#90 隠された事実
「使用されたのは、強力な精神干渉系のスキルとみられます。翌日に除隊した者を含め、最終的に42名が除隊となりました。来場者への被害は現在確認中ですが、恐らく粗方寝込んでるかと」
「…… ほうかい。
範囲と強度はどの程度だ? 殺ろうと思えば殺れそうか? 」
「現時点ではなんとも言えませんが…… かなり融通は効くようです。会場内の警備を担当していた者で、タイミング良く表に出ていた者も被害を受けております。一転、会場外の警備をしていた者で、影響を受けた者はおりませんでした」
「取り巻きのサイコ野郎共だけじゃなく、アイツ自身が特大の危険物だってのがよ〜く分かったぜ。
まぁいい。
そういや、半年ぐれぇ前にV.Oの採用試験に潜り込ませた奴いたな? あ〜確か、ハントって奴だったか?」
「長官…… ハンスであります。ハンスは最終選考まで残りましたが、模擬戦で敗退し不採用となっております。
しかし、ハンスに敗れた者が採用されていたとの事ですので、勘づかれた可能性が濃厚かと」
「ベルナルド、その辺の話は密偵から報告が上がってる。もう少し詳しい話は本人に聞こうぜ」
クリストフは、長官室にハンスを呼び付けた。
「し、失礼します」
ハンスを監視していた密偵は、転移魔法を使い、即座に彼を部屋に連れて来たのだ。
彼は諜報部所属の新人で、滅多な事では軍の施設に近付かず、普段は冒険者に扮して司令を待っている駒だった。
「採用試験の話を聞きてぇ」
ハンスは、試験内容と応募者の戦力について話した。その話の中で、クリストフが興味を持ったのは、決勝戦でハンスに勝利した獣人の素性だった。
「クリストフ長官! 次は上手くやります!
だから、軍籍の剥奪だけは勘弁してください!!
ギルドの依頼も受けられなくされたら家族を食わせ…… ぐふぉッ!」
「あ? 次があるわけねぇだろ。俺の部隊に役立たずは要らねぇ、その他の役立たず共と芋でも掘ってろ」
クリストフは、ハンスの顔面を蹴り飛ばし言ったのだ。
「聞いたかよ? 帝国軍の入隊テストが遠足に思えるような合格基準の体力測定に、決勝であのガキを始末したのは、試験の2ヶ月前か3ヶ月前かは知らねぇが、そのぐらいに仮採用になった素人の獣人らしいじゃねぇか」
「帝国軍も訓練の強度を上げ、増強に励んでおります」
「おいおい、ベルナルド。
勘弁してくれよ。そりゃ何年後にモノになるんだ?
いいか? 俺が ”今” 聞きてぇのは育成状況の退屈な報告じゃねぇ。V.Oを抑え込む効果的な対策だ。
お前も鼻をへし折られてぇのか? ベルナルド」
「…… も、申し訳ありません」
「ノンデンフェルトがV.Oに送り込んだ私兵は、ギルドランクでA-1人と残りはB+だ。その話は聞いてるよな!?」
「…… はい、12名を投入し、その12名全員が1人の守衛に再起不能の重症を負わされております」
「その守衛が、トーナメント形式の模擬戦を勝ち上がり、あのガキを始末した素人の獣人だってのも知ってるよな!?」
「は、はい…… 存じております」
「いいか? 密偵の上げてくる報告とクリソツな報告をすんのは ”別にお前じゃなくてもいい” んだ。
分かるな? お前は、俺に助言できる立場の人間だ」
「…… はい、承知しております」
「勇者は、張り切って魔王軍を殺りに最前線に行ってくれるが、V.OだのGSUだのの話になりゃ、すぐに萎えちまう。住民票をGSUに移してぇとかぬかす始末だ」
「…………」
「魔道砲も、侵攻して来る魔王軍部隊が着弾地点を目視できる所に撃ち込めば、1週間ぐれぇは警戒して動きを止めるぐらいの効果はあるな?」
「えぇ…… 魔王軍といえど、直撃すれば相当の損耗を覚悟しなくてはならない破壊力です。
現在、破壊力を維持したまま小型化した自走式の魔道砲を開発中ですので、対V.Oを切り札になると思います」
「ベルナルド、機動力を上げんのはいいけどよ、そいつは何時完成するんだ?
それだけじゃねぇ、完成したところで何にも問題は片付いてねぇぞ。
魔王軍の連隊規模なら狙いやすいし効果が見込めるだろうが、俺がしてるのはV.Oの話だ」
「自走式の魔道砲で奇襲をかければ、さすがにV.Oでも……」
「サファヴィー公国を潰したメイドは、不意打ちの魔道砲を食らって無傷だったな? メイドは連隊規模なのか? えぇ?」
「単独です…… しかし……」
「ベルナルド、これは大事な質問だ。
大陸から魔王軍を叩き出した後はGSUだが、V.Oが邪魔で捗らねぇだろう。
今の所、V.Oを黙らせる策はねぇ。
”一体何をぶつけりゃV.Oを止められる?”」
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「おい! テメェは俺のイチモツが何でできてると思ってやがる!!
タフな金属製だと思ってんのか!? それとも元々付いてねぇから大丈夫だとでも思ってんのか!!?
100歩譲ってその辺はどうでもいいとしてだ!!
何で俺まで拷問部屋にブチ込まれてんだよ!! あ!!?
