#68 魔将アグスティナの元へ
幹部達が、ベルの心を病む話を聞いている頃。
私と魔王ミアは、アグスティナの元を訪ねていた。何時までも捕虜にタダ飯を食わせておくのは勿体無いので、さっさと帝国との交渉を始めたいのだ。
「ミア様!!? も、申し訳ございません。
本日戻られる予定ですが、少佐は第4作戦区にてビエラソ様と面会中でございます」
「戻るまでアグスティナの部屋で待たせてもらうわ。いいわね?」
「はっ!! ご案内致します!」
運ばれてきた茶を飲みながら、魔王ミアと2人きりでアグスティナの帰りを待った。
魔王ミアとアグスティナは、同じ魔王軍に所属しているだけで、特に接点は無いと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
魔王ミアは優雅に紅茶を愉しみながら、アグスティナに魔法の基礎を教授した時の話をし始めたのだ。新兵時代のアグスティナは努力こそ人一倍していたらしいが、なかなか才能が開花せず腐りかけていたそうだ。
そんな不良魔族1歩手前だったアグスティナの才能を見抜き、定期的に手解きしてやったのだそうだ。そんな話を初めて聞かされた私は、少しの嫉妬と、一つの疑問を感じたのだ。
私は自分だけが特別扱いされていたと思い込んでいたようで、非常にショックを受けたのだが、まぁそれは後だ。
本題は、もし魔王ミアの捜索が、魔王軍本部の正式な命令ではなかったとしたら…… という疑念だ。もし、本部以外の命令だとすれば、それはとんでもない話だろう。
遠方の魔力反応を探知する専門部隊にアクセスする権限は、本部勤務の制服組だけが持つものだ。つまり、少佐とはいえアグスティナに権限は無く、本部の高官が個人的に命じている可能性もあるのだ。
「ミア様、アグスティナは本当に本部の命令で動いているのでしょうか?」
「さぁ。本部の命令なら、私の無事を確認すれば引き揚げるでしょう」
そんな事を話していると、部屋に魔法陣が現れ、抜群に不機嫌なアグスティナが戻って来たのだ。
ガシャンッッ!!
「クソがぁっっ!! 此処ぞとばかりに私を弄びやがってっっ!! 殺すっ!! 絶対に殺してやるっっ!! …………え?」
「「…………」」
激昂していたせいだろうか、物に当り散らして叫び声を上げるアグスティナは、一息つくまで気配を隠しもしていない我々に気付かなかった。
それも問題だが、本当の問題はその後に起こったのだ。
「…… あ …… あぁ」
「「…………」」
彼女は、極度の挙動不審になりながら亜空間から取り出した鎧を装備しようと、震える手を必死に動かし藻掻き始めた。
「アグスティナ、確か第4作戦区に行っていたのですね? それにしては、服装がラフ過ぎませんか?」
「アギー、久しぶりね。
その服、とても可愛いわ」
「くっ! お久しぶりですが早速殺してくださいっ!!」
アグスティナの服装は、女性らしいパステルカラーのお洒落なワンピースだ。
サングラスと帽子で魔眼と角を隠せば、誰も魔王軍の兵士とは思うまい。
「貴女は、今ミア様から ”アギー” と愛称呼びされていましたね? 私は、再開した初日以外、そのままラインハートと呼ばれているので、その時点で非常に貴女の存在を不快に思っています。
なので、お望み通り殺してやりますが、それは、この質問が終わった後でです。
貴女は、誰の命令で、何の目的でこの大陸に来たのですか?」
座り込み、前髪を垂らして表情を悟られまいとするアグスティナは、か細い声で呟いた。
「…… そ、それは」
「はっきり喋れっ!! それでも貴様は軍人かっっ!!」
器の小さな私は、弱りきってるアグスティナを怒鳴りつけた。許せなかったのだ。魔王ミアに ”アギーと呼ばれている” この女が。
業務外でビエラソの部屋を出入りしているというダーティーな噂もある、この魔族のクソ女が許せなかった。
恐らく、シスコンを拗らせたアグスティナは、ビエラソの権力を使い、魔王ミアの魔力反応を探したのだろう。
その結果、検索履歴からvictory order社がバレ、勿論、私の存在も魔王軍にバレたのだろう。
「私は…… 私の個人的な事情で、ミア様の捜索をでっち上げたのだ……
鬼ヶ島のオーガ共は、お土産を楽しみに黙々と働いていた…… 騒いでなんかいないのだ」
「それで? 貴女の個人的な事情とは何です?」
「お前が心配だったのだ…… 軍を抜けて行方不明となったお前の安否が心配だったのだ!!
私は、索敵部隊の少尉を半殺しにして調べさせた。しっかり口封じもしてな。
すると、お前の魔力反応は人間の領土に有った! 私は居ても立っても居られずゴンドワナ大陸に飛んだ。そのタイミングでミア様は長期休暇を取っていたので、お前の元に居るに違いないと思った!! それが全てだ!!」
「なるほど。結局、その個人的な事情とやらで、私の所在が魔王軍に……」
「ライ、もういいでしょ?」
久しぶりに私を ”ライ” と呼んだ魔王ミアは、ニッコリと微笑み、私の話を遮った。
そして、力無く床に座り込むアグスティナの前髪をかき分け、言ったのだ。
「ビエラソは、今日もいい仕事をしたわね。アギー、とっても素敵よ」
「いい仕事…… とは?」
「くっ! ミア様! 殺してくれないのであれば自ら死んでやりますっ!!」
「ビエラソは、アギーにオシャレをさせているの。化粧をしたり、可愛い服を着せてみたり、嫌がってる貴女に無理矢理…… ね?」
そう言われれば、アグスティナの瞼には明るめのアイシャドウが置かれ、目頭にも白系の色が乗せられている。
彼女の紫の魔眼によく似合っているし、獰猛な魔王軍の兵士という素性を知らなければ、女の子らしさを感じるであろう愛されメイクだ。
私は、謝りはしないものの、色々と勘違いしていた事を反省した。彼女は、私に軍に戻って来いと言うために、わざわざこの大陸に来ていた。つまり、私を必要としているのだろう。
実力が実力だけに枕営業目的ではないとは思っていたが、ビエラソの性的要求を断れない腑抜けた心の弱いクソアマでもなかった。
なので、私は言ってやったのだ。
「死ぬ必要はありませんよ。
アグスティナ、普段は凛々しい精鋭の顔ですが、今日の貴女は、とても可愛らしい女性の顔です。
私は、そんなアグスティナも素敵だと思いますよ」
まぁミア様が隣に居る状況では、化粧をしたアグスティナなどモブ以下だ。
結局、アグスティナは顔を洗い、鎧を装備して部屋に戻って来た。
漸く面と向かって話を出来る状態となり、茶番は終わったのだ。




