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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十章 クペル平原会戦
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姿を現わしたもの Ⅱ

「コルペリーア様。これでよろしかったのですか?」

「もちろんだ」


 貴族軍に対峙するグワラニー軍の最後方ではふたりの魔術師がそのような会話を交わしていた。

 そして、ふたりの目の前に広がるのがその部隊の全容となる。


 部隊の先頭にはプライーヤ率いる三千人。

 その後方には、各二千人を率いる新しく加わった三人の将軍の部隊。

 さらにその後ろに控えるのが、この軍で最大勢力となる戦闘工兵。

 むろん彼らが使用するのは横弓といわれるこの世界では珍しい武器であるのだが、現在の彼らの手にあるものは鍬やスコップといた道具であり、彼らが瞬く間に土を積み上げてつくり上げた丘に本陣が置かれている。

 そして、その本陣を守備するのは、タルファ配下の二千五百人となる。


「たしかに師が防御結界を張れば守備は完璧でしょう。ですが、これだけ数の差があってはこちらからも攻められませんが」

「いいのだ」


 弟子であるフロレンシオ・センティネラの疑問に、老魔術師は素っ気なくそう答える。

 老人の短い言葉は続く。


「どうせ攻める予定はないのだから」

「攻める予定がない?」

「そうだ」


 重ねてやってきたセンティネラからの問いに老人はそう答え、それからその説明となるこの言葉を加える。


「これからやってくる敵の本隊も合わせれば、敵は三十万。それに対し、こちらは二万。その半分は戦いを専門とする者たちではないのだ。つまり、実質は一万。三十万対一万だ。これだけの数の差があってどうやって攻めに出るのだ?」


 あらためてその差を示されたセンティネラは心の中でそう呟く。


 ……だが、攻める気がないのなら、砦から出てここまで来た意味がないではないか。


 当然のようにセンティネラはその疑問を言葉にして自らの師にぶつける。


「ですが、そのために配下のほぼ全軍を引き連れてここにやってきたのでしょう。グラワニー殿は」

「違う」


「これは目くらまし。つまり、罠だ」

「罠?」

「そうだ」


 グワラニーの策の一端を示したものの、目の前にいる弟子はその意味を掴みかねていることに気づくと、老魔術師はさらに言葉を重ねる。


「たとえば、兵は不要だからといって、十万人の前に三人の魔術師だけが現れたのなら、相手はどう思う?」


 一瞬後、老人がもう一度口を開く。


「十万の兵の前に三人の魔術師だけで対峙すれば、相手はその力量を警戒する。あの魔術師たちは十万人を倒すだけの力があると。そうなれば……」

「本隊が現れない?」

「そういうことだ。つまり、グワラニー殿と敵将ボナールとの駆け引きはすでに始まっているのだ」


「ボナールの策は『数はいるがあきらかな弱兵』をエサとして用意し、それに釣られて姿を現わした我が軍を三方から挟み込んで殲滅し追撃するというものだ」


「だが、ボナールが用意したこの策にはもうひとつの利点がある」

「と、言いますと?」

「勝利するために唯一の不安要素である強力な魔術師。それをあぶり出すことができるのだ。それが先ほど話だ」


「まあ、ボナールは噂どおりフランベーニュが誇る名将なら、当然それくらいのことは考える。なにしろ我々は渓谷内の戦いに先立ってクペル城の魔術師を狙い撃ちにして排除したのだ。その情報を掴めば、それをやった魔術師を見つけ出さなければならないと考える。そして、見つからなかった場合、本隊は現れないということもありえる」

「なるほど」


「だが、ボナール軍を打ち破りたい我々はそれでは甚だ都合が悪い。では、そうならないためにどうしたらよいか?」

「その魔術師は姿を現わしているとボナールに教えるということですか?」

「おまえも気づいたと思うが、貴族軍には魔術師たちが山ほど同行しているが、ほぼすべてが半端者だ。だが、そのなかでひとりだけ相当の手練れがいる。当然こちらの魔法や我々の魔力量がどれほどのものか把握できるだろう」

