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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十章 クペル平原会戦
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破滅へ進む決断 Ⅰ

 グワラニーが最終決断をした同じ頃。


「申しわけございません。ボナール様」


 魔族側の予想外の申し出に大混乱した挙句、ボナールの返答を約束させられてしまったロカルヌはクペル城にやって来ると、まず、ことの次第を説明し、続いて平謝りするものの、ボナールはさほど気にする様子は見せなかった。

 もちろん彼自身も驚いていた。


 魔族からの申し出を。

 それから、彼らが自身の存在を知っていたことも。


「構わん。だが、魔族の情報収集能力は侮れんな」


 この件に関しては部外者であるため一歩引いた位置に立つロバウに目をやりながらボナールの口から漏れ出したその言葉は心の声といえるものだった。

 上官の表情を伺いながらのロカルヌの弁明はさらに続く。


「その場で話し合いを打ち切ってもよかったのですが……」

「いや」


「魔族の将と対等の立場で話をする機会などそうはないだろうから、いいだろう。もう少し情報を手に入れられることができればいうことなしだったのだが、まあ、それはいい。ところで、魔族の将は降伏勧告にあたり、どのような条件を出してきたのだ?」

「それが、なんとも……」


 ボナールからやってきた問いに対して、歯切れが悪い前置きしたロカルヌは、ため息をひとつすると、それを吐き出す。


「……クペル城駐留部隊を含めて、この周辺に展開する我が軍将兵の身の安全の保証。そして、降伏後捕虜になることを望まぬ者は撤退することを認める。それに加えてクペル城に住むフランベーニュの民の避難時に攻撃しないことの約束。その際に避難民に対しては放棄する財産の一部として全員にフランベーニュ金貨千枚と同等のものを支給する。また、クペル城内にいる負傷兵のうち移動が困難な者に関しては魔族側で十分な治療を施したうえ、別途帰国させる。それに対する魔族が手に入れる対価ですが、クペル城から半径一アケトの土地のみ。それ以外の領地、金銭の要求はしない。最後に、我が方がその条件を承諾した場合、魔族軍の司令官の名を記したフランベーニュ語による証書の発行し、約束を確実に履行する証拠とするというものです」


「……我が国が他国に出す開城勧告よりも条件がいいな」


 ロカルヌの言葉に頷き、とりあえず肯定的に評価したものの、何かを感じたボナールは目を瞑り、思考の森に分け入る。


 ……例の商人どもの情報には、魔族は契約にうるさく、一度結んだ契約は律儀に守るというものがあった。

 ……だから、海賊どもも魔族と取引しているとか。

 ……その魔族が証書の発行をわざわざ加えてきたことは本気。


 ……つまり、奴らはこの条件でクペル城を手に入れたいと考えていると思っている。


 ……読めた。


 ボナールの思考が辿り着いた先。

 それはまさにグラワニーが口にしたものだった。


 ……奴らが描いているクペル城攻略の絵図がこうだ。

 ……本来、渓谷内での戦果を脅しのネタにして、クペル城を開城させるつもりであったが、予定外の増援がやってきた。

 ……クペル城を手に入れるためにはもう一度戦わなければならない状況になったものの、奇術のタネはもうない。

 ……そこで、本来の策を少し手直しして繰り出してきた。


 ……大軍相手にわずか二万で草原に姿を現わすのだ。当然それ相応の策を用意してくる。

 ……そう思わせる。

 ……だが、それこそが奴らの策。

 ……だから、本隊が姿を現わしても、ことさら慌てる様子を見せなかったのだ。


 ……もちろん防御魔法は鉄壁なのは事実。

 ……だが、攻勢に出るときに起こる無防備状態を突かれれば大損害が出るため、その手は使いたくない。


 ……それでも何かあるかのように見せるとは、究極のハッタリ。

 ……いや。命がけのいかさま。


 ……それだけのことを堂々とやってのけるとはこの魔族の将はたいした度胸の持ち主。

 ……そして、それにつきあう部下がこれだけいるということはその将には相当な人望と信頼もあるのだろう。

 ……だが、ひとつだけ見誤ったことがある。


 ……それは、私の器量。


 ……私がこの軍の指揮官と知っていながら、その策をおこなうということは、当然指揮官が私であっても通じると思った、いや、私だからこそ深読みして成功すると思ったのだろうが、読みが甘かったようだな。


