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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十一章 A Dream Goes On Forever
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ボナールの覚悟

「……いったいあれは何だ」


 一時的に失われた視力が回復したボナールは目の前に広がるその光景を見て叫ぶ。

 たった今まで存在していた大軍は姿を消し、その軍がいた場所から城の近くまで続くのは焦げた地面。


「その場にあったものをすべて焼き尽くしたというのか?あの一瞬で」


 ありえない。


 だが、受け入れざるを得ない。

 この状況を見せられては。


「……魔族」


「一撃で私の部隊をすべて葬っただと。やってくれたな」


 憎しみだけでつくられた言葉。


 だが、それとともに……。


 もう少し早く決断をすれば。

 いや。

 魔族からやってきた撤退勧告を受け入れていれば。


 そのような自責の念は隠せない。


「ボナール殿。お気持ちはわかりますが、自分をあまり責めなさるな。あの時点で撤退勧告を受け入れるなど絶対にできないことなのですから」


 ボナールの思考に強引に割り込んできたロバウのこの言葉は正しい。


 結果を知ったうえでならば、「ボナールの判断が遅い。または間違いだった。そのため四十万人もの部下を死なせた」という批判はいくらでもできる。


 だが、それはあくまで結果を知ったうえでということである。

 自軍の二十分の一しかいない敵からの勧告を受け入れ、要衝を手放し、すごすごと退却する武人などあり得ぬこと。

 まして、英雄と呼ばれた常勝の将軍にとってはなおさらである。


 もちろん、この攻撃を受ける前、それがどの時点でも相手の要求を受け入れ撤退していれば、もちろん四十万人の将兵、その大部分は助かった。

 たしかにそれは事実である。

 だが、そうなれば「悪魔の光」を目にすることはなかったのだから、当然実際の結果論とは正反対な批判が起きたことだろう。

 そして、その批判をする者はこう言うのだ。


「臆病者」


 つまり、ボナールと彼の配下はグワラニーの部隊がいるこの戦場にやってきた時点で全滅する以外の選択肢はなかったのである。


 自死へと繋がる迷宮に入りかけたボナールの思考を現実へ引き戻したロバウの言葉は続く。


「ボナール殿。部下の方々を弔いたい気持ちは十分に理解できますが、戦いは終わっていません」


「というよりも、指揮官である我々の戦いはこれからといえるでしょう」


 この戦いのケリをつける。

 敗者の代表として。


 ロバウのこの言葉にはそのような意味が込められている。


「ありがたいことにその役を担うのに最もふさわしい者が残っている。そんな役を部下に押しつけずに済んだだけでもよかったと考えましょう」

「たしかにそうだ」


 ロバウに続き、ボナールも敗戦の責任を取り、かつ生き残った者たちを救う方法に辿り着く。

 そして、これからそれをおこなう覚悟も。

 だが、次の瞬間、ボナールは自らが進むことができる別の道を見つける。

 おそらくそれはボナールの中に「このままでは終われない」という思いが強くあったからであろう。


 ……これだ。


 心の中でそう呟くと、ほんの少しの間にそれをまとめ上げたボナールが口を開く。


「ところで、ロバウ殿」


「我々の配下はどれくらい残っているのだろうか?」

「そうですね……」


「城外の兵はすべて失ったとなれば、この城の警備として残した二千人ほどでしょうか」

「その他は?」

「負傷して動けないものが一万ほどはいるでしょうか。それから、この城の諸々に従事しているものが五千人」


「まあ、さすがに我々ふたりだけで戦ったのでは形になりませんから残った二千人には申しわけないが、最後の一戦に付き合ってもらうことになります。ですが、その前に戦いに加わらない者については見逃すように交渉してみましょう。事前に退却するように勧告するくらいの者ですからそれくらいは認めてくれるでしょう。今戦っている魔族の司令官は」

「そうだな」


 ロバウの提案。


 それは、負傷兵と民間人の退去後、ふたりの指揮官がクペル城で最後の一戦をおこない、城を枕に討ち死にするという、この世界での攻城戦の最終手順のひとつを示したものだった。

 もっとも、その前半はこれまでの魔族との戦いではおこなわれていないものであり、それをこうして盛り込む時点で、ロバウが戦っている魔族の将に対して特別ともいえる信頼感を持っている証拠ともいえる。

