#96 狂気6
幹部達が粗方会議室に到着した時、私は我慢出来ずに長机を叩いた。
反りを予防する為に鋼の板で補強された、厚さ15cmは有るだろう一枚板の長机は、意図も簡単に2つに折れた。
本来なら、自分以外に付与する最強クラスのバフを、私は自分自身に付与していたのだ。
「…… エスカー。報告せよ」
「ち、ちょっと目を離した隙に居なくなっちまったんだ! 探し回ったが見つからなくて、応援を呼びに戻って来た!」
「何処で何をしていた?」
「大人のマッサージ店で…… 休憩してました」
「ふ〜ん、そう……」
エスカーは、死相を浮かべながら滝のように冷や汗を流し、他の幹部達は無言で頭を抱えていた。
「添い寝添い寝添い寝添い寝添い寝添い寝添い寝添い寝添い寝添い寝添い寝添い寝添い寝……」
聞こえていたのは、放心状態のロレーヌが発する独り言だけだ。
「心配するな、ライだけじゃない。お前の縮みあがって行方不明になってる ”タマ” も、必ず探し出してエントランスに2つキッチリ並べてやる」
「ルミナ。エスカーのタマをもぐのは後でいいだろう。そんなもんが飾ってあっても誰も喜ばねぇよ。
それより優先しなきゃならねぇのは、ライの安全と身柄の確保だ。
多分、その辺のガキよりは遥かに頑丈だろうが、打撃力は年相応だろう。スラムのゴロツキに拉致られてなけりゃいいが……」
正座して死を待つエスカーに、テオが助け舟を出した。
テオの言う通り、これ以上エスカーを追求しても何の情報も得られない。
ならば、使えるものは全て使って捜索を始めるべきだ。
しかし、何処から手をつければ良いのか検討も付かない私の心に、テオの言葉が刺さる。
”スラムのゴロツキに……”
例の白い粉の話を聞いた後だ、余計に不安が押し寄せる。
押し寄せる不安と恐怖と後悔に、私は押し潰されそうなり、震えが止まらなくなった。
「ルミナ様、お父様の居場所を特定出来るかも知れません。GSUの君主達や幹部の皆様が身に付けている魔導具は、お父様も身に付けておりますし、しかも目立たないピアスタイプです」
「なるほど、その反応を逆探知出来れば…… やってみるわ!」
ミア様は製造番号を記録した紙を確認すると、魔法陣を展開した。
20分程経った頃だろうか、地図の ”とある場所” を指し示し言ったのだ。
「ライはここに居るわ」
その場所は、ゲヴァルテ帝国…… ノンデンフェルトの領地だった。
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「坊や、おじさん達の気が短いのは確かだし、仕事だからやってるが…… 本当は手荒なマネはしたくないんだ。
そろそろ、名前ぐらい教えてくれてもいいだろ?」
「僕は何も思い出せないんだ…… 名前だって分から…… ガハッ!! ゲボゲボッ!! 」
「分かっただろ? おじさんは短気だが…… 短気な連中の中じゃ気が長い方だ。
おじさんは気が長い方だが、ここに居る連中の何人かは、”さっさと” 死ぬ寸前まで痛めつけて施設に送りゃあいい。そう思ってる。
坊やはV.Oの社長の息子か? それとも、親戚か何かか? 黙ってりゃ、もう1発蹴りがとんでくるぜ?」
「ハァ…… ハァ…… 何の事か分からないよ!」
「まぁいい、おじさん達は優秀な被験者を集めてる最中でな。坊やは魔眼だし、野郎と同じサラブレッドだって可能性がある。
おじさんは、坊やが血統書付きだと思ってるが、ボスには正確な報告をしなきゃならねぇ。だから、その辺を確認したいだけなんだ」
「ボス、このガキが野郎の身内だったとしたら、急がないと不味い事になるんじゃねぇですか?」
「心配すんな。ここはストラス王国からは遠いし、移動は転移魔法だから出入国記録も何も無い。
本部と接触するのは3日後だが、V.Oが血眼になって捜索しても3日じゃ辿り着かねぇよ」
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もう、夜も更ける……
私は、救出部隊の編成を急いだ。
怖かったのだ。手遅れになってしまうのが怖かったのだ。
今回の作戦は要人救出作戦だが、GSUなら兎も角、victory order社は許可されないだろう。
それに、GSUとして申請したとしたら帝国軍との共同作戦になってしまうので、後々の事を考えれば単独が望ましい。
「魔王さん? ちょっとお話が」
<ん? お前は誰だ?>
「副社長のルミナと申します。ラインハートが厄介事に巻き込まれてしまいまして…… お力添えを賜りたく」
場所が帝国領だった事もあり、私は魔王に接触した。
やんわりと嘘を交えて事情を説明すると、魔王は快諾したのだ。
意味不明な事を言ってはいたが、こんなにもすんなり話が通ったのは、正直僥倖だった。
<逢瀬を重ねる口実が欲しかったところだ。
”陽動” だけで良いのだな?>
「ええ、”今すぐに” お願いしますわ」
私は魔王軍を巻き込むと、すぐに社内の調整に入った。
「ルナは転移魔法陣の準備を」
「は、はい!」
「エスカー、お前が今後も娼館に通いたければ、やる事は1つだけだ。作戦用兵として現地に向かいライを救出しろ」
「ウスッッッ!!!」
「テオ、シド、ヴィットマン。お前達3人はエスカーのサポートに回れ。
連帯責任だ」
「「えぇーーー!?」」
そりゃないぜと言いたげな男性幹部達をひと睨みし黙らすと、問答無用で突入部隊に組み込む。
「ルミナ様、本社に居ればシャーロット様の安全は確保されます」
「ベル、すまないわね。即応部隊の指揮をお願いするわ」
「了解しましたっ!!」
シャーロット専属の護衛任務に就くベルが志願した。彼女が護衛任務を離れるなど、本来ならご法度なのだが、今回は事が事なだけに使えるものは全て使わせてもらう。
「アントニオ、テスト中の特殊部隊から3班を編成せよ。エスカー分隊に随伴させる」
「はっ!!」
テスト中の特殊部隊とは、どこの支社にも属さず、社長のみが指揮する事の出来る精鋭部隊だ。
victory order社と契約している宿泊施設に寝泊まりし、基本的には私服での行動を許可された彼等は、最もハードな選抜プログラムをクリアした僅か20数名のエリートだ。
現在、トリア王国とシェフシャ王国の山岳地帯に潜伏し、連隊規模の自社部隊を相手に実戦的な訓練を実施している。
彼等は12名前後の分隊で行動し、訓練された1000名程を制圧しようとしているのだ。
アントニオは即座に各支社に連絡し、テストを中断させた。そして僅か20数名の兵士から3班を編成し、本社へ呼び寄せたのだ。
「副社長殿! 今回の作戦をより効果的なものとする為、選抜した兵士は殲滅力を最優先しており、ヒール力は完全に無視した編成となっております!!」
「いいぞ、アントニオ。
この作戦は、奇襲攻撃であり速度と高い攻撃力が重要となる。
生存性を考慮しない編成で正解だ。
くたばるのはノンデンフェルトと、その兵隊だけだからな」