「我々がここにいれば安心してボナールはやってくると?」


 センティネラの言葉に老魔術師が頷く。


「ついでにこれだけ強力な防御魔法を展開しているのだ。こちらも攻撃魔法は使用できないとボナールに報告していることだろう」


「そして……」


「数の差を考えれば剣での戦いで勝利は得られない。つまり、我々は必ず切り札である魔術師の魔法を使って攻撃に転じる。そうなれば、どこかの時点で必ず防御魔法を解除する。その時こそがフランベーニュの狙い目と考え、こちらの策を完全に読み切ったなどと言って、今頃わけ知り顔でその策を開陳していることだろう」


 そこまで喋ったところで、老人は黒い笑みを浮かべる。

 むろんそれが何を意味しているかはあきらかだ。


「もちろんその読みは完全にはずれというわけではないのだが、奴が見抜けなかった半分こそがこちらの策の肝。フランベーニュの英雄には申しわけないことなのだが、すでに勝負はついている」


 老人はそこまでしか語らなかった。

 だが、側近であるセンティネラは知っている。

 それを誰がどのようにおこなうかを。


 さて、ここで舞台をクペル城へ移す。


「……奴らの策が判明した」

「ほう」


 フランベーニュ軍のルルディーオから届いたその情報を読み終えたボナールは嬉しそうにその言葉を口にすると、その相手となるロバウは短い声でそれに応える。


「それを伺ってよろしいか。ボナール殿」

「……もちろん」


 少しだけもったいぶるような言い回しをしたものの、実をいえば、ボナールは嬉しさのあまり、誰かにそれを話したかった。

 つまり、その気持ちが押さえられないボナールにとってロバウの言葉はまさに渡りに船だったのである。

 隠し切れない喜びが滲んだ口が開く。


「これまで誰にも言っていなかったのだが、実は今回の策を実行するにあたりひとつ不安があった」

「それは?」

「この城の一室にいた魔術師を狙い撃ちにしたという魔法の使い手だ。この情報を聞いたときに、私は魔術師長であるルルディーオに尋ねた」


「遠方から同じことができるかと」


「ルルディーオ殿はなんと?」

「無理だと答えた。つまり、その魔術師の技能はルルディーオよりも上ということになる。そのような者がどこからに潜んで魔族を半包囲した我々を攻撃しないかと」


「むろんルルディーオは、自分と副魔術師長であるエクトル・ネラックが最大級の防御魔法を展開するから問題ないとは言ったが、それでも多少の不安があった。だが、その不安はたった今解消された」

「と、言うと?」

「現れた魔族軍の中にその魔術師が含まれていることが確認できたのだ。しかも、その魔術師はもうひとりの魔術師とともに最大級の防御魔法を展開しているという」

「……それほどの魔術師が防御しているのでは容易に手が出ませんね」

「ああ」


 ロバウの言葉にそう応じたボナールは残念そうな表情を浮かべる。

 だが、実はこれこそボナールが望んでいた言葉だった。

 笑みを浮かべ直し、それからもう一度口を開く。


「だが、それを裏返せば、奴らも攻撃魔法は使えないわけだ。では、奴らはその状態でどうやって勝つつもりなのだ?」


 ボナールが言いたいことをロバウはここでようやく理解した。


 わざわざ少数で戦うには圧倒的に有利な場所である砦から草原に出てきたのだ。

 奴らは何かしらの勝つ算段をしているはずだ。

 だが、彼我の戦力差は歴然。

 剣で決着つけるつもりではない。

 そうなると、残りは魔法攻撃をおこなうことになるのだが、現在の状況ではそれは不可能。

 となれば、攻撃魔法をおこなうために防御魔法の強さを弱めればならない。


 ……その瞬間に攻撃をおこなうというわけか。


 ロバウの心の声を読んだかのように、ボナールが言葉を加える。


「ルルディーオが展開する防御魔法を突破する攻撃魔法を使うためには、防御魔法を解除しなければ足りないだろうな」


「我々はその一瞬の隙を逃さず叩く」


 これはまさに魔族軍の魔術師長は弟子に向かって言った「ボナールはこちらの策を読み切ったと思い、自信満々に種明かしをしているに違いない」という言葉そのもの。

 そして、その仕上げのようにボナールは言葉を加える。


「そうなれば、彼らに与えられたものは全滅か撤退の二択。そして、ありがたいことに後方は遮断されていない。当然選ぶのは後者となるわけだ」


「ということで、ロバウ将軍」


「我々の勝ちだ」


「モンガスコン」


 ボナールは副官の名を呼んだ。


「本隊への伝令を頼む……」





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