#7 起業
歩くこと1週間。
私達は、遂に国境を越えて ”西トリア” という国に入国した。
この国の隣には ”東トリア” という国があるのだが、警備が緩いという理由で西トリアに入ったのだ。
お察しの通り、この2つの国は元々1つの国だったのだが、何かしらの理由で分断された状態なのだそうだ。
そして、私達が訪れたのは、アルテブという中々賑やかな街だ。
「チェスターにも在りましたが、あの店は何ですか?」
少し気になる店があるのだ。
少し大き目の店舗に、保存の効く食料や日用品、インテリア用品にガーデニング用品まで揃っている。
「雑貨屋よ? 気になる物でもあった?」
「いえ、周りは専門店ばかりなのに、この店だけ様々な品物を扱っていたので」
便利な店だと思った。
「宿も取ったし、ライの冒険者登録に再チャレンジしようと思うんだが、どうだ?」
「さんせーい!」
シドの提案で、ギルドに行ったのだが結果は同じ。
それどころか、大問題が発生してしまったのだ。
「よく来たな、お前達。
フックス殿からお達しだ。
お前達が国境を越えた場合、問答無用で冒険者登録証を剥奪せよとな。
馬鹿野郎共が、とことん嫌われてやがるぜ」
「ちょっと待ってくれよ! ギルドマスターとして、そんな越権行為を認めて良いのかよ!?」
「うるせぇよ。
言う事聞いてりゃ、座って茶飲んでるだけで給料が出るって寸法だ。
それによ。今回、俺が見逃しても次の街で没収されんだ。一緒だろうがっ! あばよ!!」
「そんなぁ……」
と、こんな事があったのだ。
勿論、意気消沈した彼等はフラフラと甘味処に入り、心の傷を癒そうとするのだが、最早スイーツ程度で修復出来る傷では無い。
いつもなら、スイーツが運ばれてくるや瞳を輝かせて大興奮する女子2名も、今日はお通夜だ。
甘味処に入ったのは、野生動物の帰巣性のようなものだろう。
私は、彼等に何と声を掛けたら良いか分からなかった。
4人は、自分とスイーツの間の何も無い空間を、瞬きもせず、ただただ見つめているのだ。
放っておけば、閉店まで居座り眺めるだろう。
半刻が過ぎた時、私達のテーブルにやって来た店員が妙な事を言うのだ。
「お連れ様がいらっしゃいました!」
澱んだ空気に当てられたのだろうか。
遂に幻聴まで聞こえてくるなんて、末期だと思った。
「よぉ! 数日ぶりだな!
聞いたぜ?
冒険者登録証を剥奪されたらしいじゃねぇか! 気持ちは分かるけどよ、前向きに生きていこうぜ? な?」
幻聴にしては、癇に障る。
横目で隣を見ると、とんでもない巨漢と胡散臭い優男。
そう、ヴィットマンとエスカーが相席していたのだ。
「久しぶりですね。
どうやって街に入ったんですか?」
「あぁ、奴隷商のオッサンを脅したんだ。
奴隷モドキってヤツだ、すんなり入れたぜ?
もっと早くやっとくべきだったな」
これが英雄の成れの果てだ。
そんな手口で不法侵入を繰り返していると、すぐに噂が広まって、後で痛い目見るだろうに。
「2人共、約束覚えてます?」
「そうよ。私達、今ストーカーの相手出来る精神状態じゃないんだけど」
ルナの冷めきった目線に怖気るエスカーをよそに、ヴィットマンが口を開いた。
「剥奪されたものは仕方無い。
しかし、安心するがいいぞ」
「ヴィットマン、何か秘策があるのですか!?」
総立ちになる4名を見ながら、ヴィットマンは続けた。
「秘策など無いわ。
お前達、我々を見ろ。
何とか生きてるだろ? 冒険者登録証が無くても死ぬわけではないのだ」
何度も言うが、これが英雄の成れの果てだ。
「あのさぁ…… 私達、華奢で見た目麗しい乙女だけど、何気に戦闘民族なんだよね。
伊達で冒険者やってた訳じゃないのよ。
分かる?」
まぁ、結構最初の方から薄々勘付いてはいたが、シドやテオは勿論、彼女達も嫌々冒険者をやっていた訳ではないのだ。
戦闘民族を自認する彼女達に、カタギの仕事をさせても長くは持たないだろう。
勝手に相席して来た ”元” 英雄の様に、落ちる所まで堕ちる前に何とかしなくてはならない。
「それで? 私達を笑いに来たわけではないのでしょう?」
「おう! それなんだけどよ。
お前ぐらいの手練だったらデカい討伐依頼も受けられる!
俺達も手伝ってやるから、そのおこぼれを……」
「あの…… ちょっといいですか? 私も冒険者登録出来ないんですよ」
お通夜が終わったかと思えば、今度は元英雄諸共葬儀に参列した様だ。
「質問です。
貴方達は、親戚や知人等、頼れる知り合いは居ないのですか?」
「元部下はいるぜ。
でも、俺達同様、冒険者登録証は剥奪されてる。
今は、各地に散ってパートタイムジョブで食い繋いでるんだ」
「民間人って事ですか?」
「そう! 俺達と違って、街の出入りは出来るんだぜ?
…… 俺達のせいで冒険者登録証取られちまったんだ。だから、俺達は彼奴らを食わしてやらねぇといけねぇ。
でもよ、当の俺達がこのザマよ。
連れ回しても路頭に迷うだけだ」
「何人いるんですか?」
「すぐに動ける奴は30人程だ」
「パートタイムジョブと言いましたが、その人達は山賊のバイトか何かしてるんですか?」
「「…… 違ぇよ」」
しかし、見事に無職ばかり集まったものだ。
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この調子では、どの街に行っても同じ事だろう。
ならば、街を転々とするよりも拠点を持った方が良いと思った私は、無職諸君にある提案をしたのだ。
「皆さん、一つ提案があるのですが聞いてもらえますか?」
「何? それは、戦闘民族を納得させられる提案なの?」
「えぇ、勿論です。
ただ、色々と動いてもらう事になりますが」
西トリアを出国し、私達が向かったのは東西トリアと国境を接する小国 ストラス。
南部から大陸中央に抜ける要衝だ。
この国を拠点に、上手い事商売がしたい。
ルナさんは、役所に住民登録へ。
ルミナさんは、商工会へ。
テオさんは、不動産屋へ。
シドさんは、諸々の調査へ。
元英雄と私は、宿屋で留守番を。
留守番組は、冒険者登録さえ出来ないのだ。住民登録出来る筈もないので、他の4名のみストラスに住所を移した。
「ライ。調べて回ったけど、大体お前の予想通りだ」
「ありがとうございます。
では、例の物件を購入しましょうか」
ミアに貰った金塊を換金し資金を作った私は、街外れにある山付きの広い土地と屋敷を購入したのだ。
因みに、山の向こうはトリアである。
「ラインハート。我々の部下を呼び寄せたが、本当に面倒見てくれるのか?」
「えぇ、勿論です。
一定期間の研修を受けてもらいますが」
その後、英雄2人の部下も呼び寄せ、整地をしたりリフォームしたりとアッという間に2ヶ月が過ぎた。
「さぁ、いよいよ営業開始ですよ」
戦闘民族にカタギの仕事は務まらない。
しかし、我々は冒険者登録が出来ず、依頼そのものを受けられない。
ならば道は一つ。
企業として仕事を請けるのみ。
元魔王軍の私は、人間の国で起業した。
民間軍事会社 Victory order
を設立したのだ。