 もちろん、それをあっさりと肯定するボナールもそれは同じである。


 ロバウからやってきたこの世界では極めて常識的な提案。

 それは同時に、もうひとつの提案をボナールに促すためのものでもあった。


 ふたりの首と引き換えに城内にいる残り全員の助命。


 自らにとっての本命であるそちらをボナールに提案させるということは大軍を失ったボナールへのロバウの精一杯の配慮でもあった。


 だが、事態はここからロバウが想像もしていなかった方向へ動きだす。


「ロバウ殿」


 すべてを聞き終わったボナールが口を開く。


「クペル城は防御が堅い。そこに二千の兵。そして、我らふたりの指揮官がいる。さて、これからやってくる魔族軍を我々は追い返すことができると思うか?」


 想定とは真逆の言葉にすぐには反応できないロバウに気づいたボナールは小さな咳払い後、もう一度口を開く。


「言葉が足りなかったようだ。魔族軍はこの城をなるべく傷つけずに手に入れたいと考えているようだ。つまり、先ほどの一撃はここには来ない。その上で戦った場合、我々は守り切れるだろうか?」


 やや意外と思う気持ちを心の中で押し殺したロバウが口を開く。


「まあ、厳しいでしょう。それどころか我々全員を駆逐するのにだってそう時間はかかりますまい。さらに、先ほどと違い、剣士の数も魔族軍のほうが圧倒的に多い。白兵戦を挑まれても結果はそう変わらないでしょう、つまり……」


