#94 狂気4
「探偵が入れねぇ肥溜めにも探りを入れとけ。
情報料程度の小遣いならくれてやっても構わねぇが、舐め腐った態度とったら2、3発食らわして真人間に更正して差し上げろ」
「「了解しましたっ!!」」
エスカーは捜索チームを編成し、即日送り出した。
私情が入っているのかも知れないが、今日の迅速な対応に、私は少しだけエスカーを見直した。
彼は幹部という立場だが、普段やっているのは自己鍛錬と娼館通いぐらいで、他に特別な業務は行っていないので美化されている可能性が高いが。
「薄汚ねぇ狭いスラムだ、武闘派の兵士を送り込んだぜ。奴隷商には取引記録を半日以内に各支社に提出するよう通達したし、明日にはストラス各地のスラムの調査が終わるだろうよ」
「上々ね。明日以降の予定を聞いてもいいかしら?」
「ストラスの調査でケリが付けば良いが、そうならなかったらトリアとシェフシャのスラムを洗うぜ」
「そうね。帝国にまで捜索範囲を広げなくて済めば、それに越したことはないわ」
何時になく真面目なエスカーは言うのだ。
「依頼主家族とは顔見知りだし、アントニオの言う通り、ヤツは気のいい野郎だ。
軍籍が剥奪されて浮浪者になったが、それと野郎は関係ねぇ。それに、ライがチビッ子になっちまって姉さんも大変だろ? 俺は誰かが困っるのを見て見ぬふりをするほど腐ってねぇし、やる時はやるってだけだ」
「そう…… ありがとね。とても助かるわ」
「しっかり働くからよ、その…… ほら、没収した ”アレ” そろそろ返してくれねぇか? 引き続きしっかり働くからよ」
「アレ?」
「未開封のアレだよ…… 姉さんとルナが2人で俺の部屋をガサ入れしやがった時に回収した、セクシー映像の詰まった夢の魔道具だ」
「…………」
食えない男だ。
少しでも、頼りになると思ってしまった私がバカだった。結局の所、コイツはセクシー映像を返してもらう為に動いていたようだ。
だが、翌日の報告は更に不快なものだった。
「調査に行った兵士が1人負傷した。相手はスラムの住人で、スキルも底辺のカスなジジイだ」
「その住人相手に、本社のC+が?」
victory order社のランクは、ギルドランクよりも査定が厳しい。
恐らく、ギルドの査定ではB+に相当する戦力の兵士が、スラムの年寄りに ”骨折に相当する” 怪我を負わされたのだ。
「…… 状況を」
「送り込んだ兵士は、全員が接近戦闘向き。
B-1名にC+が2名のスリーマンセルで、話を聞いてた。突然ジジイが震えだしたかと思ったら、豹変したらしい。その時、不意の一撃をもらっちまったそうだ。
報告を受けた時、スラムのバカタレ共に囲まれたのかと思ったが、そうじゃねぇ。
1対3だ。そもそも送り込んだ兵士は、スラムの野郎共が2、300人集まっても離脱するぐれぇ訳ねぇ練度だ。
そのジジイの身柄は拘束したが、本社に連れて帰る途中にくたばりやがったらしい」
「死因は?」
「急性の心臓発作だとよ。俺も確認したが、ジジイに外傷は無かった。報告通り、ジジイの死因は心臓発作で、送り込んだ社員がキレてぶち殺したんじゃねぇってのは確かだ」
「…… 得られた情報は?」
「ねぇよ。今日からシェフシャとトリアのスラムを当たってるが……
トリアの方は嫌な予感がするぜ。何せ、サファヴィータウンが有るからな」
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「何だぁ? また V.O名物 の弱いもんイジメか〜!?」
「違ぇよ。しょっぴきに来たわけでもねぇ。
俺達は人探しをしてる最中でな。髪は金髪、瞳の色はブラウンで20歳ぐらいの女を探してる。帝国訛りだ」
「そいつは、もしかして ”エドナ” って名前の女じゃねぇか? だったら帰ってくれ。俺達は、あのアマの事に関わっちゃいねぇし、関わりたくもねぇ」
「知ってんのか?
