#98 狂気8
「長官、ご足労戴きありがとうございます!」
「構わねぇよ、GSUから戻る途中だったしな。
しかし、これはアレか? 野郎の屋敷を射撃演習の的にでも設定したのか?」
報告を受け、クリストフが立ち寄ったのはノンデンフェルトの領地だ。
辺り一面焼け野原になり、在ったはずの建物は見当たらない。
くだらない会合の帰り道だった彼には、げんなりする寄り道だったろう。
「使用人は全員拘束されておりましたが、屋敷から500m程離れた安全な場所に隔離されており無事でした。ただ全員が当時の記憶が無く、気が付けばここに居た、と」
「使用人以外で生きてる奴は?」
「皆殺しかと。地下にノンデンフェルトと数十名の遺体を発見しました。地上の方に遺体とみられるものはあるのですが、建物諸共吹き飛ばされておりまして、特定は不可能です」
「ノンデンフェルトがくたばってんのは間違いねぇのか?」
「はい、間違いありません。
心臓を一突きにされており、即死であったと思われます。それと…… これは関係あるのかは分からないのですが、地下室に薬物が保管された部屋があり、ポーション類とは違う ”白い粉” を発見しました」
「そいつは全部回収…… いや、地下室の物は全部回収しろ。ノンデンフェルトの私物も全部だ」
「はっ!」
クリストフは、地下にあった物を全て回収するよう指示し、帝都帰ろうと馬車に向かった。
森の近くに馬車を停めたのだが、ふと見ると、森の中も兵士が走り回っている。
「なんだ? 今度は魔王軍のゲリラでも発見したか?」
「いえ、森の中で地龍の死骸を発見しました!
あまりにも大型なもので、人を集めていた所です!」
地龍はデカい。
だが、それは当たり前の事だ。
当たり前の事なのだが、その認識が普通の兵士達が取り乱している。
不審に思ったクリストフは、その兵士に案内させたのだ。
「長官、こちらです!」
「おいおい、こりゃデカいってレベルじゃねぇだろ。こいつも回収しろよ? 忘れずにな」
馬車に戻ったクリストフは、纏わりつくような疲労感を感じ目を瞑った。
屋敷が木っ端微塵にぶっ飛び、すぐ横の森には見たことも無いサイズの地龍の惨殺体だ。
少なくとも、一兵卒に粉微塵に出来るような小ぢんまりした建物でもないし、地龍に関してはA+を主体に3個小隊規模のパーティを編成して送り込んでも不安な個体だった。
「キャサリン、粉はスラムのと同じか?」
「分析に回さないと何とも言えませんが…… 長官の ”期待を裏切らない結果” が出る可能性が高いです。
V.Oの副社長は、会合の場に確かな情報を持ち合わせていなかった…… 仮に会合が終わった後に、何かしらの情報を手に入れたとしても、あまりにも速すぎます」
「じゃあ誰がやったと思ってる?」
「そ、それは勿論ラインハート様です!!
帝国との会合を欠席しておりましたし、独自に調査し単騎で潰すだけの力もあるはずです!! 素晴らしいです!!」
クリストフは大きな溜息を吐いた。
キャサリンは、V.Oの社長の大ファンを自称しているので持ち上げようともするし、接点を持つには申し分無いネタだと思っているのだろう。
と、そう思っていた。
それは構わない。それよりも、もし仮にそうだったとしたら、とんでもない大問題だ。
帝国よりも遥かに早く確かな情報を手に入れ、索敵部隊の処理能力が魔王軍に向いていたとはいえ、時間にして15分程度の間に領主の屋敷を吹っ飛ばし、アゴが外れるサイズの地龍を始末した。
そして一番の問題は、浮浪者を殺人鬼に変える ”魔法の粉” は出処が帝国だったと明らかにし、回収もせずに自分達の目に晒したという所だ。
未だにGSUは勿論、V.Oからも沙汰は無い。
ならば、それ以外の勢力が関与している可能性も捨てきれない。
だが何れにしても、この ”確かな情報” が公開されれば、事実と異なっていても帝国には内からも外からも矛先が向いてくる。
「長官、へーミッシュ伯爵の屋敷に憲兵を向かわせるよう手配はしておりますが…… 念には念を入れるべきかと」
「そうだな。その辺は、お前に任せるぜ」
「ありがとうございます。では、隠滅される前に全員ブッ殺しますので、名義をお借りします」
「あいよ。有能なキャサリン次官、ついでに聞きてぇ事があるんだが」
「何でしょう?」
「誰の仕業だと思う?」
「は? ラインハート様ですってば」
「…………」
仕事は早いし躊躇しない優秀な女だが、私情を挟むのはよろしくない。
クリストフは、彼女がGSUに転居しようとすれば容赦はしないだろう。
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”彼” の治療も終わり、その日は一緒に過ごした。
膝に乗せ読書を楽しみ、女性幹部全員が食事の時間を共にした。
添い寝は、ロレーヌとシャーロットなのが気にくわないが、いいタイミングなので、私は魔王ミア様に相談を持ち掛けたのだ。
「出来るでしょうか?」
「私には不可能ね。悪魔に依頼すれば或いは……」
「悪魔…… ですか」
「そうよ。神を光とするならば、悪魔は闇。可能性は有るけれど、わざわざ呼び掛けに応じてくれる彼等は、 ”見合う” だけの対価を要求するわよ?」
「構いません…… それを使う時まで待ってもらえれば」
その日の夜、victory order本社の一室に、人知れず悪魔が降臨した。
その悪魔は、私の願いを快く受入れ、そして約束したのだ。
私から ”対価を回収” するのは、”それ” が彼に渡った瞬間となった。




