#75 獣人族の窮地
3週間の訓練は、命令を正しく理解して即座に行動に移す訓練やら、走り込みと筋トレ、基本的な動作の反復と打ち込み、それに遭遇戦闘の訓練やら迎撃戦…… 制圧訓練なんてのもやった。もちろん座学もだ。
休みなんてねぇし、教官の怒鳴り声が響きまくってたよ。1日が最低でも32時間は欲しくなるような、そんな密度の高い3週間だった。
「頭の中で戦う事も必要だが、イメージばかりを先行させるな。結局のところ…… 手応えが必要不可欠だ。訓練の一つとして、徒手であれ獲物を使った攻撃であれ、意識して ”何か” に対して打ち込み、斬り込んで感覚を更新する必要がある。一つ一つの動作を最適化するために、一体何が要求されているのか考えろ。実戦で、無意識に最高のパフォーマンスを発揮するためにな」
踏み込みや打突に必要な瞬発力を生み出す筋力、攻撃を受け止める耐久力、攻撃を躱しながらもコントロールの効く柔軟性。
魔力に精神力に……
言い出したらキリがねぇ。
3週間、常に感じ続けたが……
完全に力量不足。何から何まで…… そう、全てだ。
だが、そんな俺と一緒に訓練受けてる奴等は何も言わねぇ。裏で愚痴ってる様子もねぇんだ。
そんな感じでシェフシャでの3週間はあっと言う間に終わり、俺は予定通り本社に戻った。
「ローガンさん、お疲れ様でした。
どうでしたか? シェフシャでの3週間は」
「色々と、足りていないものを自覚出来ました。少しづつでも埋めていければと思っています」
「良い傾向です。
後12日もすれば、書類選考をクリアした受験者に混ざって本採用枠を奪い合うわけですが…… その前に、明日明後日と休暇を与えます」
「休暇…… ですか?」
「えぇ。まったく休みが無かったはずですので、2日間はしっかり休養をとってください。自由に外出して頂いて結構です。ですが、私服ではなく仮採用者用の制服着用でね」
俺は、この2日間みっちり訓練に没頭出来ると思ってた。だが、社長は見透かしたように言うんだ。
「鍛錬は禁止です。ゆっくり過ごしてくださいね」
聞いた話じゃ、制服のワッペンには魔道具が内蔵されてて、後で何をしてたか調べようと思えば可能らしい。
ゆっくりせざるを得ないって事さ。
翌日の朝、俺はシェフシャに向かった。
元々、南部のセレウキア王国出身で、しかも孤児だったから、他国に観光なんて行った事はねぇ。
馬車に乗ってる時に、ストラス王国は散々回ったし、セレウキアに近いからトリア王国もパスだ。で、戻ってきたばっかだが、この2日でシェフシャ観光する事にしたんだ。
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夜のうちに出発して、翌朝にはシェフシャの王都に到着だ。
観光だから、今回は安宿じゃない小洒落た宿にチェックインして街を散策した。
「ねぇあんた、仮採用中かい?」
「ええ、そうですが」
「頑張んなよ? オマケしとくからさ!」
GSUには獣人差別はねぇし、仮採用の俺にも山盛りメシを用意してくれる。
昼に寄った定食屋も、晩飯食った飯屋でもだ。
正直困惑したし、色々勘ぐった。
もしかしたら、GSUの防衛に不可欠なvictory order社の関係者を無碍にすると面白くねぇ事になるとか、立ち寄った店が偶然にもvictory order社の贔屓にしてる飲食店で、関係者ならどこの馬の骨だろうが高待遇なのかとかよ。
そんな事を考えながら、夜の街を歩いてる時だ。
「ん? おい、てめぇローガンじゃねぇか?」
声も変わってて一瞬分からなかったが、俺に声を掛けてきた野郎は、セレウキアの孤児院で殴り合いの大喧嘩した相手、ロドニーって奴だった。
「相変わらずシケたツラしてやがるから、すぐに気付いたぜ。だが、これも神のお導きってやつだ…… 再会を祝って1杯やろうぜ」
ロドニーと、その他大勢の取り巻きに囲まれて、あんまり繁盛してなさそうな酒場に入った。
