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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十章 クペル平原会戦
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両雄の駆け引き

「突撃開始の狼煙が上がりました」

「よし。突撃開始」


 クペル城から上がる狼煙によって再開されるフランベーニュの攻撃。

 もちろん今度は先ほどと違い、目の前になるがあるかわかっているから先ほどのような醜態を披露することない。

 だが、体当たりや剣で斬り込む程度どうにかなるものではないことには変わらない。


「なるほど……」


 フランベーニュ軍の将バスチアン・マレストロワは兵士たちの様子を見ながら唸る。


「……目の前にそのようなものがあると知らされていなければ、我々も貴族軍と同じ醜態を演じていた。いや。勢いは我々の方が圧倒的だから、その被害はさらに大きい」


 渓谷内に突入する際には先鋒になるため、必然的に魔族軍の後方から攻撃していた将軍アラン・ギリエもその様子を腕組みしながら睨みつけ呟く。


「……いけると思ったが、やはり破れんな」


 そこに所属する人狼部隊の指揮官アシオパア・タラヴァオがやってくる。


「ギリエ様。我が部隊であれば、今すぐにもこの結界の突破は可能です」

「ほう」


 ギリエの思考もタラヴァオと同じく攻撃に傾いている。

 普段なら、大喜びし、即座に攻撃を命じるところなのだが、今回はそうはならなかった。

 むろん、その理由はボナールからこう釘を刺されていたからだ。


「完璧な策を用意している。だが、誰かが抜け駆けなどすれば、すべてがご破算になる。当然厳罰だ。たとえどんな功があろうとも」


 さすがにそこまで言われては抜け駆けの常習犯であるギリエも躊躇せざるを得ない。

 もちろんタラヴァオは大いに不満であるが、ギリエのこの判断は間違っていないといえる。


 タラヴァオの言葉どおり、選りすぐりの戦士の集まりである人狼部隊なら結界の突破できる可能性は十分ある。

 だが、クアムートでノルディアの人狼軍がおこなった結界突破の結果を参考にすれば、その代償は相当なものであり、その後の戦闘は一方的になるのは避けられない。

 それこそ貴重な戦力をただ失うだけとなっただろう。


 しかし、この後に起こることを踏まえて話をすれば、もしかしたら、ボナール軍が壊滅を免れる唯一チャンスがここだったのかもしれない。

 なぜなら、どこまで戦えたかはわからぬが、少なくても魔族軍に混乱をもたらし、フランベーニュの剣が結界の維持者に届いたかもしれないのだから。

 まあ、所詮結果論ではあるのだが。


「……そろそろ引くぞ」

「承知」


 本隊の指揮を執るロカルヌが声をかけると、副官のダクス・ラントクスが応じる。


「狼煙」


 それとともに、ボナールの本隊は渋々といわんばかりに徐々に取りついていた結界から離れ始める。

 だが、その一部は、傍から見れば滑稽な極みである「見えない結界との格闘」をやめる様子が見られない。

 もちろんこれは命令違反である。

 まあ、それをおこなっている貴族たちにとってはボナール本人ならともかく、その配下ごときの命など聞くに及ばずということになるのだから当然といえば当然である。


「ロカルヌ様。貴族軍は引きませんが……」


 青筋を立てながら報告するラントクスに対し、苦笑いの極致と言わんばかりの表情のロカルヌは答えた。


「いいのだ」


「今のところはあれで」


 クペル城の物見櫓で魔族軍を攻めていた自軍が引く様子を見ていたアポロン・ボナールも予想通りの展開に苦笑いする。

 その隣でボナールとともに将軍になった証として王から下賜された同じ種類の単眼望遠鏡で魔族軍の様子を熱心眺めていたその城の主がそれに応じる。


「いやいや、さすがはボナール殿の部下たち。素晴らしい動きです」


「それに比べて貴族軍は……」


 命令に従わず攻撃を続けている。

 言外にそう指摘したロバウの言葉にボナールは小さく頷く。


「まさに彼ららしい動きといえるでしょう。それよりも、それらしい者は見つけたかな。ロバウ殿」

「先ほどロカルヌ殿と話をしていた将軍は特別な動きをしませんな。おそらく総指揮官は先ほど本陣に集まった集団にいた誰かと思われますが……」


 そう。

 ふたりは攻撃の指令を出す者を探していたのだ。

 だが、ロバウに続きボナールも大きく息を吐く。

 つまり、こちらも空振りだった。

 もっとも、ボナールは怪しいと思う者をひとり見つけていたのだが。


「目ぼしをつけた四人は部隊指揮官にしか見えませんね」

「ああ」


 そう言ってから、ボナールは呟きのような言葉をつけ加える。


「そうかと言って、あれだけの部隊を指揮する者が人間種ということはないだろう」


 そう。

 実をいえば、ボナールの目に留まった者とは人間の若者。

 だが、残念ながら、常識がそれを遮る。

 そして、正解である人物を切り落とした彼の選択肢に残ったのはひとりの魔術師だった。


「そうなると、やはり……」

「例の魔術師が軍の指揮官を兼任ということですか?」


 漏れ出した自らの言葉にロバウがそう応えると、渋みを増したボナールは頷く。


「そうなるな。だが、そうなると厄介だな」

