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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第十章 クペル平原会戦
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姿を現わしたもの Ⅰ

「そろそろ行こうか」


 もちろんこれは出陣準備の命令である。

 だが、その言葉は命令内容とは大きくかけ離れ、ピクニックにでも出かけるかのような軽さがあるものだった。

 しかも戦場で待つのは貴族軍を合わせれば三十万の大軍。

 そういうことも考え合わせれば、その場違い感はさらに増大する。

 だが、その場にいた全員がグワラニーと同じようにのんびりと構えていたわけではない。


「出陣準備」

「全員を集めろ」


 留守番役であるバイア、ペパスも含めてほぼ全員が立ち上がると、それぞれの部下たちを呼び寄せ指示をおこなう。

 グワラニーの分を取り返すように。


 そして、そこに残ったのは、グワラニー、アリシア・タルファ、それからアンガス・コルペリーアと孫のデルフィンだけとなる。


「魔術師団の準備は終わっているのですか?魔術師長」


 薄い笑みとともにグワラニーからやってきたその問いに、まず同じような笑みで応じると、老魔術師は言葉を加える。


「もちろんだ。まあ……」


「私とデルフィンに同行するのは、昨日出番がなかったセンティネラだけだからな。もっとも、あの男がやるのは特等席での見物程度のものなのだか」


 グワラニーの言葉にそう応じてから、幾分小さな声で老人はグワラニーに問い直す。


「結局あれの代案は見つからなかったのか?」

「……残念ながら」


 グワラニーから戻ってきた言葉に老人はため息で応じる。


「……三十万対二万の戦いで完勝を得られる策などそうはないからな。まあ、仕方がないことではあるのだが……」


「すべてが終わった後はあまり見たくない光景が広がりそうだ」

「まったくです」


 一セパ後。

 マンジューク銀山を抱える渓谷地帯の北方にある野営地、というよりも小さな町と言ったほうがいいような賑わいを見せる場所に整列した二万人を超える者たち。

 そこにグワラニーが姿を現わす。

 いつものように全体を眺めるようにしてから、グワラニーが口を開く。


「これから我々は戦いに行く」


「ついでに言っておけば、現在姿を現わしている敵の数は十万人。つまり、我々の約五倍。そして、我々がその敵とぶつかった後にやってくるのはその倍。二十万人。つまり、我々はこれから三十万人の敵と戦うことになる」


「三十万人対二万人。さらに言えば、その部隊を率いるのはフランベーニュ軍だけではなく人間世界最高の将とされるアポロン・ボナール。普通に考えれば我々に勝てる見込みはない。だが……」


「そうであっても我々は勝たなければならない」


「どんな手を使っても」


 実をいえば、最後の言葉はこれから起こることについての予告として加えたものだった。

 だが、多くの兵士はそれを別の意味に受け取った。

 わざわざ彼我の戦力差を強調したということは、さすがに今回ばかりは勝つことは厳しいのだと。

 それは、彼らを指揮する者たちも同じである。


 プライーヤはグワラニーの背を見ながら心の中で呟く。


 ……改めて聞くと、とても勝ち目のない数字だな。


 プライーヤの呟き。

 もちろんこれは彼ひとりのものではなく、大部分の将の思いではある。

 だが、そう考えない者もいる。


 「クアムート殲滅戦」をグワラニーの敵方として経験した者だ。


「タルファ様。我々は勝てるでしょうか?」

「まあ、軽く勝つだろうな」


 従卒となる少年が、おずおずとそう尋ねると、その男タルファは自軍の整列状況を確認しながらあっさりと答えていた。


「私がまだノルディア軍に籍を置いていたとき、グワラニー殿は実質二千人の兵で、四万人のノルディア軍を打ち破った。完璧な形で」


「あのとき私は偶然命を拾ったが、それはグワラニー殿が無用な殺戮をしなかったからだ。あの戦いでノルディア軍は二万人を失ったが、グワラニー殿がその気になればノルディア軍はさらに二万人を失っていた」

「はあ……」

「わからぬか?」


 緊張のあまり頭が働かない少年にはタルファが語るそれを単なる思い出話に聞こえた。

 それに気づいたタルファは苦笑いする。


「あのときは二千で四万の敵を簡単に打ち破ったグワラニー殿なら、二万人で三十万人の敵を打ち破るくらい雑作もないということだ」

「……味方が十倍になったから、倒せる数も十倍になると?」

「そういうことだ。それに……」


「今回の戦いには、私の妻であるアリシアも同行する。幕僚とはいえ、勝ち目がないどころか、妻に危険が及ぶ可能性があるのならグワラニー殿は妻を同行させない。だが、実際はそうではない。その一点だけでグワラニー殿はすでに完勝の策を用意していると思うべきだろう」

「な、なるほど」


「それで、どのような策でしょうか?」

「それは現地でのお楽しみだそうだ」


「だが、それを知る手がかりはある」

「それは?」


 少年からの問いは、話の流れ上、当然やってくるものといえる。

 もちろんタルファも拒む気はない。


「……幹部たちの打ち合わせの最中に、魔術師長殿がアリシアの同行に言及した。グワラニー殿が何も言ってもいないうちに。つまり、魔術師長殿はその策をすでに聞かされているということだ。つまり、それは魔法を使った大掛かりな攻撃だ。まあ、クアムートでも魔法をその策の中心に据えていたのだから、今回も同じということだろう」

「ですが、今回コルペリーア様に同行する魔術師はデルフィン嬢とセンティネラ様だけと聞いていますが。デルフィン嬢は治癒魔法専門ということですから実質ふたりということですが」

「それで十分ということなのだろう。というか、それをおこなうのは魔術師長殿ひとりということなのだろうな」

「あの……将軍」


「それほどのものなのですか?コルペリーア様の魔法とは」

「ああ」


「あれを味わうのは一度だけにしたいと思えるくらいのものだ……」


 少年の問いにタルファは苦みを増した笑みで応じた。


 それから、少しだけ時間が進んだところでキャンプ地から前日に完全な形で確保した渓谷地帯を通り、キドプーラから魔族軍がクペル平原に姿を現わす。

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