#73 獣人族の仮採用者2
その日は来た。
そりゃ、物を落とせば下へ落ちるように、太陽が昇って沈むように、寝て起きたら次の日の朝になってるのは生きてる限り当たり前の事だ。
当たり前の事だが、ここだけの話、夜中に20回は目が覚めたぜ。
「仮採用になったローガンです。社長のライン……」
「貴方がローガンさんね、聞いてるわ。
社長は執務室でお待ちかねよ」
少し派手なネイルに、高いヒール。
案内してくれている受付のお姉さんは、華奢だが戦力は俺の遥か雲の上。
戦闘ど素人の俺でも判る、異様なオーラを放ってた。
そのお姉さんは、一つのドアの前で立ち止まり、軽くノックした。
「どうぞ」
半日も経たない内に再開した訳だが、相変わらず圧を感じないし、物腰も柔らかい。
「10分前、時間に正確ですね。
早速本題に入りますが、仮採用の期間は2ヶ月間。社員寮の一室に住み込んで生活して下さい。社内でのルールは、先輩社員が優しく教えてくれるでしょう。本採用されるか否かは、約2ヶ月後に行われる採用試験後に発表されます」
「採用試験? ですか?」
「えぇ。再来月、我が社は採用試験を実施します。
定員は各支社で50名ほどと少ないですが」
大量採用なら希望も持てるが、その募集人数を聞いて、俺は愕然とした。
冒険者ギルドの無いGSUで、victory order社は、レギオンに所属したくねぇ元冒険者が就職したい勤め先No.1だ。
そんな連中と、50個しかねぇ椅子を取り合う事になる。
正直な話、考えただけで吐き気がしたよ。
「…… 仮採用の期間中、貴方が理解すべき事は、会社の規則や寮生活でのマナーではありません。
それを知る機会が与えられた事は、他の応募者には無いアドバンテージです。
しっかり活かして下さいね。
話は以上です。この後は、この部屋まで案内してくれた女性…… エヴドニアの指示に従ってください」
執務室を出ると、そのエヴドニアって受付のお姉さんに連れられて、割り当てられた部屋とか、会社の中を見て回った。
「戦闘は未経験ってことで良いかしら? 自前の装備は無さそうだし」
「じ、実は戦闘が怖くて……」
「……いいんじゃないかしら? 血圧は人それぞれだし、そのぐらいの方が長生き出来るわよ? でも、此処は民間軍事会社だから戦闘は避けては通れない。装備を調達するわ。
あなたの適性は……」
お姉さんは、持っていた資料に目を通すと武器庫に向かって歩き出した。
辺り一面武器だらけ。だが、目を見張るような代物は見当たらない。
「ここは、仮採用だったり期間社員だったりって人のための武器庫なの。大した物は無いけど、鈍ってこともない。で、貴方の装備はコレよ」
お姉さんは、辺りを見渡すと手甲と脛当てを見つけ出して、俺に渡してきた。
てっきり剣だのナイフだのを想像していた俺は、明らかに攻撃用の手甲に言葉を失った。
「これは手足を武器化するまでの保護具だと思いなさい。丸腰で強いなんて、実は最強だと思わない?」
「これに……適性があるって何で分かるんですか?」
思わず聞いちまったよ。
何せ、俺はガキの頃の話だが、殴り合いの大喧嘩でコテンパンに伸されてる。
それ以来ビビっちまって、その手の状況は避けながら生きてきたんだ。
「社長の見立てでは、あなたは攻撃術式の訓練よりも、コレを使った接近戦闘術を伸ばすべき…… らしいわ。それと訓練の時に着る服よ。多めに持っていきなさい」
よく分からねぇけど、俺は白兵戦向きだったらしい。
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装備と訓練用の服、それに仮採用者用の制服を渡されて部屋に戻った。
訓練は明日の早朝から行われるって言ってたから、今日は早めに飯食って寝ることにした。食堂は24時間使えるらしく、メニューから好きなものを好きなだけ注文しろって教えてもらった。
個室もあって、装備も制服も貸与で、メシも無料。それだけで、俺には破格の待遇だ。
翌日、俺は訓練用の服に着替えて演習場に向かった。社長曰く ”少し前に入社した社員達” に混ざって基礎体力作りだそうだ。
「彼は、仮採用になったローガンだ。今日から皆と一緒に訓練に参加する。よろしくやってくれ」
「よろしくお願いします!」
「ローガン、しばらく基礎体力作りだが、その間も上官の指示は違える事無く実行しろ」
「は、はい!」
「外周を走れ。魔法の使用は禁止、1周走り終えた者から自由時間とする。さぁ行け!!」
上官が ”行け” と言った瞬間、その場の全員が走り出した。
俺も釣られて走り出したが、すぐに気がついたよ。
どいつもこいつもマトモじゃねぇ。って
全力で走っても追い付かない速度で、どいつもこいつも走って行くんだ。後で聞いたが、コイツらは入社前に英才教育を受けてた訳でもない。実家で農業やってたとか商売の手伝いしてたとか、そんなヤツらだ。中には元冒険者も居たが、その差を殆ど感じないぐらい高い身体能力だった。
しかも、victory orderの敷地は広い。
多分だが、1周100km以上はあるだろう外周を、その速度でだ。
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「エヴドニア、彼はどうですか?」
「さぁ、社長が仮採用を認めたのよ? 私に言える事は何も無い。そうでしょ?
