#85 ボクっ娘勇者と魔王様2
今朝はすこぶる気が重い。
何故なら、今日は勇者と魔王が相対する日だからだ。
しかも、1対1で。
”まさか応じてもらえるなんて思ってなかったからさ、緊張して寝付けないよ!”
勇者はちゃんと寝たのだろうか。
人知れずイレギュラーな最終決戦をやらかすのだし、寝不足だったので負けました。なんて言い訳は聞きたくもない。
勇者からは興奮気味のメッセージが届いたが、魔王の方は静かなものだ。
特に何の連絡も無く、ついに両雄が相対している ”はず” の時刻が来た。
「ライ、安全保障本部にレオノール陛下が到着したそうよ」
「分かりました。少し早いですが向かいましょう」
公務を蔑ろに出来ないので、私は立ち会えないが……それにしても、安全保障戦略会議の開催まで5時間もあるのに、レオノールは勤勉だ。
そんな君主がいるから、余計に私は迂闊に動けない。
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「魔王さん、ちゃんと1人で来てくれてありがとう!」
「クククッ…… 余計な邪魔が入る事もなく、勇者と死合えるのだ。しかも、勇者たっての誘いとあれば、断る選択肢など存在しようも無い」
「…… 魔王さん、名前教えてよ」
「…… 私はビエラソ。勇者と間見える運命を背負うも……」
魔王ビエラソが口上を終える直前に、勇者咲煌が放つ神速の斬撃が炸裂した。
速く……そして、とてつもなく重い一閃に、特製の手甲で受け止めたビエラソの足元は罅割れ、周囲には衝撃波が飛び散った。
「あはっ♡ これをアッサリ受け止めちゃうなんてね!
流石はボクが惚れ込んだ人だよ!!」
「喜び過ぎだぞ? 勇者よ。お愉しみはこれからぞっ!!!」
こんな感じで戦闘狂2人の殺し合いが始まったらしいが、私は公務の真っ最中だ。
はっきり言おう。
私は公務が入っていて同席出来なかったが、その事を神に感謝した。
片や魔王軍時代に良くしてくれた数少ない上官、片や大陸の希望だ。どっちを応援するにしても、加勢するにしても、優柔不断な私には耐えられない選択だっただろうからだ。
公務も終わり、夕食も済ませた頃。
勇者咲煌から連絡があった。
”ラインハートさん!! 今日の段取りありがとね!! すっごくドキドキしたし! すっごく楽しかったよ!!”
勇者咲煌から、こんな連絡が来るという事はだ。
魔王ビエラソは、もうこの世に居ない…… 既に死んだ魔族だという事だ。
勇者咲煌には、私が元魔王軍の兵士だとか、ビエラソには良くしてもらっただのは勿論言ってはいないのだが、言ってしまいそうになる程、複雑な心境だ。
いや…… その時は、言ってしまいそうな程、複雑な心境だったと言った方がいいだろうか。
「それは良かった。結末は察しましたが、顛末をお聞きしても?」
”…… それ聞いちゃう?”
「他言するとか、そんな無粋な事はしませんよ」
”顛末の部分はボク達だけの秘密なんだ。ラインハートさんには申し訳ないけど、詳しい事は話せない。結果は察してるみたいだけど、多分その辺は合ってると思うし”
私は、パシリに使われただけらしい。
セッティングさせるだけさせて、あとはお払い箱だったのだ。
こんな事になるのなら、せめて引き立て役として、無理してでも同席するべきだったのだろうか?
まぁ、かなり中身が気になるが、苦戦こそすれど、邪魔が入らない状況ならば勇者の勝ちは確定だろう。
「…… いつの日か、話が聞ける日を楽しみにしておきます。疲れているでしょうから、早めに休んでくださいね」
”うん、ありがとう! じゃおやすみ”
「…………」
いくら勇者優勢だとしても、相手は魔族最強格の魔王…… その魔王と死闘を繰り広げたならば、瀕死の重症を負うことも珍しくない。
寧ろ、あの元気の良さが不自然なのだ。
”ラインハートよ、1人か?”
「ビエラソ様……。 えぇ1人です。貴方の要件の前に1つ聞きたいのですが、貴方は何故生きているのですか?」
どうやら、私は内緒にされた事に意外とショックを受けているらしい。
おかげで、死んだはずの魔王に話しかけられている。今後の課題として、もっと強い心を育まなくてはならないだろう。
”……? 死んでいなからだ、馬鹿なのか? 貴様は。
本題に戻すが、貴様に褒美をくれてやろうと思ってな。何か望みはあるか?”
「それはそうかも知れませんが、貴方は今日、勇者と対峙したのですよ?
先程、勇者からお礼のメッセージを頂きました。
勇者が無事なら、貴方は死んでいるか、運が良くても、1人でトイレにも行けない芋虫野郎になっているはずでは?」
”望みが無ければ、適当に見繕ってアグスティナに持たせよう。
勇者から聞いていないようなので、貴様には俺から報告しておいてやる”
「…………」
気になって仕方無かった顛末が聞ける。
私は、そう思い固唾を飲んだ。
魔王の言葉を聞くまで、私は魔王対勇者戦の全てを聞けると、そう思い込んでいたのだ。
そんな私に魔王は言ったのだ。
”本日より、私と勇者咲煌は交際を開始した。以上だ”




