#66 狩り
「クソッタレッ!! 何で俺が逃げ回らなきゃならねぇんだっ!!
早く仲間と合流しねぇとやべぇっ!!」
2週間に及ぶ情報収集が終わり、victory order社は工作員狩りを開始した。
各国支社には、手段も捕らえた後の処遇についても指示はしていない。各支社には、ただ ”虫けら共を狩り尽くせ” とだけ指示してあるのだ。
我が社の兵士から逃れようと逃走を続ける工作員は、何故か接触を避けてきた仲間と合流をするという愚行に走った。
「おい! 転移魔法陣を用意しろ!!
もう何人か V.O の連中に捕まっちまった!! ……!?」
大急ぎで宿の一室に駆け込んだ工作員は、綺麗にベッドメイキングされて無人となった部屋を見て愕然とした。
「お客様、客室への出入りは受付を済ませてからでないと困ります」
「うるせぇ!! ここに泊まってた奴はッ!? ……!!?? あ……」
振り返った工作員の血圧は急激に低下し、全神経が研ぎ澄まされた。背後から声を掛けて来た宿屋の従業員の姿が、いつの日かニュース映像で見たサファヴィー公国を滅ぼした侍女と酷似していたからだろうか。
その耳は周囲の僅かな雑音をも遮断し、脳は大量のアドレナリンを分泌したのだ。
「い、いや…… 何でもねぇ。俺の勘違いだったみたいだ」
(何とか…… 何とかこの場をやり過ごさねぇと)
ドガッッンッ!!!!
宿屋の壁面が内側から吹き飛び、通りには、その残骸と虫の息となった工作員が転がっていた。
そんな非常事態に、道を行き交う人々は疎か、市内を巡回する騎士さえも無反応だ。宿屋の壁面が吹き飛んだ事も、死にかけの工作員が転がっている事も、その全てが見えていないかの様に誰もが無反応を極めた。
「ヒュー…… ヒュウ……」
「お連れ様は、昨夜victory order シェフシャ支社に連行しました。ご安心ください ”まだ” 生きておられますので」
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「何するんだい!! ちょっ!! 誰かぁぁ!! その男を捕まえておくれぇっっ!!」
トリア王国の城下町で、青果店の売上を強奪した男は、その売上金を手に騎士団詰所に駆け込んだ。
「はぁ…… はぁ…… 今! そこの果物屋のババァから金を奪ってやったぜ!! はぁ…… はぁ…… 俺は強盗してやったんだ!!」
「…… あ? おい、よく聞けクソ野郎。ここは頭の病院じゃねぇ。トリア王国騎士団の詰所だぜ?」
「ホントなんだって!! 俺は、今そこのババァから金を奪ったんだぞっ!!」
「あぁそうかよ。わざわざ出頭してくるとは、さぞかし根は真面目な奴なんだろうな。悪ぃが俺達は忙しいんだ、今日は見逃してやるから、もう2度とダセぇ事すんなよ? 2度目はねぇぜ?」
騎士は、その男から売上金を受け取ると、問答無用で詰所から追い出したのだ。
言わずもがな、男の目的はブタ箱に入ることだ。victory order社の者に捕まる前に、騎士団に捕まってしまえば手出し出来ないと思ったらしい。そんな事をするバカも居る。
しかし、彼の思惑は空振りに終わり、目の前にある固く閉ざされた冷たい鉄製の扉が、とてつもない絶望を感じさせる。
「おいおい、そんなつまらねぇ話より、お前の武勇伝が聞きたいのだがな。victory orderに喧嘩を売った話とかをよ」
工作員の男が振り返ろうとした瞬間、一瞬だけ見えた巨大な掌。
視界は一瞬で覆い尽くされ、意識が途絶えた。
それもそのはず、騎士団詰所の鉄製の扉を粘土の様に容易く変形させる掌打が、彼の頭部に炸裂したのだ。
「扉の修繕は、そうだな…… 本社かラインハート個人に請求しといてくれ」
