#78 獣人族の採用試験
試験当日の朝が来た。
初日から3日目までは体力測定で、4日目は模擬戦。
正直不安だった。
何だかんだ言っても受かりてえし、何より二度とこんなチャンスは訪れないって思うんだ。
やれるだけの事はやったんだから、後はベスト尽くすだけ…… なのによ。
総勢1800人ほどのライバル達の目は、どいつもこいつも輝いて見えた。
「整列っっ!!
これより、採用試験を行う!! 数日間掛けて行われる試験の間、試験官の指示を違える事無く実行せよっ!!
先ずは基礎体力測定だ!
用意された丸太を担いで、20km先に設営してある陣地へ向かえ! 小休憩の後、丸太を担いで、なるべく早くここまで戻れ! 間違っても魔法は使うなよ!?」
野郎共に用意されてたのは、50kgほどの丸太だ。女子でも25kgはあるだろう丸太だった。
制限時間は、明日のスケジュールが始まるまでに戻って来ればクリアだ。
俺が昨日までやってた事と同じで、早くクリアしたやつほど翌日有利になるって訳だ。
体力測定は3日間もあるから、初日から潰れるぐらい必死こく奴は居ないだろう。様子を見伺いながら、体力を温存しつつ採用を狙う。制限時間は1日だし、俺もそうしたかったが、俺にはそんな余裕は無かった。
毎日150km以上走ってたし、全力で臨ませてもらったよ。
タイムは1時間40分をギリギリ切るぐらいだったが、丸太を担いでるし上出来だと思った。受験者で1番速かった奴で、俺がクリアしてから1時間後にクリアしてたが、様子見しつつ上手いこと体力を温存してやがる。
そんな、とんでもねぇ奴らと椅子の取り合いだ。
たまらねぇぜ。
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初日のプログラム終了後、試験官を務めるアントニオが報告に来た。
「社長殿、本日の日程が終了致しました。
1800名中、1153名がクリアです」
「ご苦労様でした。
…… アントニオ、彼は残りましたか?」
「1位でクリアしております」
「彼は、それが分隊副隊長選抜プログラムとも知らずに訓練を受け続け、迎えた採用試験も戦闘職に限定したものとは知らずに受験している」
「…………」
「選抜プログラムで、最下位というのも烏滸がましい程度の成績だった彼は、今回1位でクリアしたにも関わらず疑心暗鬼になっているでしょう。
明日、明後日と、疑念は更に深まるかも知れませんね」
「ローガンは…… 恐らく、その疑念に屈する事無く、心を病むことも無くクリアすると確信しております」
「私もそう思います。彼は、この試験を乗り越えて生まれ変わらなくてはならないのですから」
「社長殿、ローガンが魔法を全く使っていないのは、一種のレギュレーションでありますか?」
「……? いいえ、あなた達が魔法の ”ま” の字も教えていないだけでしょう?」
「!!?」
教官達は、私が連れて来て、私が全てを管理していると思い込み、指示された内容のみを履行していたのだ。
魔法よりも接近戦闘に優れているとは言ったが、魔法の基礎訓練をさせる必要は無いなどと言った覚えは無い。
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そんな話をしてるなんて知らない俺は、モヤモヤを抱えたまま2日目の試験に挑んだ。
与えられた課題は、またしても持久走だったんだ。
「2日目の試験を開始する!!
敷地内に設定されたコースを、12時間周り続けろ! 魔法の使用は禁止!! 魔法を使用した者、速度が0になった者は失格だ!!
水筒を受け取れ! 10分後にスタートするぞ!!」
これが、俺がいつも走ってるコースなら、1周するのに必死コケば6時間を切れるだろう。
だが、これはタイムアタックじゃない。12時間の行軍で、ペースをコントロールしなきゃ途中で憂き目をみるだろう。
どうするべきか迷ったよ。
一か八か、ぶっちぎりで飛び出して逃げ切るか、それとも無難に12時間走り切れるように調整するか……
そんな事を考えてたら、背後から射抜くような視線を向けられてるように感じて、俺は堪らず振り返った。
息を飲んだぜ。
そこに居たのは、シェフシャでの訓練初日にお世話になった、最強メイドのベルさんだった。
目を逸らそうにも、身体が強ばって動けない。
そんな斬撃のように鋭く冷たい視線と共に、念話が送られて来た。
”ローガン、シャーロット様からの伝言だ。
心して聞け。
12時間後、ぶっ壊れたお前の足は、私がしっかり治したる!死ぬ気で攻めてええで!!