どうなるかは分かんないけど、でも、あの眼は嫌いじゃないわ」
「私もですよ。彼は、とても良い眼をしている。ぜひ本採用を掴み取ってもらいたいものです」
「…………」
「彼が、1ヶ月間根を上げなければ…… 予定通り、シェフシャ支社の訓練に参加させます」
「…… 進捗は適宜報告するわ。久々に楽しみね。分隊副隊長選抜プログラムにいきなり放り込むなんて正気の沙汰じゃない」
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俺が走り終えたのは、スタートから16時間後のことだった。早い奴は3時間位でクリアして、自主練に精を出してたらしい。
victory orderの待遇は良い。
だが、相応の力がなけりゃ生き残れねぇ。
それを初日から痛感させられた。
この基礎体力作りの間は、一切休みは無いらしく、ゆっくりしたきゃ課題をさっさと終わらせるしかないらしい。
「おいローガン。気にする事はねぇ、最初はあんなもんだ。
俺も勿論、ここに居る全員がそうだった」
「…… うすっ」
「肝心なのは、出される指示をよく理解して、必ず遂行する事だ。頑張れよ!」
「うすっ!!」
ここの連中は…… いや、少なくとも俺が会った奴は皆フレンドリーだ。
貶す奴は居ないし、寧ろ気遣ってくれる。
多分、社長が特例で仮採用したって経緯も知ってるんだろうし、社長の顔を潰さないように気を使ってるんだと思う。
そんな事を考えながら、俺はメシをかき込んで速攻でベッドにダイブだ。
「昨日、5時間以内にクリア出来なかった者は、引き続き外周を走れ。クリアした者は池に移動しろ! スイミングスクールだ!」
俺は毎日走ってた。少しづつ自己ベストは更新しているが、付いて行ける気がしねぇ。
だが、諦めわけじゃねぇんだ。
戻りたくねぇんだよ。
過去の自分に。
走り続けて数日、股関節やら膝やらが軋んでどうしようもねぇ。その日もなんとか走り切って、なるべく早く横になりたくて、大急ぎでメシを食った。
メシを食い終わって席を立とうとしたが、足が言う事聞かねぇ。部屋にも戻れねぇし、明日、辛うじて演習場まで行けたとしても、恐らく追い返されるだろう。
もし追い返されたら、俺はどうなっちまうんだろうって考えたら、痛みと不安が合わさって冷や汗が滝のように流れた。
「なー、お前ローガン?」
「え?…… は、はい。ローガンです」
「めっちゃ顔色悪いやん! そんなんでベルの訓練受けれんの?」
「え? ちょっと足をやっちまっただけで!! すぐ治りますんで!!」
「治らんかったらベルの訓練受けれへんやん!! ええの!?」
「いえ、受けさせてもらえるのなら是非受けたいです……!!」
「よし!! 私が治したる!! ヒーラーやからな私は!!」
なんか、やたらと態度のデカい小柄な女の子に絡まれた。この人が、シェフシャ支社の支社長だって知るのは、そう遠くない未来だ。この日、この人に会ってなかったらと思うと、今でも寒気がするよ。
その日、偶然かどうか定かはじゃないが、シャーロット様に治療してもらって完全回復した俺のタイムはみるみる短縮されていった。
5時間以内には無理だったが、俺は筋トレに時間を使えるぐらいには早く走れるようになった。いつの日か、戦闘訓練が始まった時のために死にものぐるいで鍛え続けた。そんなある日、社長から呼び出しがあった。




