終わりの始まり Ⅰ
「公爵様。狼煙です」
「来たか」
クペル城から上がったそれを報告に来る部下のひとりの声にタルドゥノアはそう応え、続いて全軍に対して指示を出す。
「全軍突撃。賞金首は我々で独占し、シャンティオンの子分どもにはひとつたりとも渡すな」
もちろんそれに応えるのは怒号のような歓声とこだまのように響き渡る「突撃」という声である。
だが……。
クアムートでの戦い。
そこで起こったことはその緒戦の再現と言えるものだった。
貴族軍右翼。
すなわちタルドゥノア公爵が指揮する側。
「男爵。どうやら我らが一番です」
「よし。魔術師の首はもらった。そして、十万枚の金貨はいただいた。魔術師目指して……どうした?」
五百人の兵を率いていたアリニー・ソルジュ男爵は目の前にいる魔族の兵に撃ちかかるよう命じようとした瞬間、前方を走る兵たちが悲鳴を上げながら次々に停止する。
いや。
正確には見えない壁にぶつかったという表現したほうが正しいだろう。
だが、それは実際体感しなければわからないうえ、勢いよく走っているためそう簡単には止まれない。
当然のように最前列の兵士は見えない壁と後方からやってくる味方に挟まれる。
だが、それは一列だけのはずはなく、次々とやってくる味方が折り重なるように倒れ込む。
もちろんそれは彼の部隊だけのことではない。
魔族軍の周囲、そのすべてで発生していた。
悲鳴と怒声。
そして、圧死。
貴族たちにとっては悪夢のようなその惨劇は歯ぎしりしながらタルドゥノアが撤収命令を出すまで続いた。
もちろんもうひとりの公爵であるシャンティオンが率いる側も状況は同じ。
その被害は全体から見ればたいした数字ではないとはいえ、それでも数千の死者と桁をひとつ増やした負傷者ができあがっていた。
しかも、敵である魔族からの盛大な嘲笑のなかでという屈辱。
まさに醜態である。
もちろん貴族軍の醜態はクペル城で高みの見物に興じるボナールも確認していた。
「魔族軍ご自慢の魔術師が展開した結界は身じろぎもしませんな」
「ああ。もっとも……」
「貴族軍の私兵ごときに突破されるようでは興ざめも甚だしいが」
「さて、残念ながら貴族たちの突撃は失敗した。それを受けて私は次の段階へ進まねばならない」
そこまで言ったところで、ボナールは会心の笑みを浮かべる。
ボナールは再び眼下の戦場に目を落とし、口を開く。
「ロカルヌへ伝令。ただちに転移を開始せよと」