#77 獣人族の不安
「今回の件なんだけど、あれは予定通りだったってことかしら?」
「まさか。 飽くまでも希望的観測というやつで、それが的中しただけですよ。
彼と同郷の者が、武装して複数名で帝国からGSUに入った。
監視対象にはならない小物でしたが、分隊規模なので報告は上がって来る。
そのタイミングで休暇をもらった彼がセレウキアに近寄りたくないと思っていて、気候も生息している植物も違う…… ちゃんとした海外旅行を楽しもうと思うのであれば、必然的に行き先は北部になる。
で、今回は我が社の制服を着用させていたにも関わらず馬鹿が食い付いた。それだけです」
訓練プログラム然り、乱闘騒ぎ然り……
エヴドニアは、少し呆れた顔で話を続けた。
「分隊副隊長選抜プログラムに参加している社員から、彼について色々と聞かれる事が多くなったわ」
「どの様な内容ですか?」
「多いのは、採用か否かが確定する日は何時なのか、なぜ魔法の一つも使わないのか、それと…… 彼のスキルについて」
社員達が何を言いたいのかは検討がついている。
結果が出る日は目前に迫っているし、スキルが何なのか知る日も近い。
なので、エヴドニアには適当にはぐらかすよう指示したのだ。
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休暇も終わって、俺は本社の訓練に戻った。
採用試験まで1週間と少しだ。
演出場に着くと、一緒に訓練を受けてた連中が教官に詰め寄ってた。
大事な連絡か何かかと思って、俺も混ざろうとしたんだが、俺が来たって気付いた途端、みんな解散して何時ものように整列した。
俺に聞かれちゃマズイ内容だったのかも知れねぇが、俺は何も聞かねぇし言えねぇ。
5時間以内に完走しなきゃならねぇランニングも、未だにクリア出来ねぇのは俺だけだし、みんなの足引っ張ってる可能性は高い。
いや、絶対に引っ張っちまってる。
そんなグズと訓練なんかしたくねぇって話が出るのは当然だと思うんだ。
「ローガン以外の者は、ハイキングの準備をしろ!!」
まぁ、そりゃそうなるわな。
ランニングをクリアして、スイミングスクールをクリアしたら、山の中でサバイバルだ。
どんどん置いていかれる。
出来ねぇヤツが出来るようになるまで待ってくれるような職場じゃねぇ。
この世は、弱いヤツのために出来てはいないんだ。
だったらよ、強くなりゃいい。
「ローガン、お前は6時間以内にクリア出来る可能性がある。クリア出来れば、休憩を挟んで格闘訓練を実施する」
「!!?」
「俺と2人っきりは不満か?」
そういえば、この教官は徒手空拳に長けた人だって聞いたことがあった。
その教官が、マンツーマンで教えてくれるって聞いて、さっき余所余所しくされた事なんて完全に忘れちまってた。
「よろしくお願いしますっ!!」
「よし!! 先ずは6時間を切って来い! さあ行け!!」
もう必死に走ったよ。
俺には時間が無いんだ。チャンスは何一つ逃せない。
だから、必死に掴みに行くんだ。
俺は6時間以内に走り切り、教官に稽古付けてもらうチャンスを掴んだ。
焼け付くように痛む喉と肺、爆発しそうなほど激しく鼓動してる心臓を意に介さず、俺は教官との訓練に励んだ。
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「アントニオから報告よ。
彼が6時間以内に走り切り、本格的に軍事格闘訓練に移行したらしいわ」
「他には何か?」
「…… アントニオとの訓練が終わった後、少々ハードな筋力トレーニングと打ち込み、それにイメージトレーニングに励んでる」
「アントニオは創立初期からの社員で、帝国軍時代はヴィットマン直属の部下。
実施する訓練で手心を加える事はありません。
そのアントニオの訓練が終わった後、本人が自分の意思で行っている事なら、我々は見守るだけです。
試験まで残り僅か、彼が本気であればある程、焦燥感が正比例して高まるのは当然の事です」
「…… 楽しみだわ。試験の結果も、反逆者のスキルもね」
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上層部の期待とは裏腹に、俺の中の不安は膨らむばかりだった。
体力は少しは自信が付いた。だが、俺は一緒に訓練受けてる連中の中で、圧倒的に劣ってる自信があったんだ。
そう、確認するまでもなく1番ケツだってな。
どれだけ前に入社したのか知らねぇが、それにしても違い過ぎるんだ。
元農家? 元商人? 元冒険者? 生い立ちは様々な奴らだが、共通して輝いて見えた。
そう、俺の目にはとても輝いて見えたんだ。
結局、適性が無いと判断されれば不採用になる。
でも、投げ出そうだなんて思いは無かったぜ?
俺がやるべき事は一つだけ
とにかく全力でぶつかるだけだ。
ダメだった時は…… その時は、この数ヶ月で人生で最も価値のある最高の経験をさせてもらったって、そう思えば何てこっちゃねぇ。




