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#97 狂気7

「私もセーフポイントに入り指示を出す。

作戦名は、”ドラゴンクロー作戦” だ。

突入部隊は目標を素早く確実に確保し、最速で離脱せよ。

あの巨大なダークドラゴンが着地すれば、周囲の建物は跡形も無く消し飛ぶだろう? 突入部隊撤退後の ”後始末” は即応部隊に任せる。派手にやってくれ」


密偵から、”帝都が騒がしくなった” と報告が入った。

大規模な増派を行った魔王軍部隊が、帝国軍がこさえた防衛線の ”特に重要では無い” 区画に押し寄せているのだ。

この意味不明な魔王軍の動きに、帝国軍は勇者を含む主力部隊を向かわせる段取りに着手した。


«A2、A3配置につきました»

«A4配置につきました。即応部隊の配備完了を確認»

「攻撃態勢を維持し待機。エスカー分隊に合わせろ。エスカーのスキルが殺傷区域をカバー出来次第、作戦を開始する」

«了解»


配備されている魔道砲全てが、前線に向いている事を確認した。

帝国軍の索敵部隊は、その探知能力を全て魔王軍に割いているだろう。その隙に、我々victory order社の戦闘部隊は、ドラゴンの様に力強く獲物を掴み、そして雲の間へ消えていくのだ。


エスカー分隊(スケベーズ)、仕事の時間だ…… 突入を開始しろ」

«ウスッッッ!!»


ノンデンフェルトの屋敷を覆う様に構築されたエスカーのスキルが発動した。


それは ”音を奪う能力”


範囲外の者には当然聞こえているが、1歩でも ”エリア” に入り込めば、一切の音を奪われる。

私の号令に呼応し、突入部隊は作戦を開始した。

彼の身に付けている魔道具の反応から、彼等は大凡の位置を把握し最速で ”そこ” を目指すのだ。


守衛を瞬く間に始末し、 ”部外者お断り” の結界が張られた扉を、”結界壊し” を発動させたヴィットマンが軽くノックする。

当然、張られていた結界は粉砕され、重厚な扉の重厚な蝶番は耐えられず、固定を失った扉は宙を舞った。


扉の向こうには、ウトウトしているノンデンフェルトの兵隊が、不用心にも1名だけ配備されていた。

その兵士が最後に見たのは、無音空間の中で、音も無く変形し壁から引き剥がされ、音も無く自身に迫る重厚な扉だ。

警備に当たっていた兵士が、重厚な扉に頭を潰されて壁にメリ込んで絶命しているが、エスカーのスキルに囚われた屋敷の、その中に居るはずの仲間達は、誰一人としてそれに気が付かない。


「突入完了を確認。A2、エスカー分隊(スケベーズ)の援護に回れ。A3は1F、A4はその他のフロアを制圧せよ。使用人は拘束し睡眠魔法で無力化、武装している者は全員始末しろ」

«了解»

「ベル、2分後に即応部隊から3個分隊を屋敷に送り込め。拘束した使用人を屋敷の外に避難させる」

«了解»


ベルは、3個分隊を送り込み、屋敷の外に居る兵士達を残らず始末するよう指示すると、彼女自身も露払いをすべく、屋敷に隣接する薄暗い森に向かって歩き始めた。

何やら、エスカーのスキルが発動した直後に現れた ”大物” の気配に気付いたらしい。


「あらあら、”この子” が反応の正体だったのね。どうりで気配を隠しもしない訳だわ」


森に入って直ぐに対峙したのは、地龍だった。個体差は有るが、平均的な体長10m程。だが、現れた地龍は、その3倍はあろうかというサイズの個体だったそうだ。

元々、装甲のような鱗を纏う地龍だが、現れた個体の鱗は明らかに普通ではなかった。

金属の様に冷たい質感の分厚い鱗を、それはそれは攻撃的な突起で武装していたのだ。


「気性も荒いし、攻撃力も防御力も高そうね。

まるで、”品種改良” されたみたいだわ」


金属の捻じ曲がる様な…… エネルギーが集中し増幅する様な…… 耳を劈く謎の高音が周囲に響いた。

その音に危険を感じたのか、それとも驚いただけなのかは分からないが、地龍は遠心力を効かせ、超重量級の鋼の尻尾を振り回した。

私の居るセーフポイントまで聞こえる轟音は、明らかに緊急事態を報せているが、私に不安は無い。


「不思議でしょう?」


国を制圧した時も、暴漢を制圧した時も、ベルは物理で戦っているのだと言っていた。

だが、本当に物理なのだろうか?