「俺は、帝国で五本の指に入るレギオンに所属してるんだ。てめぇは何してんだ?」
俺が着てるのは、victory orderの仮採用者とか非常勤の着る白系制服で、いちいち聞かなくても見れば判る代物だ。
「今はvictory orderの社員になる為に、訓練を受けてる最中だ。明日も早ぇんだ、そろそろ……」
「何張り切ってんだ。てめぇみたいな雑魚が頑張ったところで、V.Oの試験に受かるわけねぇだろう? もう少し付き合えよ」
「なぁ、ロドニー。もしかしてコイツが顔面唾野郎か? ギャハハハ!!」
取り巻きもウゼェし、かなり苛ついたよ。
何も知らない奴が、しかも、いけ好かねぇ奴の連れが言うもんだから余計にな。
だが、仮採用者の制服着てちゃ騒ぎは起こせねぇ。社長は、こんな事が起こる可能性も折り込み済みで制服を着用させたのだろうか。
「なぁ、ローガン。この後起こる事を教えてやるよ」
「あ?」
「大金をもらって、俺達と仕事をするか。半殺しにされて、俺達の手伝いをするかだ」
「…… 穏やかじゃねぇな。そりゃ一体何の話だ?」
「簡単な仕事だ。V.Oの警備が交代する時間、在籍してる兵士の数、敷地内の間取り、それを教えてくれりゃあいい」
「…………」
「俺の所属してるレギオンは、少なくともV.Oよりは払いはいいだろうし、雑用も少ねぇ。この情報提供は採用試験だ。
心配すんな、しっかり面倒見てやるからよ」
断れば半殺しにされた挙句、口を割らせる。大人しく喋っても、無事に帰れる保証はねぇ。
もし無事に帰れたとしても、俺は仲間を裏切る事になる。
「身の丈を知るってのは大事な事だぜ?
てめぇみたいな雑魚野郎が夢見てんじゃねぇよ」
ご最もだ。
だが、仮採用のまま終わるにしても死ぬにしても、迷惑だけは掛けられねぇ。
「そうかも知れねぇが、全部お断りだ。
てめぇの使いっ走りは勿論、仲間を裏切るのもなっっ!!」
「そうかよ。だったら死んどけ!!」
「お客さん! 騒ぎは困るよ!!」
店主は、対峙する俺達を止めようとしたが、すぐに無駄だと気付いたのだろう。
大急ぎで騎士団に通報しようと、表に飛び出そうとしたんだ。
だが、取り巻きの一人にとっ捕まってボコボコだ。
「おいオッサン、喚くんじゃねぇよ。
俺達はな、この臭ぇ獣人野郎にお仕置きしてやるだけだぜ?
大人しくしてりゃ、終わり次第出て行ってやるよ」
俺の装備は、支給された手甲だが…… 部屋に置きっぱなしだ。でも、武器は元々備わってる手足だから問題無い。
ここで死ぬのは御免だし、俺はもう昔の俺じゃねぇ。
対多数だろうが、負け戦だろうが、俺は俺の正義を貫き通すだけだ。
「今度は小便漏らしても終わらねぇぜ!!?」
振り下ろされた剣の軌道上にあった身体は無意識に移動し、無意識にロドニーの顎へカウンターを叩き込んだ。
尻もちついて倒れたクソ野郎に、追撃のストレートをぶち込もうとしたが、やっぱり対多数戦は甘くない。
「ぐふぁっ!!」
俺の脇腹に、当然のように2、3発横槍が入った。
「おいおい、らしくねぇぜ? ロドニー」
「ちょいと油断しちまっただけだ。さぁ、お楽しみの時間を始めようぜ」
穏便に済ませたいみたいだから物理しか来ねえ。オマケに、的は俺だけ。
つまり、向かってくる奴を片っ端からブン殴ればいいだけだ。
爪痕を残そうだなんて考えてない。俺は、全員ぶちのめして牢屋にぶち込んでやるって決めてんだ。そのつもりで、迎え撃ったよ。
対多数で丸腰だが、一人、また一人と床に沈めた。だが、20人近く居る馬鹿共の相手は、俺には少し早かったらしい。
「てめぇら何してやがるっ!! 一気に行くんだよ!! 手足ぶった斬って攫っちまえっ!!」
獲物持った大勢に囲まれちまって、もう結末は変わらないだろう。だが、どうせ同じ結末なら、派手に散ってやろうとも思った。
そう思った矢先、店のドアが開いて社長が入って来たんだ。
「マスター、4名ですが席は空いていますか?」




