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アグリニオン戦記  作者: 田丸 彬禰
第一章 黄金の夜明け
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黄金の夜明け Ⅰ

 人間と魔族が住むアグリニオンと呼ばれるその世界。


 一方の支配から始まったその歴史はまず自治権が認められていた辺境地で散発的に起こった自由を求める戦いから動き出す。


 長く苦しい戦い。

 抵抗組織はその過程で支配地域を徐々に広め、やがて国家が出来上がる。

 そこから続く更なる戦い。


 だが、ある時から、数こそ劣っているものの個々の能力は勝る魔族と、圧倒的な数を背景に同等以上の力を持ちながら、いくつもの国家に分裂して主導権争いを繰り返し魔族との闘いに集中できない人間。

 そのどちらにも傾くことのない絶妙な均衡が起こり、そのまま長い時が過ぎていた。


 永遠に続くと思われていたそのふたつの勢力の均衡が崩れたのは、現在は敵味方双方から「勇者」というふたつ名で呼ばれるひとりの若者とその仲間が現れてからだった。

 魔族の王の討伐を目標に掲げて動き出した彼らは戦いを挑む魔族の戦士たちを次々と打ち倒す。


 やがて、彼らの華々しい活躍を好機と捉えた大国のひとつの呼びかけに各国が応じ、「共通の敵」を倒すために一時的に休戦した列国はすべての矛先を魔族に向け、魔族領への侵攻を開始する。


 青天の霹靂。


 各戦線から多くの将兵を引き抜いて目障りな勇者を討つ算段をしていた魔族軍にとって多くの場所で同時に起きた大攻勢はまさにその言葉でしか表現できない出来事だった。

 そもそも兵力が足りないうえにそのようなものを迎え撃つ準備もされていない。

 当然のように、総崩れとなり、次々に陥落する魔族の町。


 そして、その占領地では逃げ遅れ捕らえられた魔族は「邪悪な者」として一人残らず殺され、国だけではなく、魔族そのものがこの世界から消えるのもそう遠くない出来事になると思われた状況からこの物語は始まる。


 魔族の国の王都イペトスート。

 王とその側近たちはたった今届いたばかりの喜ばしからざるニュースを、それにふさわしい表情で聞いていた。


 南西方面の要衝バイムの陥落。


 それが急報の内容であった。


「……王都から勇者討伐のために派遣した将軍たちは?」

「城主らとともにすべて勇者に討ち取られたと……」

「ガスリン」


 すべての報告を聞き終えた王は軍の総司令官である者の名を呼んだ。


「おまえは、これまでは一対一で勝負したために負けたのだから、将軍級の者が束になればたとえ勇者でも簡単に討ち取れると申していた。あの時おまえは三人もいれば十分と言っていたが、私は念のためその倍の数を派遣した。その結果がこれとはいったいどういうことだ?」


 このような場で感情を激発させ怒号を飛ばすような者は魔族の王にはふさわしくないというプライドが怒りをかろうじて抑え込んでいる。

 そのような心情がはっきりと窺える王の声に戦士と呼ぶにふさわしい大きな体を小さくした総司令官が応える。


「勇者の実力を完全に見誤ったようでございます。……申しわけございません。陛下」


 大失態を犯した男が口にしたのは短い謝罪の言葉だけだったが、男がこの後にどのようして責任をとるのかは誰の目にもあきらかだった。

 だが……。


「いや。私は説明を求めているのであって責任を取れと言ったわけではない。そもそも責任とは最終判断をした王である私が負うべきものであり、策を出した者が負うべきものではない。ガスリンよ。私が言いたいことがわかるな」


 つまり、自刃は認めぬ。

 これが現在魔族の国を治める王なのである。

 むろん甘いわけではない。

 部下の才能は最後の一滴まで使い倒すというその姿勢はむしろ辛辣。

 だが、つまらぬことで有能な部下に自刃を強いて軍の弱体化を招いた前王はもちろん、歴代の王のなかでも群を抜いて秀でた統治者。

 それがこの王に対する正当な評価とされる。


 その王の言葉は続く。


「軍を束ねるガスリンに改めて問う。忌々しい勇者を討ち取る策はあるか?」


 そもそも臣下たるもの王の問いにはすみやかに答えなければならない。

 特に本来なら死をもって償うべき自らの責を許された直後である今は尚更。

 だが、これまで進言してきた策はすべて失敗し、その度に多くの将兵を死なせていることがガスリンを沈黙させた。


「陛下。発言のご許可を」


 沈黙を続けるガスリンの代わりにその声を上げたのはガスリンとはライバル関係にある副司令官アパリシード・コンシリアだった。

 許可を示すように王が頷くと、ひげ面の男の口が再び開く。


「地方に配置している将軍級の戦士と配属されている上級魔術師をすべて引き揚げ勇者討伐に向かわせてはいかがでしょうか?」

「つまり、ガスリンの策の拡大版というわけか」

「そのとおりです。陛下。残念ながら現状を勘案するかぎり勇者とその仲間が個としては我が軍の誰よりも武勇に優れているのは間違いございません。そうなれば、あとは数に頼るしかない。三人でだめなら十人で。それでもだめならその倍であたる。そして、勇者の力に底が見えない以上、我々は持てる最大戦力で奴に挑む以外にはありません。さらに、報告によれば、勇者の同行する『銀髪の魔女』と呼ばれる女魔術師の魔法で多くの者が倒れているとのこと。そうであれば、こちらも相応の魔術師を向ける必要があるでしょう」

