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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十章 クペル平原会戦
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そして、すべてが終わる

 実をいえば、その最後を感じたかのように魔族軍を取り囲んでいたフランベーニュ軍の中では様々な動きがあった。 

 ある者は結界突破を試み、ある者は戦線離脱を準備する。

 また別の者は受け取った命令通りに動く。

 そして、最悪の事態を憂い、総司令官に決断を促す者も……。


 だが、彼らには時間は残されておらず、すぐにその時を迎える。


 少女が杖を天空に向け、音のない言葉を口にすると、彼女の祖父がつくりだしたドーム状の結界の真上に突如巨大な火球が現れる。


 いや。


 それを火球と認識できた者はそう多くないだろう。


 最も近くにいた者はその瞬間に肉体が形を失い、本来ならそれを特等席で鑑賞しているはずの者たちは上官の命令により、全員が目を瞑っていた。

 そうであれば、最も近くでそれを目撃したのはクペル城にいた者となるのだが、彼らも、その多くがそのあまりのまぶしさに目を閉じてしまい、結局光だけが目に焼き付いた状態だった。

 どうにかその正体が火球だったと認識できたのは、キドプーラからその様子を部下たちと見ていたバイアやペパスなどくらいだった。


 そして、三ドゥア、別の世界の単位でいえば、三百秒後。


「完全に終わりました」


 少女のその声によって目を開けた魔族軍幹部が見たのは、少女の祖父がつくりだした見えない壁の内と外でまったく違う光景が広がる世界だった。


「四十万人の敵が一撃で消えた……」

「ああ」


 ほんの少し前にこの軍に加わったジルベルト・アライランジアとデニウソン・バルサスは短い言葉を交わし終わると、もう一度その光景を見る。


「信じられない」

「まったくだ。だが、これは現実だ」


 同じく直前にグワラニーの部隊に加わった将軍クレベール・ナチヴィダデはこの時のことをこう語っている。


「二万で三十万、実際には四十万人だったのだが、とにかく十倍以上の敵と、策を弄するのが難しい草原で戦い完勝すると司令官が言ったとき、実をいえば、私は鼻で笑っていた」


「あり得ないことだと」


「だが、その配下になった以上、付き合わなければならないとその部隊に同行した。まあ、その大言壮語を吐いたグワラニー司令官本人がそこに加わっていたことが大きいのだが。自分の言葉にどう責任を取るのかと興味があったので」


「ついでに言っておけば、私は最後の最後までグワラニー司令官の言葉を完全には信じてはいなかった」


「だから、敵が降伏勧告を蹴り飛ばしたときも大きく頷き、いや、圧倒的な大軍相手に降伏勧告をするさまには笑いさえした。茶番だと。だが、光が消えた後それを見た時自分が大きな間違いをしていたことに気づいた」


「グワラニー司令官は、こうなることを十分に理解しており、それを避けるために最大限の努力をしたのだとわかったのだ」


 そして、最後にこう付け加えている。


「たしかにあの魔法は偉大だ。あれさえあれば、どんな大軍とやっても勝つことができるだろう。だが……」


「あのような光景は二度と見たくない。たとえ、そのために自らが敗死したとしても」


「これが私の率直な気持ちだ」


 もちろんそれは新参者だけの感想ではない。


 この軍が出来上がったときからグワラニーの警護隊長を務めるコリチーバも同様の言葉を残している。


「ここまでグワラニー様につき従い多くの戦いを経験したが、これほど後味の悪い戦いはなかった」


「結果だけを見れば、我が国の軍史に残る偉業であることは間違いない。だが、それはあくまで数字上の話だ。そもそもあれが戦いだったかも疑わしい。あれが戦いだったという理由など、相手が軍であったことくらいしかないのだから」


 ただし、コリチーバはその後に意味深長な言葉を加えている。


「……もっとも、あれ以外に軍略の天才といわれるフランベーニュの英雄に率いられた四十万の相手に勝てる策があったのかと言われると言葉に窮するのも事実。そして、ここがもっとも重要なことなのだが……」


「様々なことを考えた場合、この大魔法を使用できる魔術師が、敵はもちろん、我が国の他の部隊でもなく、アルディーシャ・グワラニーが指揮する部隊に所属していたことはこの世界にとって大きな幸運だった。そうでなければ、この結果に味をしめ、常にこの魔法を使い、この先至る所でこの悲惨な光景を見ることになったのだろうから」


 さらに、クアムート殲滅戦では狩られる側にいたアーネスト・タルファの言葉。


「クアムート城を包囲していたあの夜に体験した恐怖。それから翌朝にわかったノルディア軍の惨状。私は今後これ以上の悲劇に立ち会うことはないと思ったものだ。だが、クペル城前の平原で体験したことに比べれば、あれでさえ実に小さな出来事だった。そして心の底から願った。今度こそ最後にしてくれと」

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