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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十一章 A Dream Goes On Forever
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奇跡へ向かうための一歩

 それから少しだけ時間を進んだクペル城門前。


「……今日は大変な一日だったな」

「まったくです。あれが起こったのが今日のこととは思えません」

「まったくだ。だが……」


「とにかく、どうにかここまでこぎつけた」


 むろん、これから決闘場へ向かうボナールと同行するロバウの会話である。


「すべてがあなたの功績です。ボナール将軍」


 ボナールの呟きにロバウはそう返すものの、その言葉を簡単に受け入れられない事情がボナールにはあった。

 そして、それはすぐにボナールの口から漏れ出す。


「それは皮肉か。私は四十万人の兵を失った敗軍の将だ」


 ほんの少し前に、自分の判断の遅れによって起こった出来事でボナールは配下のほぼすべてを失った。

 それにもかかわらず真っ先に死ぬべき自分が生き残り、そのうえこの程度のことで浮かれた言葉を吐くわけにはいかなない。


 そのような気持ちがボナールの心に満ちていたのだ。

 だが、ボナールのその言葉にロバウは大きく首を振った。


「いいえ、それは違います」


「グワラニー率いるあの軍は魔族のなかでも特別なもの。彼の言う『悪魔の光』を操るあのような軍に勝てる者などこの世には存在しますまい」


「そのような者からここまでの妥協を引き出すことができたのは我々を率いていたのが、他の誰でもないあなただったからです」


 これは間違いのない事実である。

 ロバウだけではなく、相手のグワラニーでさえ思いつかなかった決闘という一手。

 そして、それはおそらくボナール以外の誰にも思い浮かばなかっただろうし、たとえ思いついても、実行に移すことはできなかっただろう。

 そうなれば、今頃指揮官である者は己の破滅を飾るための最後の一戦に挑んでいたか、自らの首を差し出して部下の助命を願い出ていただろうから、クペル城を奪われずに済む可能性など微塵も存在しなかったであろう。

 一瞬よりかなり長い時間をかけてロバウの言葉を脳に溶かし込んだボナールは薄く笑う。


「そうか。世辞でもそう言ってもらえるならうれしく思う。ロバウ殿」


 そう言ったボナールはその場所に目を見やる。


「そろそろ行こうか」

「ええ」


「シュノアに命じて準備をさせています。戻ったらささやかですが祝宴を催します。ボナール将軍」

「それは楽しみだ」


「そういうことであれば必ず戻ってこなければならないな」


 そして、ロバウは踏み出す。

 決闘がおこなわれるその場所へ向かって。 


 さて、言うまでもないことではあるのだが、いわゆる決闘と呼ばれる一対一の戦いは、これ以前も何度もおこなわれ、これ以降も繰り返しおこなわれることになる。

 だが、後年「有名な決闘を挙げよ」と問われた者の多くが口にするのが、クペル平原でおこなわれたこの決闘となる。


 もちろんそうなるだけの理由はある。


 まず、史上初めてとなる人間と魔族との決闘であったこと。

 そして、その勝敗の先にあるものが他のものとは比べようがないくらいに圧倒的に大きかったこと。


 このふたつがその主なものであろう。


 まあ、前述した理由のひとつには少々追加的説明をしなければならない部分があり、またそれ以外にもこの決闘を歴史的に有名にした理由はあるのだが、それは実際の決闘が始まったところで話をすることにして、せっかくだから、この世界の決闘の流儀について説明しておこう。


 実はこの世界の決闘には別の世界ほど厳格なルールはない。


 魔法を使わなければ、武器、防具は自由選択。

 これは、「クペル平原会戦」より少し前に南の海上でおこなわれた「第一次タルノス沖海戦」中に、フランベーニュ海軍の提督アーネスト・ロシュフォールと海賊の長アンガス・モロザリーアがおこなった決闘で見られるとおり、それぞれが得意な獲物を使用してよいことになっている。


