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#89 晩餐会2

「失礼。彼女は victory order社の幹部です。

皆さんの酔いが回る前に顔合わせを済ませたいので、そろそろ解放して頂きたい」


ナイスガイは笑顔でそう言うと、お姉さんを庇うように割って入った。


「安全保障部門のトップか。お前とは一度話がしてぇって思ってたんだ。うちの私兵が世話になった借りもあるしな。

それに、ロレーヌの件をオシャカにしたのもお前だろ? へーミッシュ様もお怒りだぜ?」

「貴方がノンデンフェルト男爵で、隣の貴方が王女を愛人にしようとしたへーミッシュ伯爵ですか。2人とも、”はじめまして” が抜けていますよ?」


ナイスガイは、笑顔を絶やさず2人に言ったんだ。


礼儀知らずだと。


帝国の貴族より、GSUの高官である自分の方が格上だ。そう言いたいんだと、その時俺は思ったんだ。


「おいおい、ラインハート君…… だったか?

君は何もかも勘違いしている」

「具体的には何を?」

「自分の立場だったり、自分の価値だったりだ。

我々はゲヴァル帝国という超大国の貴族で、その広大な国土の一部を治めている。

君は爵位も持たない、運営している領地も無い。

ただ民間から選出されただけの平民さ」

「ハハハッ、それは少し違いますよ? 私は ”元平民” です」

「今は違うと言うのかね?

ああ、なるほど! 君は男妾かね!?

ルミナ嬢だけなら兎も角、ロレーヌ嬢の男妾ならば、自分の位が上がったと錯覚するのも無理はない! ガハハハ!!」

「おー! 流石はへーミッシュ様! 聡明でいらっしゃる!!」


周りに居た貴族達は大爆笑だった。

流石に、帝国の官僚達は口元を隠して軽く失笑してる程度だったが、特に止めに入る事もなく我関せずを貫いた。

GSU関係者は青い顔をして見てるだけで、誰も止めには入らない。

アウェイだからとか、自分が的になりたくないとか、そんな小さな理由で距離を取ってたんじゃないって、今なら分かるんだが。

その時は、不覚にも分からなかった。


GSUの関係者は、もう手遅れだって分かってた。なんてよ。


「そんな君にお願いがあるんだが…… いいかね?

我々は、妻となる女性を探しているのではないんだ。好みの…… 整った容姿を持った愛人(オモチャ)を探している。ベッドルームに向かうのが楽しみになる、そんなひと時のための女性だ。

君はもう充分満足だろ?」

「貴方は何を言っているのですか?」

「察しが悪いね、君は。

連れて歩かない前提の女だから、我々は食べさしでも構わんと言ってるんだ。

霜降り肉と同じ理屈さ。1口目は抜群に美味いが、すぐに胸焼けして食べれなくなるだろう?

だから、残りは我々が引き取ってやると言ってるんだ。

君は食べ慣れていない上等な肉より、歯応え抜群のパサパサした…… それこそ銅貨3枚ぐらいの安い肉の方がお似合いなのだよ。貧民街で売られているような肉がね」


V.Oのお姉さんは、ナイスガイの背中に身を隠すようにして震えてた。

震えるお姉さんに、ナイスガイは言うんだ。


「ルミナ、心を乱す事はありません。

さぁ、顔を上げて…… 私が付いています。

貴女もロレーヌ様も、高い貞操観念を持った、気高く知的で美しい女性です。

あの様な下賎な者達が、どう足掻いても決して手に入れることの出来ない高嶺の花なのです」


ナイスガイは、優しくお姉さんに言ったんだ。

その言葉を聞いたお姉さんと王女様は、驚いたような照れたような…… とにかく、耳の先まで真っ赤になってた。

その様子に腹を立てたのか、清々しいほどのクズ2人はナイスガイに詰め寄った。


「おい!貴様ッ!! 平民の分際で口が過ぎるぞッ!!」


大惨事になったのは、その直後だ。

詰め寄るノンデンフェルトに対して、更に1歩詰め寄ったナイスガイは見下ろしながら言ったんだ。


「ノンデンフェルト男爵…… 私は ”軍人” です」

「…… ッッッ!!?」


信じられないほど明確に感じる殺意だった。

本来なら、俺達の役目は、クズとはいえナイスガイから引き離して守らないといけない。

それが役目だが、剣のグリップに手を掛けて身構えるのが精一杯で、ビビっちまって止めに入るなんて出来なかった。

ナイスガイが言いたかったのは、自分の方が社会的地位が上だとか、そんなくだらない事じゃなくて、生物としての格とか存在力とか、言い過ぎかも知れねぇが、そもそも次元が遥か上だって事だったんだと思う。


