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#88 晩餐会

「エスカーよ、また帝国が賑やかになってるな。魔王軍に街を2、3個むしり取られたか?」

「あぁ、それなら魔王軍じゃねぇ。原因は、呑気に街にメシ食いに行ってる尊敬すべき上司様だ。

例の式典で問題を起こしたらしい。

2日目までは良い子にしてたらしいが、あいつの忍耐なんて高が知れてて、紳士なのは上っ面だけだ。

最後の最後で爆発しちまったらしいぜ。

最終日の晩餐会は、文字通り ”最後の晩餐” になっちまったのさ。

2度と招待される事は無いだろうし、下手すりゃ永久に入国禁止だろう。

これはザーヒルが言ってる事だから、どの程度だったかは分からねぇが、ライの威圧に ”多少は免疫がある” ザーヒルが小便漏らしたってことはだ、慣れてねぇ大勢は…… 多分 ”デケェ方” も垂れ流してる」

「メシ食う部屋が便所に様変わりたぁな。ご愁傷様だ」


……………………………………………………………………………


「社長、帝国から招待状が届いてるわ。

加盟国の君主は勿論、有力な貴族家にも届いてるはずよ」


ある日、帝国から建国記念式典への招待状が届いた。

これは、帝国の国力を内外に示す為の催し物で、最新の各種魔導兵器の展示や、軍需工場その他の視察、事実上の個別会談であるワーキングディナー、最終日には贅の限りを尽くした晩餐会などが催される、全行程3日間の苦行だ。

帰り道にシャーロットとベルが酷い目に遭った例の集まりだろうし、国賓待遇だが食事に毒が盛られている可能性も高い。


「ラインハート、バックレるつもりじゃあねぇな?

俺とアリシオンはかみさんも連れて行く、レオノールは娘を連れて行くし、ザーヒルはストラス王国No.1 のホステスを連れて行くって言ってる。

だから、お前も誰か連れて行け」

「アルザス陛下、今更ですが結婚されてたのですね」

「あぁ、嫁さんと娘の前だけは良い夫で通してんだ。お前らと接してる時の姿は見せられねぇだろ?」

「……。 安い居酒屋で1杯やってる方が1000倍有意義ですが、少しだけ楽しみも出来ました。

参加するとしましょう」


アルザスが溺愛する妻と娘。

式典はどうでもいいが、そちらは多少興味がある。

参加するとは言ったが、それならば私も誰か連れて行かなくてはならない訳だ。

合わせるとすれば、異性を連れて行くべきなのだろうが、果たして一緒に行ってくれる人は居るのだろうか。


「という訳で、ひと月後に帝国で式典があるらしいのですが、護衛以外で各種イベント時に付き添ってくれる方を探しています」

「ライ、その件は明日までに必ず返事をするから、今日は解散していい?」

「…… えぇ、構いません。

すみません、忙しいのに呼び立ててしまったみたいで」

「いいのよ、気にしないで。この手の話は、後腐れのないように当事者だけでキッチリ話を付けなきゃならないの。夜に会議室を借りるわね」


私は当事者ではないらしい。

その日の夜、会議室に入っていく女性幹部の姿があった。

護衛任務に就いているはずのベルや、そもそも出席不可な魔王ミア、それに何故かレオノールと共に参加するはずであるロレーヌの姿もあったのだ。


「今回エスコートされる女性は、私の今後の人生に大きく関与する事が予想されますわ。可能性の話ではあるものの、それでも娘としては、皆様に ”言っておかないといけない事” がございまして、急遽参った次第です」

「言っておかないといけない事とは? 一体何かしら?」

「遺恨を残す者も、遺恨を抱かせる者も好きではありません。それだけです」

「「…………」」


私の研ぎ澄まされた聴覚は、ベルの発言を拾い上げた。

敵国が主催する式典に一緒に参加するだけなのに、それが何故ベルの人生に関係してくるのだろうか。

私には意味不明な発言だったが、会議室に集まった彼女達はベルの発言の真意を理解したのだろう。

その後は静かなものだった。

盗聴防止の防音結界を展開した気配も無いのに、会議室からは一切話し声が聞こえなくなったのだ。

気になるが、盗み聞きは良くない。

その不思議な状況は危険な何かを含んでいると感じた私は、1杯やりに夜の街へ出掛けたのだ。


翌日、帝国へはルミナが付き添う事となり、護衛はゲオルグを団長として、各国の騎士団から選抜された者が任務に就くと報告を受けた。


「ライ、気にしてて欲しいんだけど、今回は帝国の催し物で、当たり前だけど帝国貴族も多く参加してるわ。

当然、例のノンデンフェルトとかいう男爵も居るだろうし、ロレーヌを性奴隷にしようとしたバカも参加すると思うのよ」

「なるほど、敵地ですしね。

ルナさん、心配してくれてありがとうございます。

ですが、どうか安心してください。私が居る限り、何も起こりません」


私は、嘘は言っていない。

事実、GSU関係者の身には何も起こらなかったのだから。


……………………………………………………………………………


「男手が足りなかったから助かるよ。

やっと成人したと思えば、どいつもこいつも首都に行っちまいやがるからねぇ」


俺はハリス。

つい最近まで、帝国軍の中でも割かしエリートって言われてる近衛騎士団に所属してた。

前線に送り込まれる事も無いし、給金も悪くない。

だが今は、生まれ故郷に戻って畑を耕してる最中だ。

家屋の修理もするし、年寄りには頼りにされてる。


何で里帰りしてるかって?