時空を捻じ曲げ、周囲の空間を捻じ曲げる。

その術式を発動している時、彼女の周囲の空間は、歪みを修正しようと激しく動く。

その激しく動く時空の歪みに触れると、触れた者はベルの意志とは無関係に粉砕されるらしい。

にわかに信じ難いが、現に地龍の武器である鋼の尻尾は、無防備なベルに触れた瞬間、付け根まで見事に爆散してしまっていたのだから信じるしかない。

自慢の武器を失い、堪らず逃げ出そうとする地龍にベルは言った。


「しっぽを巻いて逃げ出すような獲物に興味は無いわ。でもね、人工的に作り変えられたのか、それとも単なる亜種なのか。

それは、ぜひ確認しておきたいの」


ベルは逃走する地龍の進路に回り込むと、容易く前脚を蹴り砕き、舞いのような優雅な動きで喉を蹴り上げた。

開放骨折し、のたうち回る地龍の頭を容赦無く叩き潰すと、心臓の内部にある魔石を引きずり出したのだ。


「ルミナ様、周囲の敵性勢力制圧完了を確認。警戒態勢を維持し待機します」

«了解、ご苦労さま»


……………………………………………………………………………


突入したエスカー分隊は、反応のあった地下室へ向かっていた。

ヴィットマンの前では、侵入を拒む鉄の扉も用を成さない。

遭遇する敵兵が術式を撃ち出す前に、見た物を斬り刻むテオ ”剣気” が牙を剥き、エスカーの刃は喉を掻っ斬り、心臓を貫く。


「エスカー、気をつけろ。何でか知らねぇが、敵の数がどんどん減ってる」

「そうね。もしかしたら、敵と味方の区別が出来ない厄介者を配備してるからかも?」

「!? ルミナ!? 何で司令官が出張って来んだよ!!」


私は、司令官として失格だろう。

副社長としても失格だろうし、社員としても失格だ。

私が殺傷区域の真っ只中に飛び込んだ理由…… それは、誰より早く ”彼” の無事を確認したかった。

そして、誰の口から述べられるよりも確かな状況を知りたがったから。

そして、確実にノンデンフェルトの息の根が止まる瞬間を、自分の目で確認したかった。

とどのつまり、私は誰一人として信用していなかった事になる。

なんと哀れで無能な司令官なのだろう。


それでも構わない。


「臭いわね。これが混ざりものの魔力の匂いなのかしら?

次の部屋で接敵するわ。5秒以内に始末して」

「「り、了解!!」」


扉の先には、焦点の定まらないならず者が10名控えていた。数名は女性だったが、放心している様子に変わりはない。

部屋に踏み込んだ私達を目視確認すると、みるみるならず者の肉体が変貌していく。その変化は、それが身体強化術式以外の ”何か” であると物語っているが、今、最も優先度が高いのは ”彼” を助け出す事で、ならず者の調査はランク外だ。

ならず者が行動を始めるよりも速く、先行していたテオのスキルとヴィットマンの剛腕は、ならず者達の命を奪う。


次の部屋への扉が2つ。

どちらかがノンデンフェルトの部屋に通じ、どちらかが ”彼” の囚われている部屋だろう。


直感としか言いようがないが、私は向かって右側にあった扉のノブに手を伸ばした。

突入部隊の彼等は、危険を感じたのか扉を開けようとする私を止めたが、私は無視して扉を開けたのだ。

そこには、薄暗い部屋の隅で震える ”彼” の姿があった。

私は大急ぎで駆け寄り、そして強く抱きしめた。


確かに生きていると伝えてくる体温、そして強く抱きしめ返してくる幼い腕。


とても怖かったのだろう……


「もう…… もう大丈夫だからね」

「うん…… ゲボッ!ゲホゲホッ」

「!!?」


少し前から気が付き始めていた。

私の心の中に静かに潜んでいた悪魔の存在感が、最近、少し活発になっている。


「テオ、護衛を付けてライをセーフポイントまで護送せよ!

