破滅へ進む決断 Ⅱ
さて、ここから、戦いは本格的なものとなるわけなのだが、その前にひとつだけ語っておかねばならないことがある。
実をいえば、プライーヤがこの場に臨む前におこなわれていた魔族軍の打ち合わせには続きがあった。
そして、そこではどのようなことが話し合われたのかといえば……。
「……そういうことであれば、こちらの手の内を明かしたうえで、再度の降伏勧告をするのはいかがですか?」
グワラニーがその強い言葉ほどそれをおこなうことを望んでいないことを察したタルファが口にした言葉はその場にいる多くの者の思いでもあった。
だが、タルファのその言葉を即座に否定したのは、同じくタルファの姓を持つ女性だった。
「いいえ。形式に則って勧告を拒否した相手に再度の降伏勧告は相手に対する侮辱と受け取られかねません。それはやめておいたほうがいいでしょう」
「だが……」
「ここは夫人の言葉が正しいだろう。こちらの厚意が侮辱していると受け取られるなど馬鹿々々しいかぎりだ。それに、いくら言っても変わらない。相手の気持ちは」
プライーヤの言葉である。
残念さを滲ませるタルファだったが、それとともにプライーヤの言葉の正しさも十分に理解していた。
「この数の差で始まる戦いで負けることなどあり得ないことだと思っているから?」
「そうだ。我々だってクアムートで起こったあれを見ていなかったら、そんなことを絶対に信じないだろう?」
「……そうですね」
「まあ、そういうことで、たとえ忌まわしき魔族からのものであっても忠告は真剣に聞くべき。彼らにはその教訓の糧になってもらいましょう」
この話を打ち切るためにグワラニーはそう言った。
それに続いて、グワラニーが口にしたのは、ボナールからの返答についてだった。
「さて、もうすぐ消える運命の司令官ボナールであるが、彼はその卓越した洞察力から我々が示した条件は本物であることを察するだろう。そのうえで降伏勧告を拒むのは間違いない。まあ、ここまでで終わればいいのだが……」
「もしかしたら、返礼としてこちらと同じくらいのものを示すかもしれない。それは留意すべきだろうな。特に返答を最初に聞くプライーヤ将軍は」
「ほう。それは大事なことですな」
唐突なともいえるその言葉に少しだけ声のトーンを落としたプライーヤはそう応える。
「お返しとして、向こうからも降伏勧告がやってくるかもしれないということですか?」
「ええ」
「グワラニー殿。さすがにそれはないだろう」
「アライランジアの言うとおり」
「……老若男女問わず魔族はすべて殺し、この世からその忌まわしい存在を消す」
すべてを聞き終えたグワラニーは人間世界の標語を口にした。
「それは私も知っていますが、それでもその可能性はあると考えます。その根拠は……」
「ボナール、というか、フランベーニュの軍人のプライドです」
「プライド?」
思わず使ってしまったこの世界にはまだ存在しないその言葉が相手であるバルサスに通じなかったことに気づいたグワラニーは咳払いで仕切り直すと、その言葉の意味を説明する。
「ある種の人間が使用する言葉で、特別高い誇りという意味を持つ」
自分自身で口にしたその言葉に盛大に言い訳したたところでグワラニーは話を始める。
「たとえば、降伏勧告というものはどのような状態のときにおこなうものかな?バルサス将軍」
「圧倒的優勢な強者が敗北寸前の相手に手を伸ばす前におこなう」
「そう。つまり、上位者が下位の者におこなうものだ。もちろん勝った気でいるボナールが我々の降伏勧告を拒むのは当然だが、このままでは形式上自分たちが下位のままになる。フランベーニュの英雄と呼ばれる誇り高き男が双方の立場をそのままにしておくわけがない。こちらからも降伏勧告しようと考えるのではないか」
「……それで、そうなった場合はどうするのですか?」
「そうですね……」
「降伏し捕虜になる。まあ、それからこれはありえないとは思いますが、より辛辣なものとして、命が惜しければ自軍に加わって魔族軍と戦えという提案が来るかもしれません。ですが、その提案に我々が乗ると困るのはボナール。なにしろ我々と違い、ボナールの降伏勧告は拒否を前提にしているのですから。ですから嫌がらせの意味を含めてそれを受け入れるというのも面白いと思うのですが……」
「さすがにそうはいかないでしょう。ということで、こちらも拒否ということでお願いします」
そう。
予想の遥か外側からやってきたと思われたボナールからの降伏勧告にプライーヤが即在に対応できたのはそのような背景があったのだ。
……それにしても……。
交渉が終わり自陣に戻りながら、プライーヤは呟く。
……敵が考えそうなことをすべて察知する恐ろしいまでの洞察力。
……そして、それに対する巧妙な策を生み出す才と、それを実現する強大な力を所有している男アルディーシャ・グワラニー。
……アポロン・ボナール。
……たしかにその人間も有能だ。
……だが、今回はあまりにも相手が悪かった。
……そうでなれば、彼もフランベーニュの英雄というその名声にふさわしいだけの結果を残せただろう。
そして、思う。
……四十万人対二万人などという数の差がなければ、グワラニー殿は別の策を用意したのはまちがいない。
……そうすれば、敵味方双方の司令官が知略のかぎりを尽くしたまったく違う戦いが見られたことだろう。
……本当に残念だ。




