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#9 野良の聖女

「物や金、同行している依頼人の関係者、その安全確保が最優先です。

厄介な相手、その殆どは人間ですが所詮は不成者。

交渉の余地はありません。

依頼を完了する為、身の安全を確保する為、道を遮る者は徹底的に ”容赦無く” 排撃して下さい」

「「了解しました!!」」


仕事は順調だった。

今の所、依頼達成率は100%。

軽傷者は出たものの、損害はその程度だ。

victory order社の噂は広まり、仕事の内容は金品輸送の ”護衛” から ”輸送依頼” そのもの へと変わっていったのだ。


相変わらず、私とヴィットマンが現場に出る機会は無いのだが、内容の変化は実に良い兆候だ。


護衛も輸送依頼も、報酬は悪くはない。

従業員全員が満足出来る給料も支払える。

しかし、私の目標は無職者に職場を提供する事ではない。

そう、自分の存在を周りに認めさせなくてはならないのだ。

その ”周り” とは、ゴンドワナ大陸に存在する全ての国家となる。

ならば輸送や護衛ではなく、もっと違う仕事もしなくてはならないだろう。

victory order社は、運送屋ではなく軍事会社なのだ。


「ルミナ。ギルドについて教えて下さい」

「冒険者登録は無理よ?」


無理なのは承知している。

私が聞きたかったのは、ギルドへの依頼は誰でも可能なのか否かだ。


「依頼は、住民登録していれば誰でも出せるわ。

他国のギルドにも出せるわよ。

受付に用紙があるから、依頼内容と報酬を書いて渡すだけで完了よ。

掲示期間は、最長で1ヶ月ね。

内容と報酬のバランスが大事よ」

「分かりました。

では、この内容で依頼を出して来てもらえますか?」


・聖女1名募集

・雇用期間の定め 無し

・年収 金貨650枚保証 (年俸制、昇給有り)

・面接、実技試験有り


因みに、街の衣料品店に就職したとすると、初任給は金貨3枚程で、高くても4枚。

騎士団でも初任給は金貨5~6枚が相場だ。

冒険者は別として、1年目の年収は金貨30枚~ 高くても80枚程度なのだ。


「ププッ…… ライ? 聖女は無理よ?」


私の渡した紙を見て、ルミナの口元は少し笑みを…… いや、完全に爆発寸前だ。


「給料が安いですか?」

「いえ、悪くないわ」


給料は払える限界がある。

その中で限界を提示したのだが、問題はそこではないらしい。


「聖女はね、巷の求人情報とは無縁の人達なのよ」


ルミナ曰く、聖女とは唯一変化するクラスらしい。

先ず、各地から ”試練に臨む者” いうクラスの者達が集められる。

そして、2年に及ぶ特殊な訓練プログラムを課せられるそうだ。

訓練に参加した全員が脱落する事もあるという過酷な内容のプログラムをクリアした1名乃至2名は、水晶で再度クラスを確認する。

そこで、聖女へとクラスが変化するらしい。

聖女と成った者の元には、待遇面の詳細が記された ”通称 宝の地図” が各国から届き、最も好条件の所へ旅立つのだそうだ。


一体誰がそのプログラムを考案したのだろうか?

水晶の声の主だろうか?

これは、一種の人身売買ではないのか?

プログラムを実施する何処ぞの施設は、一体幾ら懐に入るのだろうか?


疑問は尽きないが、確かな事がある。

一つは、最初から ”聖女” というクラスを賜る者は居ないという事。

もう一つは、もし応募があっても、それは現役を引退した老婆だという事だ。

因みに、聖女に成れなかった者は女教皇(ハイ・プリーステス)となる。


「ルミナ? ダメで元々、ものは試しという言葉があります」

「分かったわ。期待しちゃダメよ?」


軽く溜息を吐き、諭す様にそう言うルミナの背後から、1人の男が現れた。


「姉さん、あんたは分かってねぇ」


エスカーである。

ルミナのゴミを見る様な視線をものともせず、彼は喋り続けた。


「抜群のスタイルに、何日見てても飽きない美しい顔! 母性溢れる性格!

しかも、何処の国でも引く手数多だ!!

聖女と結婚すりゃ、共働きする必要はねぇ!! 夫は働かなくても豪遊出来るんだよ!!