そのまま帰還し、最高の治療を行え!

ヴィットマン、私とエスカーはノンデンフェルトと面会する。退路を確保し待機!!」

「「は、はいっ!!」」

「エスカー、行くぞ」

「ウスッッッ!!」


…………………………………………………………………………


もう一つの扉を開けると、ノンデンフェルトが転移魔法陣を発動させようと躍起になっていた。


「クソッ!! なぜ発動しないんだ!!」


なんと惨めな、なんと往生際の悪いクズなのだろう。


「ノンデンフェルト男爵、お久しぶりですわね。

先ずは、お礼を申し上げますわ。越境作戦は良い経験となりましたし、転移魔法を阻害し、出入り不可にする…… 我々の要求を満たしている ”はず” の魔道具のテストも出来ましたもの」

「クソ売女がっ!! まったくとんでもない事をしてくれたもんだっ!!」

「とんでもない事? それは、私の大切な人を取り返しに来た事かしら? 可哀想に、随分と手荒なマネをしてくれたみたいね」


徐々に、上がりきっていると思っていた血圧は上がり、比例するように悪魔の活動も更に活発になっていく。


「男爵は、男も女も関係無く、その臭いイチモツを咥えさせた挙句種付けするってのは有名だけど、飽きれば薬漬けにする趣味もおありなのね?」

「薬漬けだと? なんの事か分からないな。

それにな、男には興味は無いのだよ!」

「お前の上に跨って、淫らに腰を振ってくれるエドナだけど、可愛がっていた割に最近見ないわね? 飽きたから検体にしちゃったのかしら?」

「…………」


私を睨みつける様に見つめるだけで、ノンデンフェルトは何も言わない。

私がどこまで知っているのか気にしているようだが、やはりコイツは馬鹿だ。

コイツが全力で考えなくてはならない事は、一体どのように立ち回れば死なずに済むか。そちらだろうに。


「何も言わなくても結構よ。男爵の無言は、エドナの関与を証明してしまっている。そうではなくて?」

「まぁ待て。ルミナ嬢、憶測で勝手に話を進めるな。俺はエドナなんて女は知らないし、薬がどうのこうの言われても、さっぱり解らんのだよ。

私が ”上に乗せて楽しみたい” のは、君だけだ」

「あらそう? 冗談は顔だけで結構よ。

薬の件は、私の勘違いだったのかしらね。でもね、我々victory order社が作戦行動に出たのは、もう一つ別の問題があるからなのよね」

「……?」


私の背後で、ただ無言で立っていればいいと思っているエスカーに問い掛けた。


「エスカー? victory order社を作戦行動に踏み切らせ、2個小隊規模の兵士の身を危険に晒したのは誰?」

「…………」

「今、この茶番に付き合っているのは、”誰”

が ”何処” で ”何を” していたおかげなのかしら?

ねぇ、ご存知?」

「…………」

「エスカー、私を見なさい。

足元をいくら凝視しても、台本は転がっていないわよ?」

「…………」


ノンデンフェルトは困惑していた。

問答無用で消されるはずの自分ではなく、責められているのは victory order社の幹部エスカーだ。

青い顔で、滝のように冷や汗を流す様子は、誰がどう見ても演技なんかではないのだから。


「はぁ…… 今の貴方の情けない姿を見て、部下達はどう思うかしら?

こんなに怯えてしまって…… ”なんて可哀想なのかしら”」

「…… ?」

「もう一度聞くわ。作戦行動も茶番も、一体誰が原因なのかしら?

”誰が落とし前を付けるべきかしら?”」

「…… !?」

「私は思うのよね。

エスカー、貴方が性的なサービスを受けてスッキリしている時、”彼” を攫ったのは、そこに居る二本足で歩く豚野郎でしょう?

