始まった惨劇 Ⅱ
同じ頃。
同じ光景を見ながら、ボナールと違い困惑の表情を浮かべていたのは、貴族軍陣地内でフランベーニュ軍全体の魔法防御を担っていたふたりだった。
「ネラック。おまえは魔族のあの動きをどう読む」
主語は変わるものの、ボナールと同じ問いを口にしたルルディーオに対して、ネラックはすぐには答えない。
……あれはまちがいなく防御魔法の効力を強化するためのもの。
……だが、どう見ても魔族たちの様子がおかしい。
……おそらく魔術師長もそのことを言っているのだろう。
……そして、そのおかしな動きとは……。
……結界の質の変化。
「魔術師長はどのように考えますか?」
自らは答えず、逆に返したネラックの問いにルルディーオも唸る。
「もし、現在結界を維持している者が攻撃魔法を撃つのなら、防御の隙間が出来ぬようにもうひとりも同じく結界の魔法を展開させるはずだと考えていたのだが……」
「魔族は違うことを意図しているようにしか見えない」
そう。
魔族軍の魔術師の動きはそれとは別のベクトルに進んでいたのだ。
もちろんそれを知ることができるのはふたりが魔術師だからという理由だからだが。
そのひとりが再び口を開く。
「そのとおりです。しかも、結界の方でいえば、物理攻撃を防ぐものへと質を変化させています」
「そうだ」
ネラックの言葉にルルディーオが頷く。
「考えられるのは、一点集中の渾身の一撃を狙うということだろう。そして、その狙う先は……」
「我々?」
「それ以外にはないな。そして、我々を消し去ってから、残りを葬る算段とみた。だが、我らふたりが自身の防御に集中させれば攻撃魔法は十分に防げる」
「ええ。そして、その後お返しをする」
「そうだな。ついでに本陣も吹き飛ばしてやろうではないか」
だが、ルルディーオがニヤリと笑ってその言葉を言い終えた直後、状況は激変する。
魔族軍の中央であらたな魔力の塊が生まれ、急激に成長し始めたのだ。
そして……。
「魔術師がもうひとりいる」
「しかも、とんでも魔力。いかん。これは……」
それがふたりの魔術師がこの世で口にした最後の言葉だった。
ボナール軍が、いや、フランベーニュが誇るふたりの魔術師は、その反応に気づいた瞬間火に包まれたように見えた。
だが、実際は少々違う。
実は、危機を察したふたりは瞬時に他のすべての防御魔法を解除し、ふたりだけを守るためにその力を集中させていた。
それだけでもこのふたりがいかに有能な魔術師かがわかる。
そして、ふたりはそれでその攻撃を防げると思った。
いや。
本来であれば、これでやってくる攻撃魔法から身を守ることができるはずだった。
たとえどれだけの攻撃魔法がやってこようとも。
だが、そうならなかったのは、やってきた魔法があまりにも大きすぎたからだ。
これまで見たことないのはもちろん、そのようなものがあることすら想像できないほどの強力なその魔法は、防御魔法を簡単に粉砕しふたりに家族への言葉を残す時間をすら与えず、一瞬でその身を灰にした。
もちろんそれをおこなった魔族の少女がターゲットにしたのはふたりの魔術師だったのだが、攻撃は杖を使わず指ひとつでおこなったため、その威力は申し分なかったものの細密さはやや欠けるものがあった。
そのため、周辺にいたふたりの弟子となる魔術師たちと彼らの護衛、それから伝令兵が巻き添えとなる。
そうしてその攻撃で四十人近くがこの世界に別れを告げていたのだが、それはまだ始まりの始まりでしかなかった。
正面に展開する貴族軍の一角で上がる炎を眺めながら、少女とその祖父からやってきた攻撃完了の報告にグワラニーは頷き、それから短いこの言葉を口にする。
「では、続きを」
そう。
四十万人以上の将兵がわずかの間に命を落とす「クペルの惨劇」は、グワラニーのその言葉とともに始まるここからが本番だったのである。
祖父である魔術師長の無言の言葉に少女は小さく頷くと、今度は杖を顕現させる。
目標はクペル城。
たとえば、クペル城全体を炎上させる程度のことであれば、少女の力をもってすれば極めて容易いことであり、杖など不要なのだが、城内にいる魔術師のみを攻撃目標とするのであれば、さすがにそうはいかない。
「先ほどはあのように言いましたが、目標の第一はクペル城にいる魔術師の排除。そのためなら、ボナールが巻き添えになろうが、城が盛大に破壊されようが問題ありません。よろしくお願いします」
「わかりました」
グワラニーの言葉は、自分のハードルへの下げるためだけに言ったものであり、本心ではないことは少女には痛いほどわかる。
もちろん、彼女が目指すのはグワラニーの望みを完璧に果たすこと。
少女は精神を集中させ、心の目で魔術師の位置を探す。
……魔力を確認できるのは四か所。
城内に分散している魔術師の位置を把握すると、次は使用魔法。
……炎?風?
……いいえ。ここはやはり……。
……雷系魔法。
少女は、集中力をもう一段階上げる。
……グワラニー様の話では、敵将はこちらをずっと観察しているという。
……ということは、塔の最上段にいる三人の魔術師の近くにその人物がいるということになります。
……そこだけは特別な注意が必要です。
……残りは……。
……さすがに室内にいる者たちを単独で攻撃するのは難しいのですが……。
……幸いにも距離が近いので、昨日よりも精度は高いはず。
……よし。
……いきます。
少女が目を開け、杖をクペル城へ向ける。
直後、ほぼ同時に複数雷鳴が響き、物見櫓と思われる塔の最上部からも白煙が上がった。




