そして、それはやってきた
「……ボナール殿」
「わかっている」
伝令兵である少年を送り出した直後、ロバウからやってきた簡素な言葉にボナールが反応したのは、そこに込められたものを彼自身感じていたからだ。
永遠に燃え続けるのはでないかと思えるその炎の塊を眺めながら、ボナールは言葉を続ける。
「無駄なことだとわかっている。あれだけのものを食らってまだ生きていられるのは噂に聞く勇者くらいしかいないだろうからな。だが……」
「それでも確認したい。いや。私は確認しなければならない義務があるのだ」
ボナール軍は元々他部隊に比べて戦死者が少ないことで有名だったのだが、将軍クラスの高級士官に限定すれば戦死者はゼロだった。
もちろん将軍たちが実際の戦闘に参加せず後方から喚いているだけならそういうこともあり得るだろう。
だが、この軍に所属する将軍たちは陣頭指揮が基本だった。
それにも関わらず指揮官クラスの戦死者を出さずに戦っていたことが彼らの強さの根源であり、誇りでもあった。
だが、それもジェネスルットの戦死によって過去のものとなる。
ロバウは心の中で呟く。
……ふたりの上級魔術師に続いて、将軍クラスの指揮官まであっさりと失ったのだ。
……ボナール殿の衝撃は相当なものだろうな。
掛ける言葉が見つからないロバウはその代わりになるものを口にする。
「……そうですね」
「私の部下もあの中に多数いましたから」
「ひとりでも生きていればと思います」
「ああ」
「ロバウ殿……」
長い沈黙後、ボナールが再び口を開く。
「さすがにここから情勢をひっくり返すのは難しい」
実をいえば、その光景を見るまではこちらにもまだ勝機がやってくるのではないかとボナールは考えていた。
だが、さすがにそれを見てしまえば、その可能性はまったくないことを悟る。
いや。
悟らざるを得ない。
むろんロバウも情勢が見た目以上に不利であることは十分に承知している。
そして、この状況で指揮官が何をするべきかということもわかっている。
「……ボナール殿。とりあえず停戦の使者を送りましょう」
「ああ」
だが、遅すぎた。
そう。
その直後、クペルの惨劇、その第二幕というより事実上の終幕となる出来事が始まった。
いや、起こったのである。
その攻撃がおこなわれる直前。
クペル城への二度目の攻撃を終えた直後の魔族軍の中枢ではこのような会話が交わされていた。
「……城内、そして、城周辺から完全に魔術師の痕跡が消えた。私にはそう感じたが、デルフィンはどうだ」
「はい。消えました。すぐ近くにどこからか転移してきた魔術師ひとりがいましたのでその者も一緒に消し去りました」
「そうか」
老魔術師は孫娘に確認し終わると振り返る。
「グワラニー殿」
「次は本番ということになるが……」
「もう一度確認するが、ここにいる全員を消滅させていいのだな?」
「はい」
その言葉は再考を促すものにも聞こえたが、それに対するグワラニーの答えは明快過ぎる「ゴー」だった。
「再度降伏を勧告するというのはどうだ?」
「こちらの実力をよく見える形で示したにもかかわらず、彼らの状況に変化はありません。敵はあわせて四十万人。対する我々は二万人。当然のことではありますが戦意旺盛。または先ほどの攻撃で返って復讐心を燃え上がらせた彼らには何を言っても無駄なことです」
「……わかった」
致し方ない。
そうは言わなかったものの、老人のその思いが滲み出していた。
「デルフィン」
「今から結界の質を変化させ、魔力以外のすべてを遮るものとする。もちろん私の全力で。それを超えないギリギリの強さでこの軍に張り付いている敵兵を焼き尽くせ。ひとり残らず」
「わかりました」
少女は祖父の指示に短い言葉で答えると、自分の結婚相手に目をやる。
「よろしくお願いします」
その男からやってきた言葉に嬉しそうに頷くと、少女は杖を天に向ける。
そして、祖父の言葉を心の中で復唱する。
それが終わった少女は、まず祖父、続いて未来の夫に目をやる。
「まぶしいので上は向かぬようお願いします」
すでに祖父である魔術師長より全軍に伝えられている注意事項をもう一度口にして、数瞬後、少女はもう一度口を開く。
「では、いきます」
その瞬間、太陽が地上に落下したかのような閃光が辺りを覆った。
後に「悪魔の光」と呼ばれる一撃である。