「つまり、すべての力を注いで勇者たちを袋叩きにするということか」

「言葉を飾らずに言えばそうなります。陛下」

「この場で一番気位の高いおまえのものとは思えぬ策だ」


 それは聞きようによっては皮肉とも取れる。

 そのような王の感想だった。

 だが、男は恐縮することなく笑顔の欠片も見せない表情でその言葉に答える。


「国家の存亡の前にはそのようなものなど些細なことでございます。陛下」


 副司令官の言葉のすべてを理解した王は司令官である男に視線をやる。


「ガスリンはどうだ?」

「……副司令官の策に付け加えるものは何もございません」

「つまり、賛成か。もはや体裁などに構っていられぬ状況ということか。理解した」


 彼らの真意を受け止めた王は頷き、後は裁可というところで、発言を求めて手を上げた者がいた。

 ダミオン・ドゥドゥル。

 作戦の度に地方から中央への兵力引き抜きをおこなうガスリンやコンシリアとは意見が合わず評定の場に何度も激論を交わしている者だ。

 当然のように開かれた彼の口からはコンシリアとは対極の言葉が流れ出す。


「言うまでもなく、現在人間どもは周囲すべてから我が国に侵入しております。そのような状況で指揮官たる将軍たちだけではなく前線では常に不足している魔術師まで引き抜いてしまってはかろうじて持ちこたえている戦線は完全に崩壊してしまいます。そうなれば、たとえ勇者を打ち倒したとしても残るは王都のみ。王は民なき支配者となります」


「……なるほど。どうだ、コンシリア。ドゥドゥルの疑念を解消する策はあるか?」


 王はその言葉とともに先ほどの案の提案者に視線を送ると、問われた男が重々しく答える。


「残念ながらございません。ドゥドゥルの申したとおり、私の策を用いれば戦線はあっという間に崩壊し、残された民はすべて人間どもに殺されることになるでしょう。しかし、この際それもやむを得ますまい。このまま今の状況を放置すれば半年後には勇者が王都に到着してしまいます。その間、我々はこれまでと同じように兵力を小出しにしていてはただ将兵を減らすだけで勇者に傷ひとつもつけることができないでしょう。そして、迎えた王都での決戦。万が一王都を落とされるようなことになれば、その時点で地方の町をどれだけ維持していても最終的には結果は同じことになります。とにかく今は勇者を葬ること。それさえ叶えば人間どもの侵攻は止まり、数年後には奪われた町も奪還できます」


 もちろんその言葉にドゥドゥルが再反論の声を上げる。


「住む民がいない町を手に入れてなんとする。しかも、その策では失敗したときに次策が打てず滅びを早めるだけではないか」

「今は次の手を考えている場合ではない」

「それは近視眼に過ぎる。我らはこの国を永遠に続ける責務を負っている。そのような金を賭けない賭け事のような策はとるべきではない。まずは足止めを図りながら勇者の力を正確に把握し弱点を見つけることに専念すべきだろう」


 そこからはいつもどおりの堂々巡りが始まる。

 今日も結論が出ないまま評定が終わると思われたその時だった。


「発言をお許しいただきたい」


 その声はこの場の末席に座する者からのものだった。

 少しだけ時間がかかったものの、王の目はテーブルの端に座るその声の主を見つける。


「グワラニーか」

「はい。陛下」


 グワラニー。

 正しくは、アルディーシャ・グワラニー。

 魔族の証しである燃える炎のような赤い目を除けば外見は人間の若い男である。

 実際に彼の中に流れる血は占領地から連れてこられた女奴隷の子を祖とするこの国に住む人間種のものであり、人間を「矮小で下賤な生き物」と見下す魔族が治めるこの国での地位は当然非常に低い。


 そのような出自、しかも少年と言ってもいい若者が重要な議題を話し合うこの場に出席しているのはなぜか?


 彼が属するのはこの世界では文官と呼ばれる官僚集団。

 そして、彼はそこで必要とされるものすべてを最高レベルで持ち合わせる実質的最高位の者。


 それが誰もが目を見張る年齢に似合わぬ彼がいる理由となる。

 

「何か言いたいことがあるのなら申してみよ」


 純魔族種で構成される将軍たちの冷たい視線とそこからつくりだされる針の筵のような雰囲気のなかで王に促されたグワラニーが口にした言葉。

 それは……。


「私に兵一万と魔術師二千を与えていただければ現在の状況を劇的に改善してみせましょう」


 それは誰にとってもまったくの予想外のものだった。

 だが、一瞬の間ののち、起こったのは失笑。

 いや、嘲笑だった。

 武闘派の頂点とされるコンシリアがグワラニーに嘲りに怒りの色を混ぜ込んだ声でグワラニーに言葉を投げつける。


「グワラニーよ。そもそも貴様は金勘定だけが得意な文官であろうが。その文官である貴様が軍に関わることに口を挟むとは無礼ではないか」


 コンシリアに続いたのは強烈なライバル関係にあるガスリンだった。


「それに軍事の専門家である我々でさえ手に負えないこの状況を、戦の指揮をとったことがないどころか、戦場で剣を振るったこともないひ弱なおまえが改善できるとは笑わせてくれる。一服の清涼感を与えたことには感謝するが断言する。たとえ貴様に要求する十倍の兵を与えても勇者に一ひねりされるだけだ」


 ふたりの言葉をきっかけにして次々と飛び出したさらに数十人の将軍たちの嘲りの言葉に晒されながら、表情ひとつ変えないグワラニーに王がもう一度声をかける。


「グワラニーの今の言葉は実に勇ましい。だが、それとともに、苦労している将軍たちの前でのその言葉は大きな責任も生まれる。おまえのことだ。当然そのようなことはわかっているのだろう。聞かせてもらおうか。おまえの言う状況が劇的に変わるその策を」


 その言葉を待っていたその男は王に一礼し、それから口を開く。


「それは……」

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