「元平民でありGSUの高官ですが、安全保障政策上級代表である前に ”軍人” なのですよ。

しかも、私は ”精鋭部隊を指揮する側の軍人” だ。

そんな私の役割は、部下に死んで来いと言う事ではない。

完了すべき所定を完了し、敵対行為を強力に抑止し、国土と民を死守する事だ。

言うまでもなく、その対象には彼女もロレーヌ様も含まれている。お忘れなきよう」

「あ……ぁあぁぁ……」


瞬きした直後、俺は不思議な空間に立ってた。

枯れ果てた赤黒い大地、ドス黒い雲に覆われた空には稲妻があちこちで発生してた。

周りを見渡せば、会場で陰口叩いてた帝国貴族達と警備の近衛、もちろん絡んだバカ野郎2人も居たんだ。

何故か、ストラス王国の王様ザーヒルも居たような気がしたが…… 居たとしたら、GSU関係者ではザーヒルだけだ。


ナイスガイの背後に閃光が走り、大規模な爆発が起こった。

爆風で吹き飛ばされたデカい岩やら大木やらが山盛りコッチに迫って来た。

身を隠そうと逃げ惑う俺達に、音速に近い勢いで飛んで来た岩が容赦無く直撃した。

何故か意識は途切れず、自分自身はもちろん、周りに居た貴族達がミンチになってく様子が脳ミソに焼き付けられた。

次の瞬間には気が付きゃ無傷で立ってて、唖然としてる俺達にナイスガイは笑顔で言うんだ。


「本番はこれからですよ? ケツが狙われますから、隠しながら死ぬ気で逃げてください」


地面から、見た事もねぇ気持ち悪い怪物が湧いてきたんだ。

5mはあろうかってほどの醜い怪物は、俺達を徹底的に追い回した。

交戦なんて選択肢は無かった。

その場に居合わせた連中は、それこそ死ぬ気で逃げ回ったさ。

俺達は鍛えてるから結構ねばったが、化粧が仕事のケバいババァ共は真っ先に捕まった。

捕まった奴らは、簡単に言えば拷問されたんだ。

着てるもん破かれて、丸出しのケツを肉が飛び散る破壊力で引っ叩かれてた。

聞いた事もねぇ悲鳴が響き渡って、比喩でもなく、そこは確かに地獄だった。

俺も捕まってケツをシバかれた。

どんだけ泣き叫んでも終わらねぇ、とっくに死んでるはずなのに死なねぇし、意識も途切れない。

ケツの肉が飛び散って、内臓飛び出しても終わらなくて、結局、下半身が無くなるまで ”おしりペンペン” され続けたんだ。


「挨拶代わりに派手なエフェクトを使ってみたのですが、どうでしたか?」


その言葉に、俺達は我に返った。

そこは晩餐会の会場で、俺達はその場から1歩も動いちゃいなかった。

だが、確かに覚えてるんだ。

疲れも、痛みも、恐怖もだ。

その証拠に、恐怖と激痛のあまり小便どころかクソまで垂れ流してたんだからな。


「さて、そこの騎士達。

律儀に役目を果たしてもいいのですよ?

それが貴方達の役割なのは承知しています。

ですが、律儀に役目を果たす価値がありますか?」

「…………」

「役目を果そうとした結果、命を落とした貴方に名誉勲章のようなものは与えられますか?

