#74 獣人族の試練
「ローガンさん、頑張っているそうですね。
仮採用になってから、今日でちょうど1ヶ月ですので、戦闘訓練を受けてもらおうと思います」
「!!?」
「ローガンさんには、是非とも接近戦闘術を身に付けてもらいたいので、問題無ければ、シェフシャ支社で3週間訓練を受けていただきたいのですが…… どうですか?」
「ぜひ参加させてください!!」
俺は二つ返事でシェフシャ行きを決めた。
周りには全然付いていけてはいないが、少しは体力に自信が付いたし、社長は俺が白兵戦向きだと思うから、それに適した環境を提供してくれようとしてるってハッキリ分かるだ。
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本社からは、一緒に体力作りやってたヤツらも何人か参加するみたいで、馬車に乗り合わせた。
道中、小さい子供達が馬車に向かって手を振ってくれてるのを何度も見た。
帝国もビビる軍事会社だが、その子達の瞳に恐怖心は微塵もなくて、何故か俺は誇らしく思えた。
そんな癒しの時間も束の間、シェフシャ支社に到着すると、一気に慌ただしくなったよ。
「各自宿泊場所を確認し荷物を置いてこい! 10分以内に第24演習場に集合せよ!!」
大急ぎで自分の部屋番を確認して、大急ぎで荷物を置いた。演習場の場所は事前に連絡があったから、迷うことなく10分以内に辿り着けた。
その演習場には、俺の足を治療してくれた態度のでけぇ小さな女の子と、その横には小柄なメイド…… その背後には、ベテラン社員だろうイカつい連中が10人ぐらい整列してた。
「待っとったで! 私は支社長のシャーロットや! よろしくな!」
「「よろしくお願いします!!」」
「演習場に来てもらったけど、こんな感じや! 今日は見るだけ! 緊張したやろ?」
「「……。いつ訓練が始まっても問題ありません!!」」
「うん、知っとる! 3週間の訓練は、ここに居るベテラン社員がみっちり教えたる!! でも!!
明日だけは、私のベルが直々に教えたる!! よかったな! じゃ今日は解散!!」
「「……。は、はい!!」」
小柄な女の子はどうやら支社長で、どんなイカつい奴かは分からねぇが、明日の訓練は支社長の右腕だろう猛者が担当してくれるらしい。そんな感じで、到着初日は解散になった。
訓練の開始時間は午前10時からで、それまでは自由時間。
俺は、本社組の連中をメシに誘おうかと思ったが、どいつもこいつも険しい顔で部屋に戻って行きやがった。
シェフシャの社員に庭の片隅で訓練する許可をもらい、軽く晩メシを食って自主練開始だ。
自主練って言っても、殴る蹴るの打撃訓練は明日が初めてだから、それが合ってるかどうかは分からねぇが、柔軟体操を終わらせると我流の動きで脳内の敵と気が済むまで戦った。
翌朝、早めに朝メシを済ませて念入りにストレッチしたよ。
どんな過酷な訓練なのか、俺の頭の中はそれだけだったし。
集合時間の20分前に演習場に着いたが、既に8割がた会場入りして整列してた。フル装備で演習場に集合って事もあって、その場の空気は異様を極めた。
どいつもこいつも、死を覚悟したような顔してやがるんで思わず聞いちまったよ。
「おい、今から何が起こるんだ?」
「さぁ、それは分からねぇ。だがな、今日は死ぬ気で臨まねぇとマジで死ぬぞ。言い換えりゃ、今日生きて部屋に戻れたら、しばらくは生きてられるってこった」
「気を付けいっっ!!!!」
ベテラン社員の声が響き、演習場は静寂に包まれた。そして俺達の前に昨日のメイドが現れたんだ。
「静聴せよ。私は、本日の訓練を担当するベルだ。よろしく頼む」
「「よろしくお願いしますっっ!!」」
「訓練を開始する前に、諸君に一つ問いたい。”戦士” を自負する者は名乗りを挙げよ」
「「…………」」
「俺は戦士だ。優秀な戦士だぜ? だからここに居る」
「私もだ。そもそも、ここに居る者は全員が戦士だろう?」
ナホカト支社とトリア支社から来てた奴が噛み付いた。メイドに訓練されたくねぇよって言わんばかりにメンチ切りながらだ。
「他には居ないのか?」
それを皮切りに、整列してた訓練生達は口々に戦士だと言い出した。
「戦士を自負するのなら、証明してみせよ。
私の目には、全員が玉無しのカマ野郎に見えるのでな」
「……何だとっっ!!?」
「はっ! 玉なんざ最初っから付いてねぇんだよっっ!!」
「では命令だ。私に勝利して ”戦士である” と証明せよ。
全員の力を合わせて、丸腰の私に勝利せよ」
いきり立った訓練生達に、ベテラン社員が大声で言うんだ。
「てめぇら!! コケにされたままじゃ終われねぇぞ!!
徹底的にブチのめして、お詫びに頬っぺにキスでもさせてやれ!!」
その直後、俺達は異様な ”音” を聞いたんだ。
まるで、金属が捻じ曲がるような鼓膜が裂けちまいそうな怪音だ。
後で聞いたんだが、あの音は魔力と闘気が一点に集中して、その空間に漂う分子がプラズマになる一歩手間まで運動エネルギーが高まってぶつかり合ってる音らしい。
まったく意味の分からねぇ話だ。
高く飛び上がり、俺の目には完璧にしか見えねぇタイミングで剣を振り下ろした奴は、次の瞬間には演習場の壁にめり込んでた。
何が起こったのかなんて分からねぇ。
立ち向かっていく奴は片っ端から吹き飛ばされ、蹲った。もちろん俺だって立ち向かった。
命令は絶対だし、自分だけしっぽ撒いて逃げ出すなんて絶対にしたくなかったからな。
全力で詰め寄って、全力でメイドを殴った。はずだったが…… メイドは俺の拳を余所見しながら躱すと、手首のスナップだけを使って、信じられねぇ威力のビンタを叩き込んできた。
首の靭帯がちぎれるような音と、ボキボキって首の骨が捻転する音が聞こえて、次の瞬間には演習場の壁に激突して頭からは血が滴ってた。
「てめぇら!! てめぇらがしないといけねぇ事は!! ケツの穴を隠しながら逃げ出す事じゃねぇ!!
相手がどんな化け物だろうが、自分の正義を貫き通せ!! 最悪な状況でも自分を信じて!! 仲間を信じて!! 立ち向かえっっ!!
顔を上げろっ! てめぇらがやる事はたった一つだっっ!!
前を向けっっ!!!」
ベテラン社員の声が、脳震盪気味の頭に響いた。
何でなんだ?
何で、俺の腰の引けたパンチを誰も笑わないんだ?
何で、ビンタ1発でおシャカになった俺を誰も笑わないんだ?
何で、おシャカになった弱ぇ俺を、何で誰も責めない?
何で、誰も貶さないんだ?
色んな事が頭の中を巡っていたが、俺は立ち上がりメイドに挑んだ。
「お前達、誰もが生まれた瞬間から戦士な訳ではない。挫折を味わい、敗北を知り、数多の死線を潜り抜け、矜恃を持ち、真理を知り、やがて優秀な戦士となる。
逃亡しようとした者は皆無だ。全員明日からの訓練に参加する事を許可する」
そこで意識は途絶えた。
気が付いたらベッドの上で、怪我は粗方治療されてた。