俺達が聞きてぇ事を全部ゲロってくれりゃ、すぐに引き揚げてやるからよ」
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「サファヴィータウンのゴロツキが13人くたばって、兵士2人が負傷した。
今回は、場所が場所なだけに1個分隊を送り込んで正解だったぜ」
シェフシャの方は、トラブルも報告する内容も無かったが、トリア王国のサファヴィータウンは ”そこそこハード” だったようだ。
報告書では、サファヴィータウンには2つのゴロツキ集団が勢力争いをしていて、本社の社員は聞き込みをしている最中に抗争に巻き込まれた。
「抗争始まった直後、社員達は散開し、物理防御結界を展開して応戦。相手は武装した各100名規模のゴロツキ集団で、別に制圧する必要も無かったけれど、情報を持っているであろう人物がリンチされて死亡する可能性があった為…… 止むを得ず応戦したと…… 負傷した社員の容態は?」
「ゴロツキ集団の中に、社員の物理防御結界を破壊した奴が居る。負傷した兵士は二の腕をざっくりやられたが、治療済みだ。結界を壊した奴は分隊長がシメて拘束したらしいが、トリア支社に連行する途中にくたばりやがった」
「…… 死因は?」
「急性の心臓発作だ。
くたばった野郎の愉快な仲間達は黙りキメこんでるから埒があかねぇ。だが、重要参考人は無事にトリア支社で取り調べてる」
「お手柄ね。続報を楽しみにしているわ。
負傷した社員は、しっかり休養させてあげてね」
不可解だった。
スラムのゴロツキ程度が、訓練された兵士の防御結界を突破するとか、そんな破壊力を発揮するだろうか?
ヴィットマンのように、結界を無力化する特殊なスキルを持っていれば別だが、そのような者は無頼には堕ちないだろう。
「ルミナお姉さん」
執務室に彼が来た。
何だかんだ忙しく、彼と触れ合う時間がない。
ミア様がプライベートな時間を欲しがった意味が漸く分かった気がした。
忙しそうにしている私を気遣って、不安を含んだ伺う様な表情で、扉の隙間から、こちらを見ている。
「私に会いに来てくれたの?」
「うん。ルミナお姉さん忙しそうだから心配で…… 無理しないでね」
幼いが、大人になっても変わらない優しさが既にあった。
席を立ち、膝を付いて ”彼” を抱き寄せる。
抱き寄せられた ”彼” は、嫌がる事もなく身を任せ、そして私を抱きしめ返した。
その温もりは、不慣れな業務をこなす私に染み渡るのだ。
癒しという存在が、ゴリゴリ削られる精神を、文字通り ”癒して” くれる。
「心配してくれてありがとう。
君が抱きしめてくれるなら、お姉さんは元気になれる」
「じゃあ、毎日抱きしめてあげる。
ルミナお姉さんのお仕事は難しくて手伝えないけど…… だから、毎日抱きしめてあげる」
私の目を真っ直ぐ見詰めながら、 ”彼” は言うのだ。
忘れかけていた曇りの無い純粋な瞳に、私の中の悪魔は目覚めた。
その悪魔は、私の意識を支配し、身体の主導権を奪取したのだ。
「ル、ルミナお姉さん?」
”彼” の柔らかな両頬に手を添え、自身の唇を ”彼” の唇へと近付ける。
美しさと可愛らしさを併せ持つ ”彼” の、その困惑した表情は、私の中の悪魔を更に付け上がらせた。
「副社長? それはダメよ〜?
ルールは遵守すること。貴女だけじゃないわ。
みんな我慢してるのよ〜?」
不覚にも気が付かなかったが、執務室に来たのは ”彼” だけじゃなかった。
一緒に来ていたエヴドニアの声で、私は我に返り、そして断罪の時を免れたのだ。
「…… ルミナお姉さん」
「ごめんね。今のは忘れ…… あっ……」
エヴドニアが部屋を出た一瞬の間に、 ”彼” は私の頬に口付けした。
「僕が大人になって、大人になった僕と結婚してくれたら…… その…… ちゃんと唇にします!」
頬を真っ赤に染めた ”彼” は、それだけ言うと部屋を出た。
多分、私も顔を真っ赤にしてただろうし、 ”彼” の柔らかな唇の感触が残る頬を押さえながら、気色悪い顔をしていたに違いない。
何故そう思うかって?
お茶を持って部屋に来たルナが、床に座り込む私を見て腰を抜かしたのだ。キモかったに決まっている。