彼等は、皆さんの葬儀に参列してくれるでしょうか?」

「…………」

「私は指一本触れていませんし、魔法で危害を加えた訳でもない。

私は、国賓として招かれている私の部下とナホカト国の王女様に無礼を働いたイカレポンチを威圧しただけです。

にも関わらず、グリップに手を掛けている皆さんの私に対する対応は、極めて不敬ですし不快です」


その場に居た近衛は、全員が死を覚悟したと思う。睨みつけられただけで、身体が細切れにされてブッ飛ぶイメージが鮮明に脳裏を過ぎる。

この世に、こんなヤバいやつが居るなんて想像も出来なかった。


「このような緊急事態になる前に、我々GSU関係者か、このバカな貴族を早々に退出させるべきだった。

そうでしょう?」

「…………」

「この大惨事は、事の重大性を見誤った皆さんの落ち度です。

にも関わらず抜刀し、今さら律儀に役目を果たそうとするならば、誰一人として見舞いにも来ない豚小屋のベッドの上で、苦しみながら最後を迎えられるよう最善を尽くしましょう」

「ヒィィッ!」


パンッ! パンッ!!


「おい、ラインハート! 気は済んだか!?

クソの香りで晩餐会どころじゃねぇ! 申し訳ねぇが、今日はお開きでいいな?

テメェら、解散だ!!

さっさと帰って、クソのコビり付いた臭ぇケツを洗ってさっさと寝ろ!

クリーニング代はGSUに請求すんなよ!? 面倒くせぇ事になる!

ノンデンフェルトかへーミッシュに請求しろ!

お前ら2人は余計な事は考えるな。これ以上皇帝の顔に泥塗るようなマネはするんじゃねぇぞ!! 分かったなっ!!

はい解散っ!!」


未だ動けずにいる俺達を見かねたのか、クリストフ長官が手を叩いて大声で言ったんだ。

結局、GSU一行はそのまま帰っちまって、俺は生き延びることが出来た。

思い知ったよ、V.Oの残酷極まりない噂話はマジだってな。

見逃されたのは、我関せずを貫いた高級官僚とクリストフ長官、あとはセレウキア王国御一行だけだ。

翌日、俺は任意除隊し田舎に帰った。


………………………………………………………………………………


「ライ、助けてくれてありがとね。

お姉さんは、とっても嬉しかったよ」

「ラインハート様、私もとても嬉しかったです」


ルミナとロレーヌは、帰りの馬車の中でそう言うのだ。だが、私は未だに苛苛が治まっていなかった。


「地獄に直行させなかった事を少し後悔しています。また現れるかも知れない」


バカは同じ失敗を繰り返す。

あの場で、しっかり息の根を止めるべきだったのかも知れない。


「十分よ、ねぇロレーヌ様?」

「えぇ。ラインハート様?

私たちは非常に不快な思いを確かにしましたけど、直後にラインハート様の持ってらっしゃる印象を聞けて、私たちは…… もう!とっても嬉しかったのですわ! 威圧だけで制圧する姿も素敵でした!」

「あの状況で、あんな事言われたらコロッといっちゃうわよね」

「…… コロッと? クロエ様? 分かりやすい説明を……」

「分かるわ~あの人の若い頃にそっくり。

紳士で、男らしくて、どこか危険な雰囲気も有って」

「夫人? アルザス陛下は若い頃は紳士だったのですか?」

「今も紳士よ? 歳を重ねて落ち着いたというか…… いぶし銀というか……少し丸くなった感じかしら?」

「…… 夫人、馴初めを伺っても?」

「やだ! 貴方、そんな話も好きだったりするの!?

意外性も可愛いところもあって、罪な人だわ〜」

「…………。」


そんな話で盛り上がり、シェフシャ王国まで戻って1泊すると、各々帰路についたのだ。

帝国からシェフシャ王国までは、シェフシャの馬車に乗り合わせた。王妃のクロエが乗っているのは当然だが、同じ馬車に私とルミナ、アルザスの妻、つまりトリア王国の王妃とナホカト国の王女ロレーヌも乗っていた。

トリアの馬車には官僚達とザーヒルが連れて来たホステスのお姉さんが乗り、ナホカト国の馬車には君主達。

そして、ストラス王国の馬車は小便漏らしたザーヒルの貸切だ。


スキルを発動した時に、一応は選別したはずだったが、ザーヒルが巻き込まれてると気付いたのは事が終わった後だったので後の祭りだった。


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