だそうだ。
そして、これは私からだ。
お前は、victory order社の訓練を約2ヶ月受けてきた。
たかが2ヶ月、されど2ヶ月、だ。
お前は他の受験者よりも優秀でなくてはならない。それは当然の事だ。
12時間のチョロいジョギングをするつもりは無いと思うが、念の為言っておく。
シャーロット様も社長も見ている、抜かるなよ?”
「ウッスっっ!!!」
念話の ”ね” の字も知らねぇ俺は、いつものノリで腹の底から返事しちまった。
その時点で、周りの受験者からすりゃ完全なイカレポンチなんだが、俺の奇行はその後も続いた。
スタートの号令が響いた直後、全力疾走でぶっ飛ばしていく馬鹿が居たんだ。
そりゃ勿論、俺だ。
今まで受けてた訓練の時と同じ、全力疾走でコースを回るんだ。同じ180kmコースなら、1周するのに5時間52分が自己ベストだが、それを更新するペースで試験2日目は始まった。
スタートから1分もしないうちに、完全に独走状態。背後には誰の姿も見えちゃいなかった。
俺は課題をクリアすることだけを考えてたが、よくよく考えりゃクリアするのは当然で、その上で見せつけなきゃならなかったんだ。
採用試験に臨む姿勢ってやつをよ。
集団から弾き出されるようにスタートして、3時間も過ぎりゃ流石に勢いも無くなってくる。
このまま12時間走り続けられるのか不安だが、俺は自分の脚を信じて黙々と走り続けた。
「くぁぁ! ダリぃ!!」
俺の後ろには幾つか集団が出来ていたが、順位は言う程加味されないような指示だったからか、その集団内で鍔迫り合いみたいな競走は起きてなかった。
だが、その集団のペースに合わせられない奴は当然出てくる。
暫定2位集団の中の1人が、立ち止まって一息ついた。そいつは、後続の集団に混ざってボチボチ走り、12時間を走り切ったそうだ。
止まってたのは、時間にして2~3秒だったらしいが、そいつは翌日の試験会場には居なかった。
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「マジかよ…… アイツ、頭のネジが緩んでるだけの馬鹿じゃねぇ!! とんでもねぇ化け物だ!!」
スタートから8時間を過ぎた頃だ。
俺の前を走る…… 最後尾の連中に追い付いた。
仮採用になって初日の訓練で、俺のタイムは1周16時間以上だった。
そいつらが走り込みしてなきゃ、追い付いても不思議はない訳だ。
だが、流石に1周以上走って俺のペースも相当落ちてる。口の中は勿論、喉の奥までカラッカラに乾いて血の味がするし、疲労がどんどん脚に沈殿して、鉛の全身鎧を着込んでるみてぇに身体が重い。
後3時間程でフィナーレを迎えるが、それまで意識を保つんだ。
途中でぶっ倒れたら、全てが無駄になるからな。
スタートから10時間が過ぎ、俺のペースは更に落ちた。そして、追い討ちを掛けるように脚の筋肉が突如発火したんだ。
燃えた訳じゃねぇ。
痙攣してガクガク震えだしたんだ。
足は上がらねぇし関節は痛えし、まともに走れねぇが、俺は歩くより若干早い程度のスピードで、ひたすら進み続けた。
そう、確かに試験官は言ったんだ。
速度が0になった奴は ”失格” だってな。
スタートから12時間が経った頃、すっかり暗くなった空に眩しく輝く光の玉が現れた。
マラソン終了の合図だ。
俺は、その光を見るや、糸の切れた人形の様に大地にダイブした。
こんなに走ったのは初めてだし、足が痛すぎて、走るどころか二度と歩けねえんじゃないかって思ったぐらいだったからな。
まぁ、終了の合図と同時に倒れ込んだのは俺だけじゃねぇが、コース上で死にかけてる受験者を回収して回ってる馬車には乗らず、ベル様に引き摺られて宿舎まで戻ったのは俺だけだろう。




