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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十一章 A Dream Goes On Forever
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両雄相まみえる

 返信を手にしてからそう時間をおくことなくボナールとロバウが城の外に出たにもかかわらず、ふたりを迎える側の準備が整えられていたのは、アリシアの手腕の賜物だったといえるだろう。

 もっとも、それは宴や歓迎式典ではなく、このあとすぐにおこなわれる決闘の手順を決めるためのものであったから、たいしたものを用意する必要がなかったからだったこともその大きな理由ではあるのだが。


 やってきたふたりは、何事もなく魔族軍陣地に通される。

 もちろん帯剣も許されている。

 といっても、万事抜かりないグワラニーに油断や不用心という類のものがあるはずはない。

 一見すると、武器や防具を一切身に着けていないが、デルフィンが施した完全無欠な防御魔法を纏っているので、何が起ころうが心配はない。


「どうぞ」


 グワラニーと、魔族側のもうひとりの出席者であるプライーヤが待つその席までボナールたちをエスコートしたのはウビラタンとバロチナのふたり。


 ふたりが体全体から漂わせる殺気の従弟のようなオーラの意味を察したボナールは苦笑いし、隣を歩くロバウを眺める。

 もちろんロバウもそのオーラを感じたらしく同じようなような苦笑いで応じる。


 そして、ウビラタンとバロチナの大いなる希望に反し、何もおこらないままそこに到着する。


 テーブルの反対側で待つその男が口を開く。


「ようこそというのは変な表現ですが、お待ちしていました、ボナール将軍」


「私がこの部隊の司令官アルディーシャ・グワラニーです」


 ……若いな。

 ……というより、少年ではないか。


 ……この年齢で軍の司令官をやるとは。


 それがその男を見たふたりの感想だった。

 それから、気づかれないように周囲を伺う。

 と言っても、状況はそのような気遣いなど無用なくらいの雰囲気が漂っていたのだが。


 ボナールは後方に並ぶ者たちから場違いな雰囲気を醸し出す少女に目をやる。


 ……司令官も若いが、これはそれよりも若い。というよりも、子供ではないか。

 ……我々はこの子供にやられたのか。


 ……それから、確認すべきはもうひとり……。


 ボナールがこの場でチェックしたかった人物。

 それは人間だという女性。


 ……あれか。


 男しかいないと言っていい集団の中でその人物を見つけるのはそう難しいことではない。

 すぐに見つける。


 ……なるほど。たしかに魔族ではない。

 ……どのような経緯で……ん?


 その理由を考えようとした瞬間、ボナールの視線に入ってきた男。

 その女性の隣に立つのは一見すると人間種の将軍。

 だが、その目の色は魔族のそれとは違うもの。


 ……人間?

 ……魔族軍には人間も加わっていたのか。

 ……しかも、幹部にまで昇進しているだと。


 ……驚きだ。


 ……だが、来たかいはあった。

 ……そして、ロバウ殿をここに連れてきてよかった。


 ボナールは呟いた。


 ……さて、ここからが勝負だ。

 ……アルディーシャ・グワラニー。


 テーブルを挟んで敵将と会話をする。


 それはお互いにとって利があるものだ。

 もちろん程度の差はあるのだが。


 ボナールにとって、この交渉の結果次第で決闘に持ち込める。

 それだけも敵中に乗り込んで交渉する価値はある。

 だが、それ以外にも多くのものが得られる。

 とにかく、これまで謎だらけだった魔族軍に関する知識が得られ、今後の戦いに役立つ。


 ……できるだけ会話をしたい。

 ……そのためにはどれだけ屈辱を受けようとも忍耐しなければならない。


 ボナールは心にその思いを秘めていた。


 一方のグワラニーに関してはフランベーニュ側程の利はこの会談からは得られない。

 単に「フランベーニュの英雄」の為人が知ることができるくらいもの。

 つまり、グワラニー個人の知識欲を満足させるためともいえなくもない。

 それでも、これを拒めば、相手のものとはいえ、無用な血が流れるのだ。

 やらないよりはいいだろう。

 その程度である。


 当然この会談には反対意見が多かった。


「それでは、こちらの情報をくれてやるだけになるのではないのか?」


 こちらの利を問うた自らの言葉に対するグワラニーの返答を聞いた魔術師長アンガス・コルペリーアからのもっともな疑問。

 そして、それに対するグワラニーの答えはこうだった。


「相手にこちらの情報をなにひとつ与えないこと。たしかにそれは勝利を得るために重要なことです。ですが、妥協をともなう交渉をおこなうときにはそれは枷にしかなりません。情報がない相手を信用することなどありえないことですから」


