#95 狂気5
「で? お前さんが、エドナと関わりたくねぇとか抜かしてやがった理由は?」
「1年近く前から、あのアマは俺達の縄張りを彷徨くようになった。最初は食いもんやら酒やらを持ち込んで、俺達を懐柔しようとしやがった。
だが警戒心と残渣みてぇな僅かなプライドを捨て切れねぇ俺達は、エドナの施しを拒み続けた。
敵対してるクソ野郎共は仲良くしてたみてぇだが、俺達は拒み続けたんだ。
だが、エドナは諦めなかった。やがて、あのアマが持って来る物が日用品から金に変わり…… 何時からか、職場の斡旋に変わってた。
その頃から、あの辺の住人が姿を消すようになったんだ」
「…… 戻って来たヤツは?」
「 ”俺達の仲間” には居ねぇよ。
戻って来たのは、さっきの騒動で派手に暴れてやがったヤツだ」
「結界を壊しやがった野郎か。
その職場ってやつについて聞かせてくれ」
「どんな仕事なのかは知らねぇが、GSUか帝国か勤め先は選べたらしい。
消えたヤツらが就職したかどうかは分からねぇよ。
悪ぃが、俺が知ってんのはこれだけだ。最近、ようやくエドナの姿を見なくなったんだ。もう蒸し返さねぇでくれ。俺達は、あんな不気味なクソアマに関わっちゃいねぇし関わりたくもねぇんだよ!」
住人の証言から、捜索中のエドナという女性が、一連の騒動について何かしら知っているのは確認出来た。
そして、捜索すべき範囲を帝国まで拡げなくてはならないという事もだ。
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「副社長〜? 明後日まで行われる会合に参加して欲しいって王様達が言ってるわ」
「断…… れないわね」
「そうね。GSUだけじゃなく、victory order社にも直接伝えておきたい内容が含まれるみたいだし、特別代表として参加しといた方がいいと思うわ。
私も護衛兼補佐官として参加してあげる〜」
何故かエヴドニアも同席する事になり、明日の会合に参加する事となった。
以前行われた非公式会談で、GSUに厄介事を持ち込まないよう釘を刺したおかげか、現在までに帝国からの嫌がらせは起こっておらず、議題に上がっているのは至って普通で、主に商業に関するものらしい。
「明日は、私が仕込んだ部隊の演習をミア様に見てもらう予定よ?」
「そうなの? ベルは忙しいかしら?」
「ベルが来るのは明後日よ? 明後日休みを取る為に、明日は張り切って仕事するんじゃないかしら?」
「…… そうよね」
非常に不味い状況になった。
明日、チビッ子になった ”彼” の相手をする女性幹部が居ないのだ。
女性幹部だけじゃなく、男性幹部も手が開かない。
唯一フリーで、今回のミッションを知る人物はエスカーのみだった。
1人で留守番させるわけにもいかず、私は至極不本意だったが、エスカーに声を掛けてみた訳だ。
「いいぜ。 朝から夕方までだろ?」
非常に不安だ。
この男は、やる時はやるらしいが、やらない時は全く何もしない男でもある。
何より、だらしが無く清潔感も無い。
が、止むを得ない状況なのも間違いないのだ。
「頼むわよ? 不測の事態が発生すれば、タマがエントランスのシャンデリアにぶら下がる事になると思っといて」
「し、心配すんなって。まだまだ鮮度抜群のキンタマだ、率先して粗末にする気はねぇよ」
これだけ脅せば、万が一も無いだろう。
私の不安が尽きる事は無いが、明日は任せるしかないのだ。
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翌朝、私は会場であるシェフシャ王国の迎賓館に向かった。
当然、今朝もエスカーに圧を掛けておいたが、やはり心配だ。
私にとっては時間の無駄以外の何者でもない会合を、如何にして最短で終わらせるか。これが、本日、私に課せられた任務となる。
迎賓館のエントランスには、シェフシャ王国の神聖騎士団が配備され、建物の半径500m以内にはvictory orderシェフシャ支社の社員達が展開し警戒を行っていた。
魔導師達の防城結界で、上空からの脅威に対しても万全の体制を整えている。
「よぉ。この間はすまなかったな。
あの下品な貴族2人には、しっかり説教かましといたからよ」
早速、クリストフの挨拶だ。
彼の話では、その2人は未だに部屋に籠ったままらしいが、それをお構い無しに怒鳴り散らしたそうだ。
「野郎との約束は守るぜ? 魔王軍の件が片付いてりゃ構わねぇが、今はその状況にはなってねぇ。待てが出来ねぇバカは、俺の権限で処刑する」
やる気満々らしいが、魔王軍が居るおかげでGSUは平和なのだろう。
少し複雑な心境だが、増強する時間があるのは良い事だ。きっと、彼も時間を欲したのだろう。
「で、野郎は何処で何をやってんだ?