この ”豚野郎が” ”ストラス王国で” ”彼を連れ去らなければ” 何も無かった。

私達は作戦行動なんて展開しなくて済んだ。

貴方は、 ”勘違いされて” 詰められる事も無かった。

そうじゃなくて?」

「…… !?」

「私を見ろ、エスカー」


ノンデンフェルトは気が付いた。

私が、全ての責任を自分に押し付けようとしている事に。


「おいおい、ルミナ嬢。

内情は分からないが、エスカー君の責任まで私に擦り付けるのは間違っているぞ」

「エスカー、”彼” は確保した。

だが無傷ではなかった。

この部屋に辿り着くまでに、薬が保管されている部屋も目視確認している。

その薬のおかげで、本社の社員が負傷した。

その薬の件にエドナが関与しているという根拠も手に入れたし、そのエドナは ”とある人物” からの依頼で、現在進行形で捜索している」

「姉さん……」

「エスカー、私が何を言いたいのか分かる?

私は、お前とは良い関係でいたいのよ。この豚野郎の持っている情報なんて高が知れていて、所詮はどっかの組織の捨て駒なの。

その末端の雑魚を重要参考人として生かす価値はどこに有るというの?

コイツは、私を公衆の面前で辱めるだけでは飽き足らず、ライの心も身体も傷付けた。

この怒りは、一体 ”どこに” ぶつければいいの?」

「…………」

「もう一度言うわ。

私はお前と良い関係でいたいの。

でも、コイツが生きている限り、私はコイツの ”した事” も ”この日の事” も思い出す。そして思い出す度に、怒りの捌け口を探すでしょう。

でも私は、お前は ”何も” 悪くなかった。全ては完璧に片付いた。そう言いたいのよ?」

「だが、姉さん……」

「後ろめたい事があるのかも知れないけれど、それは気の所為なの。そうじゃなくて?

だから、その豚野郎に落とし前を付けさせる事に ”罪の意識を持つな” とも言いたいのよ」

「ル、ルミナ嬢!」

「姉さん、あんた……」

「エスカー、私を見ろ。

私は、豚野郎を重要参考人として生け捕りにするつもりはない。

もう一度言う。所定は完了しつつあり、ノンデンフェルトとエドナが薬の密造に関与しているという確証も得た。エドナは絶賛捜索中だ。

使い捨ての豚が死んでも支障は出ない。

しかも、私とお前の蟠りも消えてなくなる特典付きだ」

「けどよ…… こいつが知ってる情報から、もしかしたら」

「…… 愚図めッ!! 今更、カビの生えた良心を引っ張り出すなっ!!」

「……ッッッ!?」

「今すぐに、この目障りな豚野郎を始末せよ。

…… エスカー、今すぐに殺れ。私の今日の命令に背くことだけは、絶対に許さない」

「エスカー君、やめるんだ……

やめろぉぉぉぉ!!」


エスカーの刃は、ノンデンフェルトの心臓を一突きし、一撃の元に命を奪った。

その刹那の刻に、ノンデンフェルトは理解しただろう。帝国での宴会で震えていたのは、恐怖では無く武者震いであった事。

そして、聖女、女教皇に次ぐ ”巫女” という聖職者でありながら、完全なる悪魔の眷属に成り下がっている事を。


「エスカー、帰るわよ」

「ウス……」

「あの場の出来事は2人だけの秘密にしよっか。広まったら出処はすぐに分かるし、2人だけって部分が何かドキドキしない?」

「…… ウス ……」


”彼” の前では見せられない。


噂が広まる事も許されない。


私は、人払いはとても大事だという教訓を得たのだ。

私達が屋敷を出た直後、待機していた即応部隊は、一斉に攻城術式を発動させ、辺り一面更地に変えた。

大規模な爆発が起こった事で、近隣住民が軍に通報するだろう。そして軍が到着する頃には、我々は跡形もなく撤退を完了しているが、帝国は気が付くだろう。


そして、帝国は対応に追われるのだ。


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