のサイン、いや、署名はしてある。内容を確認のうえ、署名し、そのうちの一通を頂きたい」


 その声とともに、実に魅力的な外見であるが、そこから漂うのは完璧な清楚さという、相反するような雰囲気を纏った女性がやってくる。


「確認のうえご署名を」


 手渡された誓約書の両方を眺め終わると、まず一通を署名したところで、ボナールは小声でその女性に尋ねる。


「あなたは囚われの身なのか?そうであれば、私が勝利した場合にはあなたを解放するように一筆加えるように要求するが……」

「不要です」


 ボナールの言葉を遮りその女性はそれを拒絶する。


「私は。いいえ。私と私の夫は自らの意思でグワラニー様の部下となっています」

「もしかして脅されているのか?」


 その言葉にも女性は薄い笑みで首を横に振る。


「私の言葉が信じられないのはよくわかります。ですが、私の言葉が本当のことであることはすぐにわかります」

「なるほど……」


「では、ご武運を」


 それだけ言うと、署名された一通を手に身を翻して戻っていく。

 それに呼応するように、グワラニーの声がその場に響く。


「これですべての準備が整った。さて、遅くなったが、私の代理人となる者を紹介する」


「……なんだと」


 その声ともに立ち上がった者を見たボナールは思わず声を上げた。


「ありえない」


「どういうことだ」


「紹介しよう。アーネスト・タルファ。彼が私の代理人のなる者だ」


 アーネスト・タルファ。


 フランベーニュの英雄アポロン・ボナールは、自分の対戦相手となる魔族の将軍が紹介されると、大きな驚きを示した。

 それとともに、少なからず喜びの感情も湧き上がってきた。

 理由は言うまでもない。


 もちろん剣の腕には自信はある。

 そして、その自信はフランベーニュの剣士の最上位クラスにある実力で証明されている。

 だが、一対一の勝負である決闘において、魔族の剣士のなかでも圧倒的な力を持つ将軍クラスとなれば、偶然と幸運が不公平なくらいに自らに味方しなければ勝利を手にすることはできないのは歴然たる事実である。

 しかし、相手が同じ魔族軍の将でも人間ということになれば、話はまったく変わってくる。


 タルファという男が人狼であっても五分以上に戦える。


 つまり、勝率が格段に上がったのである。

 だが、それとともにこの選抜をおこなった相手の意図がわからない。


 ……本気で勝つ気があるのなら、純魔族の将軍たちから代理人を選ぶだろう。

 ……それにも関わらず、わざわざ人間を対戦相手に選ぶというのはどのような了見なのだろうか?


 ……私を甘く見た?

 ……いや。このグワラニーという者に限ってそれはない。

 ……つまり、それ以外の理由ということか。


 ……もしかして……。


 ……魔族にとってこれは余興。


 ……そうであれば、話の辻褄はほぼ合ってくる。

 ……このまま戦いを進めていれば手に入るクペル城を、わざわざ決闘によって手に入れることにしたことも……。


 ……もしかして、あのタルファという男が勝てばよし。負ければ、約束を反故にするだけということなのか。

 ……そうなれば、私だけではなくロバウ殿ほか介添人全員の命もない。

 ……介添人の数を増やすことを簡単に了承したのも理解できるな。


 ボナールは、相手が人間という事実だけで勝手な妄想を膨らませた。


 いや。

 それはすべてを知っている者だから言えることであって、タルファやアリシアをグワラニーがどのように遇しているかという大前提を知らなければ、思考がそこに辿り着くのは当然のこと。


 つまり、この決闘でアーネスト・タルファが剣を握るにはそれだけ理由が必要となるということである。

 そして、その理由とはこのようなものであった。


 大まかなルールや勝った場合に手に入れられるものを定めた誓約書の控えを手にボナールとロバウがクペル城に引き上げた直後、選考は始まる。


「さて、私の代理として、フランベーニュの英雄と剣を交える者であるが、無制限に手を挙げさせるわけにはいかないので、とりあえず慣習に則って制限を加える」


「ボナールは将軍。しかも将軍の中でも最上級の格付けがある者である以上、こちらもそれに見合った肩書を持った者が相手をするのが礼儀であろう」


 グワラニーのこの言葉によって、候補者はあっという間に五人に絞られる。

 当然、そこで零れ落ちることになったウビラタンとバロチナ、コリチーバは不満たらたらである。

 なにしろ、彼らにはこの武勲で将軍にという思惑があったのだから。


 だが、やはりグワラニーの言葉は絶対である。

 渋々ではあるが、それに従うしかない。

 開きかけた口を閉じた三人を薄い笑みを浮かべながら眺めたグワラニーはさらに絞り込みをおこなう。


「本来であれば不必要なものの極みである決闘に私が応じたのは、敵ではあるが、勝負の結果がはっきりした後にさらに血を流す愚を避けたいからだ。だが、相手にも事情がある。黙って城を明け渡して撤退するというわけにはいかない。特に自らの配下のすべてを失ったボナールにとっては。そう。言ってしまえば、これは妥協の産物だ」


「もちろん決闘という戦闘形式にも良いところはある。多くてもふたりが血を流すだけで勝負が決まるということだ。もちろん勝負が決まった後に約束を違える輩はいるだろう。だが、あれだけ綿密に縛りをかけておけば、約束を違えたときには大いなる恥を掻く。しかも、結果は望んだものにはならない。最悪だ」