まさか欠席するとは思ってなかったからよ。部下が残念がってる」
「社長は、別件で手が離せないのです。
私では不満ですか?」
「いいや、あんたで充分だ。
あんたみたいな美人が居てくれなきゃ、むさ苦しくてやってらんねぇぜ。
立ち話もなんだ、続きは会場で聞いてくれ」
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「坊主、ここがストラス王国の中心部だ。
何か見たいもんはねぇか?」
「ないよ」
「…… 構い甲斐のねぇガキだ。
まぁいい。見てみろ、向こうの区画は派手な看板が多いだろ?」
「うん、何のお店なの?」
「詳しい事は言えねぇが、あの辺は15歳未満は立ち入り禁止なんだ。
で、俺は2時間ばかし、あの辺の店に用事がある」
「…… 僕は入れないんだよね? …… どうしよう」
「そうだな。坊主には少し早いな。
って事で、2時間後に広場で集合にしねぇか?
それまで、適当に買いたいもの買って、食いたいもの食っとけ。小遣いはやるからよ。
あ、それと時計もだ」
「うん! じゃあ2時間後に広場で待ってるね!」
「おう、じゃあな! 迷子になるんじゃねぇぞ?」
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「わたしくし、ゲヴァルテ帝国国家安全保障局次官のキャサリンと申します。
本日は、ラインハート様とお会い出来るのを非常に楽しみにしておりましたが、まさかの欠席という事態に、とても残念で…… 正直なところ、ショックの余り進行に支障を来しております」
「おい! キャサリン頑張れ!! 魔導具越しにはなるが…… 今度ヤツと直接話をさせてやるからよ」
「えー、では気を取り直して進めて参ります。
皆様、先ずはご覧頂きたい物がございます」
キャサリンとかいう、やる気が微塵も感じられない女性が取り出したのは、小さな瓶に入った白い粉だった。
「この粉について説明する前に、お耳に入れておきたい情報がございますので、何卒ご清聴ください。
ここ数ヶ月間の間に、ゲヴァルテ帝国内で数件の殺人事件が発生しました。
被害者に巡回中の騎士が含まれているとの報告が上がり、調査に軍が派遣されたのです。帝都から遥か遠い地方都市の貧民街の調査を行った所、この粉を押収しました。
その際、兵士2名が殺害され、部隊は半壊しております。
犯人は貧民街の住人で、移送中に心臓発作で死亡しており、この粉は家宅捜索を行った兵士が発見したものです」
「兵士を襲った住人が、その粉を摂取していたと?」
「その通りです。この粉の成分を分析した結果、依存性は無いものの、一般的な身体強化術式を超える身体能力の増強を提供し、非常に攻撃的な人格に変貌させるであろう成分が含まれております。
特出すべき点は、過度なストレスや身体的ダメージをトリガーに、服用した者の命を奪うというものです」
キャサリンの出してきた白い粉に、もちろん君主達は不快感を露にした。
「おいおい、テメェらは何の実験してんだ?