 ……もちろん返答は拒否。


 結論が出たところで、ボナールの頭にある名案が浮かぶ。


 ……これはいい。


「ロカルヌ。奴らに返す答えが決まったぞ」

「伺いましょう」


「むろん降伏は拒否する」

「当然ですな」

「ただし……」


「続きがある」


 それから、ほんのすこしだけ時間が進んでクペル城前の草原地帯。

 魔族軍を包囲したフランベーニュ軍からひとりの男が進み出る。

 それに応えるように魔族軍からも先ほどの将が前に出る。


 見えない壁である結界を挟んだフランベーニュ軍と魔族軍の中間まで歩を進めたところで男が口を開く。


「フランベーニュ軍総司令官アポロン・ボナールの代理フレデリック・ロカルヌが、魔族軍将軍アゴスティーノ・プライーヤからの降伏勧告に対する、総司令官からの返答を伝える」

「聞こう」

「降伏勧告は拒否する」

「……承知した」


 もちろんここまでは敵味方双方の想定通りであった。

 だが、ボナールの返答はこれで終わりではなかった。


「なお、ボナール総司令官から魔族軍の将兵に言葉がある」


 この言葉に両軍の兵たちがざわめく。

 だが、その言葉の受け取り手であるプライーヤは薄い笑みを浮かべ、「やはり来たか」と呟くだけで取り立てて動揺する様子は見られない。

 そして、双方の兵士たちのざわめきが収まったところで、プライーヤが口を開く。


「聞かせてもらおうか」

「よろしい」


 プライーヤの言葉にそう応じると、大きく息を吸ってから、ロカルヌはその言葉を吐き出す。


「渓谷内で我が軍を殲滅した見事な手腕。そして、圧倒的大軍を前にしての今回の堂々とした戦いぶり。それらは賞賛に値するものである。すでに勝敗を行方がわかっている戦いにおいて無駄な血を流すことが本望ではないのはこちらも同じ。そこで提案する。もし、ここで降伏するのであれば、この私アポロン・ボナールが責任をもって魔族軍全将兵の命を保証し、かつ通常の捕虜と同等の扱いをすることを約束する。さらに、希望するのであれば、我が軍に加わることも許す。熟慮のうえ返答せよ」


 一瞬の沈黙の後に、起こったのは歓声と罵声だった。

 拍手と歓声は魔族軍側から起こったものなので、当然ながら罵声のほうはそれとは反対側となる。

 当然である。


 魔族とはこの世界に存在してはならぬ邪悪なものであり、どのような事情があろうともすべてを殺す。

 それはたとえ女子供であっても。


 これがフランベーニュ軍、そして、全人類の「暗黙の了解」的方針であったのだから。


 ロカルヌはその様子を眺めながら、苦笑いする。


 ……ボナール様によれば、これは戦いをおこなううえでの儀礼のようなもの。

 ……お互いに降伏を勧告し、それを拒否したところで戦いを始めるという。


 ……形のうえでの返礼もこれで済ませたわけだが、まさかここで下りることはないだろうな。

 ……それこそ、そうなってはこちらが困る。


 もちろんロカルヌが心配するようなことは起こるはずもなく、当然のようにその言葉はやってくるわけなのだが、ロカルヌを驚かせたのはその返答までの時間だった。


「返答までに時間を指定する。今から……」

「いや。不要だ。この場で返答しよう」


 ロカルヌの言葉をそう遮ったプライーヤは、続いてそれの対となる言葉を口にする。


「まことにありがたい申し出であるが、我々はすでに勝利を手にしている身。ここで戦いから下りる必要性はまったくない」


 ロカルヌが口を開く。


「……拒否か」

「そうなるな。それから繰り返しになるが、この戦いは我らの完全な勝利は確定している。そこで、勝者の度量を示すため、そちらの一撃を開戦の鐘とすることを約束する。攻撃はしないから、親しいものと最後の盃を交してから戦いを始めるのがよかろう」

「言ってくれるな。魔族」


「では、そうさせてもらおうか。ただし、その盃は勝利の前祝いである。さて、話はここまでだ。剣を交えることを楽しみしているぞ。魔族の将軍」


 ふたりの会話はそこで終わる。

 だが、魔族の将の言葉はそれで終わらなかった。

 相手には絶対に届かぬ声で背中越しにプライーヤはロカルヌにこう言ったのだ。


「……さらばだ。フランベーニュの将」


「……残念ながら剣を交えるのは私があの世に行ってからということなる。そのときまで向こうで研さんに励め」

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