「……と、利点を並べ立てたわけなのだが、実は問題がひとつある」


「これは我々が決闘に絶対に勝つという前提ですべてを進めていることだ。つまり……」


「決闘で負けてしまってはすべてがご破算。つまり、我々は非常に困るわけだ」


「もちろん相手も相応の実力があり、その力以上で戦ってくるわけだから、負ける可能性もあるのは当然だ。本来であれば私自身が戦うべきところを代わりに戦ってもらうのだから、決闘に負けたからと言って戦った者に罪を問うようなことはもちろんしない。勝てないと思えば、すぐに白旗でいいのだが、それとは別に負ける可能性を限りなく低くしたいという気持ちはある」


「そのうえで問う、自分は絶対に負けないのでフランベーニュの英雄アポロン・ボナールと勝負をしたいという者は?」


 ……まあ、そう言っても当然こうなるな。


 そう問うた直後、グワラニーは心の中で呟き、苦笑いするとおり、上がった手は五人分。

 つまり、権利を持った者全員である。


 そう。

 これはなかなかの難題だった。


 ……私自身が多少なりとも剣の嗜みがあれば、判別できるのだが、残念ながらゼロだ。

 ……だから、安全パイ。つまり、一番強い者がわからない。


 ……そうだ。


 思案に思案に重ねたうえグワラニーが辿り着いた名案。


 それは、自らの知恵袋であるアリシアに頼ること。


 枯れぬ知識の泉を持つという噂とは程遠い安直な考えではあるが、実はこれがグワラニーの秀でている点ともいえる。

 つまり、自らより能力が高い者がいるなら、躊躇いなくそれに頼る。

 意外ではあるが、これまでもそのような選択をして度々成功を収めており、今回もその例のひとつに加えられることになる。

 そして、アリシアからやってきた提案がこれである。


「自分以外で一番勝つ可能性があると思える者をひとり推薦せよ」


 ……まあ、ひとりを除けば、ほぼ同じレベルだと見た。

 ……彼以外の誰が選ばれても問題ないし、これなら文句も出まい。


 もちろんその提案を採用して、各々これと思う者の名を書く。

 ここまでは、グワラニーのほぼ望んだとおりにことは進む。


 だが、結果が出たところで、グワラニーの眉間に皺が入る。

 そう。

 グラワニーの計画にあきらかな齟齬が生じたのである。

 つまり、グワラニーの言う「ひとりを除く」とした者が選ばれてしまったのである。

 そして、それがアーネスト・タルファ。

 すなわちアリシアの夫でもある人間の男だった。


「プライーヤ将軍に一応聞く。タルファ将軍を推した理由はなんだ?」


 グワラニーの常識に照らし合わせて考えれば、純魔族を差し置いて人間であるタルファを選んだ理由にはよからぬ要素が混じっているのではないかという疑いを持たざるを得ない。

 グラワニーがタルファ本人を前にしてこのような尋ね方をするのも致し方ないところである。


 それに対し、プライーヤの答えへ明快だった。


「もちろん強いからです」

「だが、タルファ将軍は人間だ」

「そうであってもです」

「なるほど。他の三人も同じか?」


 もちろんそこに返ってくるのは同意の言葉のみ。


 だが、やはり、納得しがたいものはある。


 つまり、自分のライバルになりそうな四人の純魔族に投票するくらいなら、タルファに投票して票を捨てるほうがよいという選択をしたのではないか。

 四人の純魔族が皆同じ思惑で動き、結果としてタルファひとりに票が集まった。


 グワラニーはそのような疑いを持っていたのである。


「わかった。では、タルファ将軍に私の代理をお願いすることにするが、先ほどの言葉を翻す。もし、タルファ将軍が負けた場合、推薦した四人に重い処分を科す。まあ、手違いや様々な事情でこうなったとも考えられるので希望があれば再度投票を……」

「いや。それで結構」

「そのとおり。タルファ殿が負けるのであれば他の者でも勝てない」

「同じく」

「というか、タルファ殿が負けるはずがない」


 四人が四人すべてタルファの剣をこの場にいるなかで最高のものであると改めて表明したのである。

 ここまで言われてはもうどうしようもない。


「……あなたは彼らの言葉をどう受け取った?」


 グラワニーが藁にも縋る気持ちで声をかけた相手は当然タルファの妻であった。

 だが、グラワニーの思いはここでも届かない。

 アリシアは、あっさりと、いや、ピシャリとグラワニーの言葉を撥ね退ける。


「妻として夫が将軍が他から最高の剣士と思われるのは名誉なことです」


 つまり、問題は何もない。

 アリシアはそう言い切ったのだ。


「よろしいですか?その……」

「大丈夫です。アーネストは勝ちますから」


 ……こうなっては仕方がない。

 ……もともとクペル城攻略は余分なことだったのだ。

 ……負けることがあってもタルファの命は助かるよう保険を掛ければいいわけだから、これ以上は言うまい。


「わかった。では、タルファ将軍。準備を」


 不満と不安を抱えたままグラワニーはタルファにそう命じた。


 そうしてタルファがこの場に立っている。

 そういうことである。

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