聖女っつうのは、結婚したい女性の職業 100年以上不動のNo.1なんだよ!!」

「「…………」」

「ルミナ、彼の言うような不純な動機じゃありませんよ。

そのうち直接戦闘の依頼が舞い込むでしょう、それを見越してヒール力の増強です」

「分かったわ。依頼して来るわね」


1人の世界に入り込むエスカーを横目に、ルミナはギルドへと向かったのだった。


……………………………………………………………………………



求人を出してから、1週間。

社員の出払った事務所でルミナとお茶を飲みながら、時代劇を楽しんでいた。


「この女優さん美人よね」

「そうですね。

ルミナは何故女優にならなかったんですか?

女優業でも活躍出来ると思いますが」

「ライ、高級茶葉が手に入ったんだけど、特別に淹れてあげようか?」

「是非」


我々が見ているのは、人気劇団の過去の公演を録画したものだ。

人間の映像配信魔法は実に素晴らしい。

街では、録画専用の魔道具が販売され始めたそうで、貴族のマダム達に大人気なのだそうだ。


続編を観ようとしていると、西トリアのギルド職員がやって来た。

一体どれ程急いで来たのだろうか。

目は充血し、息も絶え絶えな職員は、何かを言おうとしているが荒い呼吸に邪魔をされ喋るに喋れない。


「落ち着いて下さい。

お茶を用意しますので、こちらへ」


応接室に案内し、お茶を用意した。

職員は、お茶を一気に飲み干し、私に掴みかからんばかりの勢いで言うのだ。


「聖女の求人に応募がありました!!

少し田舎の出身の様ですが、若い方です!!」


それを聞いていたルミナは、一瞬驚いたものの、静かに職員に一つ質問をした。


「その方は、本当に聖女なんですか? 確認は?」

「聖女です!! その方は、何の躊躇も無くステータス情報を見せてくれました!!」


ステータス情報は、基本的に他人に見せるものではない。

私も、シド達のステータス情報など1度たりとも見たことがないのである。

個人情報の塊であるステータス情報は、夫婦の様な関係の者にしか見せないのが普通なのだ。


「では、善は急げです。

明日にでも面接しましょう。

その方は、今どちらに?」

「アルテブに滞在中です!」

「では、明日の午前9時に迎えの馬車を寄越します。

ギルドで待っているよう伝えて下さい」

「はい! 承知しました!」


職員を見送る私とルミナは、その時、恐らく同じ事を考えていただろう。


”こりゃ絶対に訳ありの欠陥品か偽者だ”


しかし、お互い憶測を口に出す事はない。

面接するし、実技試験も行うのだ。

安い鍍金は直ぐに剥がれ落ちるだろう。そこで判断すればいい。


そして、迎えた面接の日。


「テオ。アルテブのギルドで聖女(仮)が待っています。

迎えをお願いします」

「おう、じゃ行って来る」


俺が行く! と駄々を捏ねるシドとエスカーを無視し、テオに頼んだ。

彼なら万が一の間違いも無いだろうし、護衛としても充分に安心だ。

何より、清潔感が違う。


テオが戻り、いよいよ聖女(仮)と対面だ。


「シャーロットでーす。よろしくお願いします!」


少し緊張しているのだろうか。

はにかみながら、照れくさそうに挨拶するシャーロット。

足元には、毛むくじゃらの猫の様な生き物が纏わり付いている。

その生き物の存在ともかく、本人は、確かに噂通りの整った容姿をしている。

美人ではなく、とても可愛らしい少女だ。


「よろしくお願いします。

私は、victory order代表のラインハートと申します。

実技試験の前に、少し私とお話しましょう」

「え!? 何!? 緊張するやん!」


…… 方言だろうか?

早くも、私の脳内にドス黒い暗雲が立ち込める。


「その生き物はペットですか?」

「使い魔やで? 知らんの?」

「え……えぇ、初めて見ました」


ルミナの方を見ると、顔を横に振っている。

本人は使い魔と言っているが、単なるペットだろう。


「貴女は、まだお若い様ですが、訓練プログラムを終了したのは何時ですか?」

「訓練プログラム? 何なんそれ? そんなん知らんよ?」


知らない?

果たして、そんな事が有り得るのだろうか?