 場所や時間を指定して後日おこなうことはほとんどなく、お互いにそれを宣言した後に、その場で決闘を始めることがその大部分を占める。


 立会人や介添人などについても明確な規定はない。


 そう。

 この世界の決闘とは、「決闘」と言いながら、通常の戦闘内の一部、よく言って延長線上にあるものと言えた。


 ただし、厳格に定められたものもある。


 一度「決闘」が宣言された場合、勝敗が決するまで他者の手出し厳禁。


 信じられないことではあるのだが、アウトローの代表のような海賊たちも戦う際に絶対に守るべきものとしてこれを挙げている。

 そして、海を縄張りとしている者がこの掟を破ったことが発覚したときは、たとえ決闘相手が宿敵である海軍の者であっても大海賊による苛烈な制裁がおこなわれ、刎ねられた首は決闘相手の縁者のもとに届けられることになる。


 最近起こったその例をひとつ紹介しよう。

 自らの挑発に乗ったブリターニャ海軍提督アッカー・ケイスとの決闘において、首を落とされる寸前まで追い込まれたところで掟を破り部下たちを乱入させケイスを討ち果たしたグレソー・サンマルクが大海賊のひとりサカリアス・ウシュマルの制裁を受けた。


 サンマルクは当然証拠隠滅を図ったものの、ケイスの部下でブリターニャ海軍士官のひとりカスケート・ヘイズが死の間際に海に流した詳細を刻み込んだ板材をウシュマルが偶然発見した。

 サンマルクの船がウシュマルの高速海賊船に取り囲まれたのはそれからまもなくのことだった。

 もちろんサンマルクはまず言い訳を並べ立て、それが受け入れられないとわかると今度は泣きながら命乞いをする。

 だが、八人にいる大海賊の長の中でも厳格さは特別だとされるウシュマルにそのようなものが通じるはずもなく、直後サンマルクはもちろん、部下である乗員も全員首を落とされ、ブリターニャ海軍の根拠地のひとつデボンポートにその海賊船とともに送り届けられた。

 殺された海軍兵士たちへの手向けとなる大量の金貨とともに。


 当然ながら立場が逆だった場合の苛烈さは、その比ではなく、その卑怯者が生きたまま引き渡されるまで、その者の国に属する船は軍船、商船問わず大海賊たちに襲われる。


 だが、襲われた船は沈められることは決してない。


 その理由。

 それは切り落とした乗員の首と彼らのものを使った血文字によるメッセージを残すため。


 その光景といえば……。

 まさにフランベーニュ海軍の軍船「ロシェル」での惨状そのもの。


 それから、もうひとつ。

 これは軍人だけに関連するものとなるうえ、厳格な決まりというより暗黙の了解と言える程度のものなのだが、決闘は同格の者とおこなうことになっている。

 これは高位のものが下賤の者と一騎打ちをおこない、敗者となった場合には、本人はもちろん属する組織にとっても不名誉なことになるという理由によるものだ。


 そのルールに則って話をすれば、海軍提督であれば決闘をおこなう相手は他国の海軍提督のみ。

 ロシュフォールやケイスのように、提督がどこの馬の骨ともわからぬ海賊と決闘をすることがそう多くないのはそのような理由があるからである。

 もちろん、同じ海賊でも大海賊の長であれば、その限りではない。

 ただし、「技量、剣速、そして、剣力。そのすべてが人狼どころか魔族の将よりも上をいく。おそらくこの世界で最高の剣の腕を持つ者」と評される大海賊の長たちであれば、その誰が相手であっても、一瞬でその提督の首と胴体は切り離されることになるのだろうが。


 さて、ここまで挙げたいくつかの例はすべて海上でおこなわれた決闘に関するものだったわけなのだが、それには当然理由がある。


 地上戦での決闘がほとんどないのだ。


 特に数で押し切る戦いが主流となり、勝つためにはどんな悪辣な手段をとっても許される魔族との戦いが始まって以降は。

 もちろん地上での決闘が完全にないわけではない。

 だが、そのすべてが貴族同士のつまらない諍いが発端となって起こったもの。

 つまり、取るに足らないものばかり。

 いまだ一対一で剣を交えることこそ至高の戦いと考えるロマン主義者が多い海を活動拠点とする者たちの決闘とはすべての点でレベルが違うのである。


 だが、今回の決闘は違う。

 なにしろボナールは将軍という肩書を持つうえ、フランベーニュ軍有数の剣士。

 一方の魔族軍も、グワラニーの代理人となると予想される顔ぶれは、誰であっても、ボナールと同等以上の剣技を有す。


 クペル草原での決闘が記録と記憶、その両方に名を残すのに十分なものといえるだろう。

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