「そうですね。どうしますか?」

「とりあえず、もう少し続けるしかないだろう。そういう点では貴族軍の動きは時間稼ぎになる」


 そこで一度言葉を切ったボナールは後ろを振り返る。


「ロカルヌへ伝令。貴族軍を放置したまま、このまま攻撃と撤退を続けるようにと伝えろ。それから、魔術師が指揮官の可能性がある。魔術師を注視せよと」


「長引きそうですな」


 ロバウの呟きのようなその言葉にまったく同じ気持ちのボナールが短い言葉で応じる。


「だが、相手のことを考えれば、覚悟しなければならない」


「そして、集中と忍耐力を失った方が負けだ」


 そう言ったボナールが視線を動かした先はもちろん魔族軍本陣。

 そして、そこではこのような会話が交わされていた。


「何をやっているのでしょうね。フランベーニュ軍は」


 統制が取れた左右の部隊と無秩序に無駄な攻撃を続ける中央軍を見渡しながら、人間の男が声をかけた相手はこちらも人間の、いや、目の色から魔族とわかる少年だった。

 その少年、つまりこの軍の司令官であるグワラニーは同じように周辺に展開する敵軍を眺め直し、それから口を開く。


「おそらくボナールは司令官を探しているのでしょう」


「つまり、我々が攻勢に出るためには強力な防御魔法を解除する。その合図を魔術師に送る者がいる。その者を見つければ、忌々しい結界が消える一瞬を捉えることができると考えているのでしょう」


「悪くない策ではあります」


「もっとも、その推測が正しければという条件がつきますが」


 そこまで言ったところでグワラニーは笑う。


「ですが、いくら観察してもわからない。さて、そうなったときにフランベーニュの英雄はどう動くのでしょうね」


 繰り返される両翼の攻撃と撤退。

 延々と繰り返される中央軍の攻撃。

 それをものともしない魔族軍の結界。


 ただそれだけ。

 まさに無為の時間。

 時間の浪費。


 まあ、これはそれ以上の、というか、それ以外の方法が見つからない以上、仕方がないことと言えるのだが、それとともにそれは相当量の忍耐を要求するものであり、戦う前に精神をすり減らしていたボナールにとっては過重といえるものであった。

 そして、遂に痺れを切らして前言を撤回するときがやってくる。


「……このままでは埒が明かぬ」


 六度目の攻撃でも魔族軍の指揮官を見つけられなかったところで、ボナールの口から苛立ちの感情が滲み出る言葉が漏れ出す。


「やはり、こちらからもう一手仕掛けなければならぬようだな」


 そう言ったところで、ボナールはで伝令係アンダスト・バエルイを呼び、少々長めのメッセージを託して、ロカルヌのもとに送りだし、少しだけ間をおいたところでロバウを見やる。


「全面後退と見せかけて、敵の攻撃開始を誘い、防御魔法が緩んだところで一隊だけを急速反転して敵陣に突入させる」


 ボナールが得意としている策のひとつに一隊が敗走を偽装し縦深陣の奥まで引き込んだ敵を叩くというものがある。

 これはその応用となる。


「グワラニー様。敵が全面後退を始めました」


 物見の兵から声とともに、老人とその弟子、それから一見すると場違いの見本のような少女がグラワニーのもとにやってくる。


「始めるか?」

「どうやらボナールの忍耐が限界にきたようです。そうすべきでしょうね。彼のためにも」


 黒い笑みとともにやってきた老魔術師の言葉にグワラニーも同様の笑みで応える。


「ところで攻撃目標と順番はどうなりましたか?」


 グワラニーからやってきた奇妙な問いに老人が答える。

 表情を普段の険しさだけが目立つものに戻して。


「正面の貴族どもは軍としては粗末なものだが、ふたりの有能な魔術師がいる」

「ということは、最初に潰すべきは貴族軍?」

「そうなるな。正しくは貴族軍に紛れているフランベーニュ軍最高の魔術師ふたりだ。続いて、クペル城にいる魔術師どもをすべて排除する」


「ボナールの逃亡を阻止するということですか?」

「フランベーニュの英雄が部下を見捨てて逃げはしないと思うが、念のためだ」


「そして、最後に両翼のボナール軍本隊ということですか?」

「攻撃に先立ってキドプーラからアウグスト・ベメンテウとアパリシード・ノウトがこの周辺一帯に転移避けを張るので逃げる暇など与えぬ。それと、クペル城の城門付近にさらに多くの魔術師が集まっている。防御魔法の種類と大きさからおそらく数万程度の兵もいるが、これはどうする?」


 魔術師長コルペリーアの言葉を受けて、グワラニーは考え込む。

 だが、それは一瞬のことだった。


「やるか?」

「もちろん」


 続いて老魔術師が尋ねたのは、相手の総司令官についてだった。


「ボナールはどうする?クペル城の魔術師とともに吹き飛ばすか?」

「巻き添えは仕方がないですが、狙い撃ちは不要です」


「降伏勧告をする相手がいなくなるのは困りますから」


「承知した」


「それで、変更箇所はあるか?」

「いいえ」


 グワラニーは続いて本陣の警備を担う人間の男を呼び寄せる。


「タルファ将軍。そろそろこちらから攻撃を仕掛ける」


「それをおこなうにあたって……」


「魔術師長の負担を軽減するため、陣地の縮小をおこなうよう各部隊の指揮官たちに連絡してもらいたい」


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