ルミナの話では、”試練に臨む者” というクラスの者が、訓練プログラムをクリアした暁に……


「ライ、ちょっといい?」


遣り取りを聞いていたルミナが割って入った。


(手っ取り早くステータスを見せてもらった方がいいわ)

(しかし、それは個人情報(聖域)ですよ? 普通は断られるでしょう)

(断られたら、さっさと実技試験に移りましょう。

欠損部位の再構築は、聖女以外は不可能だから)

(……そうしましょう)


「貴女は、訓練プログラムを終了せず聖女になられたのですか?」

「違う! 元から聖女やで?」

「ステータスを拝見させてもらう事は可能ですか?」

「うん!」


ギルド職員も言っていたが、彼女は何の躊躇も無くステータスを開示した。

そこには、”クラス 聖女” と記されてたのだ。

それを見たルミナは、目が飛び出そうになっているが、これは紛れもない事実だ。

最早、疑う余地は無い。


自称聖女の可能性は排除され、残る可能性は能力不足である。


先程もルミナが言っていたが、聖女は欠損部位の再構築が可能だ。

時間が経過していようが、対象が生きてさえいれば、臓器や手足は勿論、脳さえも再生させる事が可能なのである。


「では実技試験に入りましょう」


私は、森で保護した野生動物を部屋に連れて来た。

その野生動物は、外敵に襲われ、耳と片方の前足が無い状態だ。

それを聖女(仮)に治療してもらう。


「この動物を治療して下さい」

「おい! お前、試験のためにわざわざ動物虐待したんか!? 最っ低やな!! 」

「いえ、この動物は元々怪我をしていて……」


突如激昴した聖女(仮)に、最早私の声は届かない。

彼女は、怪我をした動物を抱き上げ泣き始めたのだ。


「私が就活したせいで、お前こんなめに遭ってしもたんか…… 最悪やん……

うぅ、うわーん! ヒック……」

「…………」

「シャーロットさん、この子は社長が森で保護したのよ? 試験の為に傷付けたんじゃないわ」

「え、そうなん?」


何故か、聖女(仮)にはルミナの声は聞こえるようだ。


「この子を治してあげて」

「うん! すぐ治したる!!」


聖女(仮)は、その動物を抱きしめたまま治療を開始したようなのだが、すぐに動物を地面に降ろした。

時間にして、ものの2~3秒程だろうか。

その短時間の間に、動物の欠損部位は見事に再生し、違和感無く走り回るまでに回復していたのだ。


「速い…… しかも無詠唱とは……」


隣でルミナが総毛立ち、金属の様に固まっている。

一体どういう理由で総毛立っているのだろうか。

程度が低いのか、それとも異次元なのか……

兎に角、軽く声を掛けてみるとしよう。


「どうなのでしょう? 聖女の実力とは本来どの程度のものか分からないのですが。

同じヒーラー目線で見て、治療の速度やクオリティはどうでしたか?」

「出鱈目よ…… こんなの有り得ないのよ!!

普通はね、5分以上の詠唱が必要だし! 魔力の消耗が激し過ぎて立ち眩みを起こすらしいのよ!!?」


そう言い放つと、ルミナは座り込んでしまった。

彼女の反応から、欠陥品ではなく逸材だという事が分かったのだ。

今日のルミナの仕事は終了だ。回復魔法素人の私に実に分かりやすい反応で示してくれた。


「なぁ…… 雇ってくれる?」


先程の激昴ぶりからは想像も出来ない、不安に満ちた表情のシャーロット。

そんな心配など無用だ。我が社の方が、是が非でもシャーロットに来て欲しいのだ。


「是非、我が社で働いて頂きたいと思っています。

貴女が良ければ、このまま入社の手続きをしていきたいのですが、如何ですか?」

「なぁ…… 金貨650枚くれるん?」

「…… え? えぇ、金貨650枚は最低保証ですので、特に仕事が無い日が沢山有っても、満額支払います」

「じゃ就職する!!」

「「…………」」


こうして、victory order社に聖女が入社する事になった。

シャーロットが到着するまで、聖女聖女と騒いでいたシドとエスカーはすっかり静かになってしまったが問題無い。

おつむは粗末だが、ヒール力だけは確かだ。

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