辞めたからだよ。

とある式典で酷い目に遭っちまって、それがトラウマになったんだ。

今でも、3日に1回ぐらいは悪夢にうなされて、寝覚めの悪い朝を迎えてる。


それは帝国の建国記念式典での事だ。

毎年開催してた建国記念式典だが、GSUとのゴタゴタやら魔王軍やらで、規模を縮小して開催してたんだが、最近はGSUとの関係も落ち着いてるって事で、GSUの君主やら高官にも招待状が送られた。


参加したのは、ゲヴァルテ帝国の貴族に大商人、それに軍の幹部。

GSUからは、加盟国の君主と大使、それに高級官僚が数名。

それに、セレウキア王国の王族だ。

その中でも、やっぱり異色だったのは安全保障政策上級代表で、victory order社の取締役だ。

人間と魔族のハーフとは聞いてたが、それが紛れも無い事実だって事を紫の魔眼は物語ってた。

盗賊共を片っ端から殺し回り、ストラス国王の私兵を皆殺しにし、トリアの宰相を半殺しにした挙句、サファヴィー公国を滅亡させた軍事会社の代表が本業らしいが、そんなヤバい雰囲気を微塵も感じさせないハンサムなナイスガイだったよ。

俺たち近衛は、そんな未知のバケモンを警護しつつ、警戒監視も兼ねてた訳だ。


初日は豪華な昼食を振る舞い、軍事パレードの見学。夜は繁華街で接待だ。

2日目は、軍需工場やら農園やらの見学をさせて、夜は事前に大使達が調整した個別会談が行われた。

まぁ残念な事に、誰一人として安全保障政策上級代表とは会談の席を設けようとはしなかった。

当の本人は、その事を気にする様子も無く、連れて来た可愛い幹部のお姉さんと楽しそうにメシを食ってたんだ。


問題は最終日に起こった。

最終日は、式典参加者全員でメシを食う立食パーティーが催された。

皇帝は騒がしい場所が嫌いらしくて、会場を見渡せる1つ上のフロアから挨拶だけして、直ぐに居なくなった。

狙撃を警戒してんのか、目隠しのベールが設置してあって、そもそも姿を見る事は出来ない。

あとは宰相が張り切って仕切ってたよ。

まぁここだけの話だが、俺は生まれてから1度たりとも皇帝の姿をハッキリと見たことは無い。


ナイスガイはシャンパン片手にお偉いさん達に挨拶をして周り、クリストフ長官とは少し込み入った話をしてた。

特に不審な動きも無く、紳士に振舞ってたんだ。

だが、そんなナイスガイを見る貴族達の目は酷かった。

扇子やグラスで口元を隠してはいるものの、何やらコソコソと話をしてやがる。

少なくとも連中が話してる内容は、本人には聞かせられねぇ内容だろう事は分かった。

傍から見てる俺がそう感じるぐらいだから、本人がどれだけ居心地悪く感じてるかなんて想像に難くない。


ナイスガイがクリストフ長官と話をしている時だ。

シャンパンのおかわりを取りに行ったV.Oの幹部だろうお姉さんは、貴族の1人に絡まれてたんだ。

絡んだのは、ノンデンフェルト男爵。

何かと問題を起こす奴で、最近もV.Oにちょっかい出したのがバレて厳重注意を食らってたバカ野郎だ。

乱暴な真似はしてなかったから、俺達は気にしつつも声は掛けなかった。

バカな貴族に目の敵にされると面倒だからってのが本音だが。

そのお姉さんは、バカ野郎の相手にうんざりして、ナイスガイの元に戻ろうとしたんだが、その行く手を遮るように、新たなバカ野郎が現れた。

そのバカ野郎は、へーミッシュ伯爵。

実際のところは分からねぇが、皇帝の血筋って噂の貴族だ。

その権力やらコネやらをフル活用して、ナホカト国の王女を愛人しようとした異常者だが、コイツが問題を起こしたとしても俺達は手出し出来ねぇ。

多分、不敬罪で俺達が処刑されるだろう。

ノンデンフェルトと違って、それだけの実権を持ってる貴族だ。


可哀想だが、俺は自分の命の方が大事だった。

だから、そのまま見て見ぬふりをしてたんだ。

そしたら、それに気が付いたナホカトのお姫様がナイスガイに助けを求めた。


「お話中に申し訳ありません。

ラインハート様、ルミナ様に絡んでいる貴族は危険ですわ。あれがノンデンフェルト男爵と、私を愛妾にしようと様々な根回しを行ったへーミッシュ伯爵なのです」

「…… クリストフさん、申し訳ないがゴミが気になって仕方が無い」

「あぁ? ほっとけばいいだろうが!

と言いてぇとこだが、この後何が起こるのか興味が湧いた。俺個人としては、ここぞとばかりにテメェの責任を追求する気はねぇぜ?

せいぜい上手く立ち回ってくれよ?」

「この場で暴力は賢明ではありませんね。彼等には指一本触れない事を誓いましょう」


ナイスガイは、そう言うとお姉さんを助けに行ったんだ。


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