「戦いが始まれば、一瞬でケリはつきます」

「状況をよくするための策はあるだろうか?」

「思い当たりません。残念ながら」


「……それはよかった」


 またしても予想外の言葉である。


 もしかして、あまりの大敗、しかも、それが目の前で起こったために精神に異常を来たしたのではないのか。


 ロバウはそう疑い、ボナールを見直す。


 だが、もちろんそのようなことはない。

 それどころか、ボナールはこれまで以上に冷静だったといえるだろう。


 そのボナールがもう一度口を開く。


「ロバウ殿にお願いがある」


「この城を私に譲ってくれ」


 ボナールがからやってきた「この城を私に譲ってくれ」というその言葉をロバウはすぐに呑み込めなかった。

 もちろんその言葉が城主の地位を要求しているのはわかる。

 だが、それは何を意図してのものなのかが理解できない。


「一応聞かせてもらいましょうか。その理由を」


 思案をしたものの、結局わからなかったロバウはそう尋ねる。


 もちろんこれだと思われるものはある。

 そして、その場合に口にする言葉も用意はしてはある。


 ボナールはすべての責任をひとりが負うため、一旦城主を自分に移し、そのうえで魔族に引き渡すつもり。

 そうすれば、魔族に城を明け渡した責任もボナールひとりが負うことになり、ロバウは責を免れることはできるかもしれない。


 ……だが、私だって武人の端売れ。他人に責任を被ってもらってまで生き残りたくはない。


 そう心に誓っていた。


 睨みつける。

 そう表現できそうな表情で自分の顔を眺めるロバウに対して、ボナールは語ったこと。

 それは、ある意味ではロバウの予想どおり。

 だが、ハズレともいえるものだった。


「この城の抵当に入れて、もうひと勝負したい」


「ひと勝負?」


 やや意外な言葉にそう聞き返したロバウの言葉にボナールは頷く。


「ああ。そうは言っても、勝敗の行方が決まっている戦いでさらに部下を死なせるわけにはいかない。つまり、私が考えている勝負。それは……」


「敵の司令官との一対一の殺し合い。つまり、決闘だ」


「そして、私が決闘に勝ったときには、この地域における魔族と我が国の境界をキドプーラとこの城の中間地点とすることを要求する」


「もちろん決闘であるのだから、こちらも負けた場合の対価を提示しなければならない」

「それがこの城?」

「そうだ。得るものに対して差し出すものが少々大きな気がするがこの際仕方がないだろう」


 出来の悪すぎる冗談を言ったところでボナールは薄く笑った。


「言っておくが、もちろん私は本気だ」


 魔族の司令官との一対一の決闘。


 むろん決闘という戦闘様式はこの世界にも存在する。

 だが、それは互角の状態でおこなうことが基本であり、このような天秤が一方に傾き、修復不可能になってからおこなうものではない。

 もちろん歴史を紐解けば、そのような状況下でおこなわれた決闘もないわけではない。

 ただし、それは状況が有利な者からの申し出であり、窮地に追い込まれた者が起死回生を狙っての申し込みを相手が受けた例は存在しない。

 それどころか、そもそも人間と魔族の間にはそのようなことをおこなうという環境すらない。


 つまり、ボナールが示したその案は一見すると考慮にも値しない、それどころか滑稽な妄想でしかない。


 だが、フランベーニュ側の都合だけを考えれば、これはそう悪い策とはいえないのも事実。

 というより、この場で考えられる策としては最上のものともいえる。


 決闘の勝者となったときにフランベーニュ側が手に入れられるものは、たしかに当初の目的であるマンジューク銀山奪取に比べれば大幅に矮小化している。

 だが、渓谷内の部隊に続き、増援としてやってきた四十万も消えたこの状態のままでは、クペル城も奪われるのも時間の問題。

 どれだけ抵抗しても死者を増やすだけで敵に与える損害もあるかどうかもわからぬ状況だ。

 そのことを考えれば、そうであっても得られるものは十分過ぎるともいえなくもない。


 ただし、相手がそれを受けるか受けないかという最も重要な部分をクリアしたとしても、その戦果を勝ち取るのはそう優しいことではない。


 もちろんボナールの剣技はフランベーニュでもトップクラス。

 人狼とも同等以上に渡りあえる。

 つまり、魔族の戦士と対等にやり合えるということを意味するのだが、それでも魔族の剣士の中では最高レベルと言われる将軍クラスと戦った場合、やはりかなり厳しいと言わざるをえない。


 ボナールにとってありがたいことは今回の魔族軍の指揮官は純魔族の剣士ではなく魔術師または人間種の可能性があること。

 相手がどの程度の剣技を所有しているかはわからないが、そうであった場合、少なくても将軍クラスの純魔族よりは勝つ可能性はある。


 だが、それは一方でマイナスにも作用する。


 魔族軍はそのまま戦闘を継続すればクペル城は手に入る。


 その状況で決闘に持ち込めるかどうかは、魔族軍の指揮官が自らの手で有名な「フランベーニュの英雄」の首を取れる機会に興味を持ったときである。

 だが、相手が剣技に心得がない、または自信がないとなれば、当然そうはならない。


「まあ、驚くほどは悪い話ではありませんが……」


 そう前置きしたロバウが口にしたのも、当然その点となる。

 だが、ボナールは薄い笑いでそれに応じる。


「その点は考えてある。魔族の将が私の提案に乗らざるを得ない脅しの材料を用意した」

「何を?」

「城に火をかけたうえ徹底的に破壊し、三百日は使えないようにする」

「さすがにそれは……」


 そう言ってロバウは苦笑いする。

 いや。

 もう笑わざるを得ない。


 貴族のドラ息子が片思いの女性に求婚を受け入れしなければ自分は橋から飛び降りると脅したフランベーニュでは有名な話。

 それはまさに十年前に起きたその話の再現といえるようなものなのだから。


「ですが……」


「城内に残る者たちの命を救うためとはいえ、そのまま城をくれてやるのは城主として承知しかねるという気持ちはあった。その案に私も賛成させてもらう。ただし……」


「そういうことであれば、決闘は一対一ではなく、二対二ということにしてもらおう」


 二対二。

 つまり、その決闘に参加するということをロバウは表明したのだ。

 ロバウとしては当然の要求ではある。

 だが……。


「いやいや。それは申しわけないが遠慮してもらおうか」


 つまり、拒否。

 それがボナールの答えである。


「どういうことかな?ボナール殿」


 ロバウからやってきた負の香りが漂う問いに対してボナールが口にしたもの。

 それがこれである。


「まあ、理由は色々あるが、一番の理由は勝つ可能性が低くなることだ」


「つまり、ハッキリ言って、魔族の将相手ではすべてがこちらの思い通りに進んでどうにか勝てる程度の勝算しかない。さすがにふたりを倒すのは無理だ」


 ロバウはここで気づいた。

 ボナールは単に死に場所を探しているわけではないということを。


 ……自分が持っている数少ない手札で一番可能性のあるものでの勝負。

 ……つまり、ボナール殿は本当に勝つ気でいる。

 ……そこに足手まといになる者がいては困るというわけか。


「承知した」


 あっさりと、実にあっさりと、ロバウは自らの主張を取り下げたのはボナールの勝ちの可能性を下げないため。

 ボナールもロバウの思いをすぐに察し、小さく頷く。

 それから、もう一度口を開く。


「このようなものには、それなりの肩書を持った介添えが必要だ。ロバウ殿にはその役をお願いする。私と敵将との戦いを見届けていただきたい」

「引き受けた」


「では、城内にその旨を伝えることにしよう」


 ロバウは城内への伝達を開始すると、ボナールは副官であるモンガスコンに目をやる。


「……先ほどの伝令……アル・フォアをここへ」

章のタイトル「A Dream Goes On Forever」は、トッド・ラングレンの曲から拝借してしました。

個人的にいえば、オリジナルであるスタジオバージョンではなく、ピアノの弾き語りのものが好きです。

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