「ヴィットマンさん、粗方片付いたかい?」
「まぁ、ぼちぼちだ。後3日もありゃゴミ掃除は終わるだろう。それまで騒がしいかも知れねぇが我慢してくれ」
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各支社の地下牢では大勢の工作員達が収容されているのだが、そこは異様な静けさに包まれていた。
「聞いたかよ。本社に連行された連中は、一人残らずあの世行きになったらしいぜ」
「まさかルナ様がキレちまったとか!?」
「ちげぇよ、キレたのは社長だ。
黙りキメこんでるバカ全員を、ミートパテにしてイヴエの森に捨てに行かせたらしい」
「良いのかよ、折角捕まえたのにアッサリ殺しちまって」
「ダメだと思うんだけどよ。社長はSSランクで、事実上 victory order社最強だろ? それに、滅多に怒らねぇ人にだから余計に怖くて誰も文句言えねぇんだとさ」
「確かに怖ぇな。考えただけで小便漏れそうだ。
まぁ、しょうがねぇ。
コイツらは面白半分で蜂の巣突ついてたつもりかも知れねぇが、バカな奴らだぜ。蜂の巣なんて可愛いもんじゃねぇ、コイツらが突ついてたのは龍の巣だよ」
「そのうち、俺達にも生ゴミ捨てて来いって指令が出るかもな。そんときゃ頼むぜ?」
「はぁ…… 何でもいいから白状してよぉ、せめて液体だけは回避してもらいてぇぜ」
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「ビエラソ様、アグスティナ少佐がお見えです」
「…… 珍しい事もあるものだな。通せ」
私が工作員狩りに精を出している頃、アグスティナは、約束通りゴンドワナ大陸駐留軍第4作戦区の司令官 ”魔王ビエラソ” の元を訪ねていた。
整った顔立ちに、程よくビルドされた体躯……
豪華なソファに身体を埋め、一見無防備を極めているが、何とも近寄り難い空気を纏っている。夥しい数の実戦を経験しながらも、対勇者戦以外ほぼ無傷で潜り抜けてきた圧倒的強者だけが醸すオーラだ。
「ビエラソ様、お久しぶりです」
「久しいな。アシェルが軍を抜け、お前がB.O.1に昇格してからは初めてか?
不正規戦部隊故に、どこで何をしているのかサッパリ情報が入らなかった。
が、元気そうで何よりだ」
挨拶も程々に、アグスティナは本題に入った。知らぬ仲では無いが、彼の心一つで魔王軍本部が介入してくる厄介事に発展するだろう。
「この私に、その場へ出向けと?」
「詳細については後日となりますが、一先ずビエラソ様のご意向を」
「アグスティナ。貴様は此処が何処で、誰の部屋か分かっているのだろうな?」
アグスティナの話を遮り、魔王ビエラソは右手を挙げた。
部屋にはビエラソの側近が現れ、アグスティナの武器と鎧を回収したのだ。
「アグスティナ様、失礼しました。
獲物はお帰りの際に返却いたします」
「アグスティナよ。私は軍人だが、貴様よりも遥かに地位の高い上級将校だ。ドレスコードに目を通しておくのはマナーだぞ」
「!!?」
拳を握り締めるアグスティナに、魔王ビエラソは言った。
「その茶番に付き合ってやってもいい。
勿論、本部には内密にだ」
「!?」
「だが、私もそれなりの報酬を貰わなくては割に合わん。そうは思わんか?
勿論、前払いでな」
「くっ! …… 約束は必ず守ってもらうぞっ!!」
「勿論だ。さぁ、奥の部屋へ行くがいい。
アシェルに熱を上げるのは良いがな、私をお座なりにする口実にはならんぞ」
幾重にも結界が重ね合わされた部屋に入ると、抵抗するアグスティナを力任せに捩じ伏せ、魔王ビエラソは事に及んだ。




