#70 レギオン
帝国に向かうセレウキア王国のキャラバンに荷物を預け、その日は、街の大衆酒場で1杯やる事にした。
「旦那、カウンターしか空いてねぇけどいいかい?」
「えぇ。肉串の盛合せと、いつもの酒を」
店は繁盛していて、見渡せば冒険者パーティと思しき団体と、近所の飲んだくれ、それに奥の目立たない席にはvictory orderの社員の姿があった。
GSU領内で見掛ける冒険者は、セレウキア王国か帝国で仕事をとる者達だ。店に居た者達は、身なりから魔物の討伐依頼で稼いでいる…… いや、稼げている連中だ。
帝国がGSU領内のギルド支部を閉鎖し、サファヴィー公国が消滅してからというもの、帝国領とセレウキア王国になだれ込んだ冒険者達の間で、依頼の争奪戦が起こったのだ。
名の通った冒険者パーティが、たんまり稼げる討伐依頼を独占した結果だろうか、やがて ”レギオン” と呼ばれる私的な武装組織が無数に誕生していた。
「ったく、皇帝のクソ野郎がギルド支部を閉鎖してくれたおかげで、俺達は小間使いに成り下がっちまった。イヴエの森で魔物を狩れって言ってきやがったとおもえば、今度は帝国領の小競り合いだ。やってらんねぇよクソッタレ」
「でもよ、元はと言えばV.Oが原因だろ? V.Oが居るから、GSUに加盟してる国は調子コイてる。クソッタレは皇帝じゃねぇよ、V.Oだ」
まぁ、立場が変われば見方も変わる。
彼等の立場から見える景色と、我々の見る景色が違うのは仕方の無い事だ。
だが、ギルド支部を事前の通告も無く閉鎖したのは、紛れも無く帝国だという事実は変わらない。
「だ、旦那…… 」
「マスター、大丈夫ですよ。今夜も店内では何も起こりません。victory order社に在籍する全ての社員は、とても気高く、容易く感情に身を任せるような者達ではありません。
それに私も社員達も、この店を出禁にされると都合が悪い」
店の外で喧嘩を売られれば、遠慮無く半殺しだ。店内で気を遣うのは事実だが、舐められっぱなしでは終われないのも事実。
結局、冒険者達は店を出て行き、何事も無く独りの時間は再開した。
「ククク…… 部下が誘拐されそうになったばかりだというのに、護衛も付けずに晩酌とは恐れ入ったぞ。ラインハートとやら」
「…………」
と思ったばかりだ。
背後から、街で聞こえてはいけない言葉が聞こえたのだ。
だが……
「でも…… 結局、無事だったから良いのかな?」
「良くはない…… ですよ。まだ、私の頭の中は罪の意識が充満している。
帰り道に、もしまたルミナに万が一が有ったらと思うと怖いのです」
横に座ったのは、ルミナだった。
私が自責の念に駆られていると思ってやって来たのだろうか? それとも、誘拐未遂があった後にも関わらず、1人で飲み歩く馬鹿な上司に嫌気をさして辞表を叩き付けに来たのだろうか……
「だったら、早く帰りましょう?」
言われるがままに会計を済まし、客待ちの馬車にルミナと乗り込んだ。
城下町からvictory order本社までは40分程だが、その僅かな時間の中で、ほんの僅かな時間を除いて、ルミナは私の腕に頬を寄せ、手を握り続けた。
ルミナは、気が滅入っている私のフォローと、道中に発生しうる自身への危害に対する対処を同時に行ったのだ。
事実、我々の乗った馬車は下賎な輩に絡まれてしまったわけだ……
まったく、彼女の先見の明とやらには恐れ入る。