「相手がフランベーニュやアリターナであるなら交渉など不要かもしれません。ですが、我々は将来自分たちと同等の大魔法を扱える者と対峙しなければならないのです。当然そこでは共倒れを避けるための交渉が必要となりますが、相手が我々を知らなければ、他の魔族軍と同様単なる攻撃対象としか見ません。そうなれば、こちらも必然的に全力で応戦せざるを得なくなる。そうならぬために間接的にでもその相手に我々の大きさを知らせておく必要はあるでしょう。これはそのためのもの」


「それに情報の出し方を十分注意すれば、こちらの望むような方向へ相手の思考を動かせるわけですから、何の情報を与えないよりも利益が得られる場合だってあります」


 そう言って説き伏せる。


 さて、その交渉であるが……。

 

「では、話を始めようか」


 簡単な自己紹介の後にやってきたその言葉。

 当然ながら主導権はグワラニーにある。

 実際の年齢はともかく、見た目上でいけば、遥かに年上であるボナールはその言葉に頷くだけであった。


「よろしい」


 ボナールの同意を確認すると、グワラニーは言葉を続ける。


「まず、書簡で申し出があった件について答えておこう」


「フランベーニュ軍将軍アポロン・ボナールと、私アルディーシャ・グワラニーの一対一の決闘であるが……」


「丁重にお断りする」


 ……やはり。


 その瞬間、ロバウは天を仰ぐ。

 もちろん、ボナールもこの可能性は半分以上あると思っていた。

 だが……。


 ボナールが口を開く。


「理由をお聞かせいただけるか」

「もちろん」


 ボナールの問いにそう答えると、グワラニーの顔に微妙な笑みが浮かぶ。


「実をいえば、私は剣を振るった経験がない」

「はあ?」


 あまりにも予想外の答えにボナールは間の抜けた声を上げる。

 そして、魔族たちからはその言葉に失笑という種類の笑いが漏れ、それと同時に全員が大きく頷く。


「まあ、そういうことで、もう少し軍を動かせば簡単に手に入るクペル城をそんな始まる前から勝負がついている茶番で諦めなければならないというのは我が軍にとってあまりにも理不尽な申し出。部下は誰ひとり賛成しなかった」


 その瞬間ボナールは心の中で叫ぶ。


 ……いくら司令官だといってもまったくの素人と決闘して勝っても誰にも誇れぬ。そんなものこちらから願い下げだ。


 ボナールとロバウからやってきた憐れみに満ちた視線を苦笑いで応じたグワラニーがさらに言葉を続ける。


「だが、すでに大敗しているとはいえ、黙って城を手放し王都に帰るわけにはいかないというそちらの事情も十分に理解している」


「そこで、提案だ」


「ボナール殿の相手は私の代理人がおこなう」


「いかがかな」

「まあ、そういう事情であるのなら、よしとしよう。いや……」


「そう願いたい」

「つまり、了承ということでよろしいか」

「もちろん」


「では、決まりだ」


 ボナールが肯定の返答したところで、グワラニーはその言葉とともに右手を伸ばす。

 もちろんグワラニーが元いた世界ではそう珍しい光景ではないのだが、この世界も同じかといえば、そうではない。

 テーブルの反対側から伸びて来た手に対し、ふたりのフランベーニュ人が思わず剣に手がかかるくらいの珍しさといえばわかりやすいだろう。

 さすがに武器を持たない右手を切り飛ばそうとする事態にはならず済んだのだが、当然それが何を意味するかわからぬボナールはグワラニーに尋ねることになる。


「……これは?」

「契約締結時の作法ですよ」

「な、なるほど」


 そう言ってボナールも手を伸ばし、ふたりは握手する。


「……魔族には随分変わった作法があるのだな」


 ロバウは続いてやってきた右手を握り返しながらそう呟く。

 だが、彼らは知らない。


 ある種の声が木霊にように連呼されていたことを。


 ……いやいや、あれは我が部隊だけがおこなっているものだ。

 ……というよりも、あれは人間の作法のひとつだとグワラニー殿は以前言っていたぞ。

 ……フランベーニュ人が知らないとはいったいどこからそんな作法を見つけ出してきたのだ?グワラニー殿は。


「さて……」


 その微妙な空気を咳払いひとつで強引に消し去ったグワラニーは、さらに言葉を続ける。


「もちろん、口約束だけでは不安でしょうから、文書にします」


「そのために決めなければなりません。お互いが勝ったときに手に入れられるものを……」


「まず……」

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