間違ってもGSUに持ち込むんじゃねぇぞ?」
「神に誓って、ゲヴァルテ帝国は製造に関与しておりません。
分析を担当した研究者の見解として、この薬物は巧妙に設計されており、使用者が死亡すれば、即座に成分そのものが消滅している点を踏まえると、ある種の魔導具と言っても過言ではない代物であると。
最も重要なのは、摂取した者が街中で暴れ回る状況を期待しているというよりは…… データ収集を目的としている可能性を匂わせているところだと…… そう申しております」
話が途切れたタイミングで、クリストフが発言した。
「この粉を押収したのは、GSUとの国境に近い田舎町だ。俺は、お前らも、さっきの話に ”心当たりがある” と思ってる」
「GSUで粉作ってるって言いてぇのか?」
「いや、おたくらが作ってるなんて一言も言っちゃいねぇよ。
この大陸の ”何処か” で ”誰かが” 作ってるのは間違いねぇって話しさ。
もし目的がデータ収集で、粉の性能を引き上げる段階だったとしてだ。そうだとしたら、近い将来、信じられねぇ事態になる。そう思わねぇか?
この件だけは、握りたくもねぇ手を取り合って、速やかに元を断つべきだ。
意固地になって放置すりゃ、魔の森の魔物よりも遥かに厄介な浮浪者が、街の至る所で突如暴れ回り、手当り次第殺してまわる。なんて未来が来るかもしれねぇ」
「クリストフ、テメェが慌てふためくのも納得だぜ。魔王軍の仕業だったら、前線どころか街中にも地雷撒かれたも同然だ。ケツの穴が気になって夜も眠れねぇだろうな」
「魔王軍が撒いた厄の種だとしたら、GSUには被害は無いだろう。俺達の三角関係は、そういう盟約で成り立ってるからな。そうだろ?
V.Oの副社長殿? テメェのところはどうなんだ?」
「関連性の高い報告が上がって来れば、共有すると約束しましょう。
珍しく、あなた方と意見が一致していますので」
「…… そうかい。この件に関しては、互いに可能な限り融通を利かすって事でいいな?
俺とラインハートは個別回線で繋がってる。
急ぎの用事がありゃ、ヤツの持ってる回線から直で俺に繋げ」
会場を出て転移魔法の段取りをしていると、例のキャサリンという女性が駆け寄ってきた。
肩にかからない程度の長さに揃えた落ち着いた茶髪に軍服、スカートから覗く長い脚は、白く靱やかだ。
会場では縁の太い眼鏡を掛けていたので分からなかったが、そのダサい眼鏡を外した彼女は、何処か色っぽさを感じさせる女だった。
「呼び止めてしまい申し訳ありません!
どうしても、ラインハート様に伝えて頂きたい事がありまして」
「どんな要件かしら?」
「わたしくし、来年には軍を辞め、GSUに移住しようと考えております」
「貴女が移住する事の、どこに社長が関係するのかしら?
それに、貴女は自分のポジションを分かっているの? 消されるわよ?」
「分かっております! ラインハート様にお伝えください!
私キャサリンは、貴方の大、大、大ファンです!! と
消されても構いません! 移住するので直属の部下にして欲しいと!」
「…… 伝えておくわ。消されないように気をつけて」
少々色っぽかろうが、人並み以上に有能だろうが、私の勝利は動かない。
何故、そう確信できるのか。
彼女が軍を辞めた翌日に、用水路に浮かぶ未来が確定しているから?
いいえ。
何故なら、彼女は僅かな膨らみも存在しない極めて残念な ”無乳女” だったからだ。
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その頃、エスカーは街を走り回っていた。
「やべぇ…… ガキが居ねぇ……!!」
2時間後に広場で。
そう約束したが、エスカーは遅刻した。
約束通り、広場で待っていると思っていたし、多少遅れても、馬鹿正直に待ち続けているはず。
エスカーは、そう思っていたのだ。
行きつけの店で30分延長し、のうのうと広場に向かったエスカーの心に、恐怖は瞬く間に増殖した。
徹底的に広場を探し、手当たり次第に ”魔眼のガキ” を見なかったかと聞いて回ったそうだ。
だが、見つからない。
エスカーは城下町を駆けずり回った挙句、捜索部隊を編成すべく本社に戻った。
「エスカー、ライは?」
正門をくぐった時、彼の身体から死臭が漂ったという。