テメェは俺のイチモツの締りがいいと思ってんのかも知れねぇがな!! そいつは大きな間違いだぜ!!?
残念だが、帝国の貴族共と仲良く小便漏らしちまったんだからな!! あの件に関しちゃ納得いく説明をしてもらうぜっ!!!」
「彼等は汚物まみれになっていましたよ?
貴方は小便だけで済みましたし、大したものですよ」
「はぁっ!!?」
数日間寝込んだザーヒルは復活した。
巻き込んでしまったのは申し訳ないが、彼が巻き込まれた事で確認が取れた事がある。
そういう事にしておこうと思う。
「本当に申し訳ない。1つ検証したい事があって巻き込まれてもらったのです」
「あ!? アレを事後報告されちゃたまんねぇよ!!
検証したい事ってやつのために巻き込んだのはいいとしてだ!
俺のケツを引っ叩く必要はねぇよな!?
テメェは、自分が人でなしのクズ野郎だってのを、もう少し自覚した方がいいぜ?」
表向き謝罪はしたし、黙らせるために脅すつもりもない。
この後、ザーヒルが喚き続けたとしも、何も言わずに流すだろう。
何故なら、全て嘘だがらだ。
精神注入的なノリで巻き込んだし、確認したい事は確かにあったが、ザーヒルを巻き込まなくても確認できる。
私が確認したかったのは、殲滅領域の中にクリストフを取り込めるかどうかだ。
このスキルは、明らかな格下であれば戦わずに始末できるスキルで、暴動の鎮圧や並の兵士が大量に投入された場合の対処ではかなり便利だが…… 相手が雑魚でなかった場合 ”不発” する。
結局、彼を取り込むことは出来ず、親のコネで成り上がった ”直接手を下さなくても殺せる” ボンクラではなかった。
「クラスは知らねぇが、ヤツは生粋のサラブレッドで、英雄って云われてもおかしくねぇ実力らしいぜ?」
ザーヒルの話では、クリストフは ”相当強いはず” らしい。
クリストフ・バンツァー。
名門バンツァー家の末裔で、数百年前に当主を失い衰退の一途を辿った貴族だ。
その数百年前出来事とは、魔王ミアが旧帝国の首都を地上から蒸発させた事件で、その当主とやらは単に巻き込まれて死んだらしい。
帝国としては痛手だった。
何故なら、勇者は3日程で送り込まれて来るが、バンツァー家は代々 ”特殊なスキル” を発現させる家系で、その強力なスキル故に ”皇帝の城壁” として抑止力の1つを担っていたのだ。
その末裔がクリストフだ。
当主は宮殿勤めだったが、治めているのは辺境の領地で血筋は途絶えていなかった。
途絶えてはいなかったものの、残念な事に ”そのスキル” の発現は100%ではなかったのだ。
当時の大公は帝国の再建に着手すると、移転した首都に近い小さな土地をバンツァー家に治めさせ、貴重なスキルが途絶えないよう、力を持ち過ぎないよう策を講じた。
100%でないのなら、100%にすればいい。
あわよくば、より強力なスキルに変えればいい。
政略結婚は勿論、優秀なスキルを持っていれば平民だろうがお構い無しに充てがったのだ。
恐らく、帝国が人間に行った ”初めての品種改良” だ。
望ましいスキルに変化するまで、繁殖用の家畜のように管理され、交配を強制させたらしい。
徐々にスキルの発現率は回復し、やがて変化が始まった。
変化し、ベースのスキルを越えた能力者には ”クリストフ” の名が与えられるようになる。
「親父から聞いた話だ。
魔王軍を押し返して、村を奪還した数日後に行われた宴の席にクリストフも呼ばれてた。
魔王じゃねぇが、村を占領してた魔王軍部隊の司令官を勇者が始末したんだ。
その露払いをしたのがクリストフだったからだ。
その席で、大公はクリストフを責任あるポジションに就けたいと言ったそうだ。
そしたらよ、クリストフは言いやがったそうだ。
”俺が座りてぇ椅子には、役立たずの老いぼれが偉そうに座ってやがる。だが、近々くたばるだろうし、すぐにその椅子は俺に回って来るだろうぜ”
ってな」
「それで?」
「その場に居合わせた当時の軍部長官は、突然、魂が抜けた人形みたいに放心したと思ったら、糸の切れた人形みてぇに真下に崩れ落ちてくたばった。
死因は不明。とにかく、数日後にはめでたくクリストフは長官に就任だ」
「…… !?」
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「野郎のスキルは、 多分 ”俺と同じ” 事が出来るだろう。性能が似通ってんなら、お互い壊滅的に損耗する。
そうなりゃ、生き残るのはバケモンだけで、その数が物を言う」
珍しくクリストフは1人で考え事をしていたようだ。彼は会場の様子から、私のスキルを考察していて、すでに確信しつつあった。
「俺の ”殲滅領域” はバケモンには通用しねぇし、情報が少な過ぎて何とも言えねぇが、噂通りV.Oにバケモンが揃ってんなら、ますます手が出せねぇ……
難儀な野郎共だぜ」
どうやら、会場でスキルを披露したのは悪手だったようだ。クリストフは私のスキルに気が付いた。
だが、それ以上に厄介な事実が隠れている事に彼は気が付いていなかった。
いや、彼だけが気付かなったような言い方は良くないだろう。
正確には、その時点では誰一人として気が付いていなかったのだ。
GSU関係者やvictory order社の関係者も、勿論、私もだ。




