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#61 思惑通りにはならないという話

今日は加盟交渉の当日、協議は午後からなのだが、仕事熱心なGSU加盟国の君主はザーヒルも含め、午前9時から安全保障本部に集まっていた。

高官である私は勿論、主席報道官のテオも会場を訪れていて、彼と面と向かって話をするのは久しぶりだった。


「ライ、結構前からなんだけどよ、街を歩くのにも護衛を付けないといけなくなったし、俺のプライベートが無いんだが」

「テオは、女性ウケがいいだけなので護衛は必要ないかも知れませんね。クラスも剣聖ですし」

「…… 確かに、街をほっつき歩いてりゃマダム達に追い回されるなんて日常茶飯事だ。高がそれだけと思うかも知れねぇが、これが結構なストレスなんだよ。せめて追い回されないようにする方法は無いのか?」

「一つ、良い方法がありますよ」

「え!? あんのか!?」

「えぇ、あります。ですが、それを教える前に会ってもらいたい方が居るのです」


まず私がテオに会わせたのは、ナホカト国の王様 レオノールだ。

テオは、レオノールと遭遇する機会は頻繁に有るが、軽く挨拶を交わすのみ。私が遠隔で操作しているから直接話をする機会が無いので2人の関係などその程度のものだ。


最初こそ嫌がったが、テーブルの向こうにいる相手は君主で、最早、テオに逃げ場はない。


「前々から、君とはゆっくり話がしたいと思っていたんだよ! 君の為人を知っておきたくね」

「為人!? 何故です!?」


レオノールは、元々テオに良い印象を持っていたようだが、今日、根掘り葉掘りプライベートな事を聞き、他愛もない世間話をしながらその印象は確かなものになったようだ。

その後、テオを連れて向かったのはゲストルームだ。


「お父様、会いたかったです!」

「ベル、久しぶりですね。私もa…… 」

「ラー! まだ始まらんの? テオお久やな!」

「…… まだまだですよ。豪華な昼食を用意しているので楽しみにしておいてください。

それはそうと、ロレーヌ様は?」

「お姫様? パパの所ちゃう?」


シェフシャ王国で支社長をしているはずで、そもそも呼ばれてもいないシャーロットが部屋に居たが、よく有る事なので気にはしない。

仕事が順調に回っていれば問題無いし、何よりベルに会えるので、私は一向に構わないのだ。


「ラー、お姫様めっちゃ可愛いな!

上品やし、気が合うわ」

「それは何よりです。ハハハ……」


私がテオに会わせたかったのは、ナホカト国の王女ロレーヌだ。

マダムに追い回され、困り果てている彼を解放する為の最適解は、ずばり王族との婚約だろう。

ナホカト国には、後継者候補として有力な貴族家も有るが、レオノール曰く、いまいちパッとしないらしい。このまま行けば、ロレーヌが女王として統治する事になるのだが、やはりレオノールとしては心配なのだそうだ。

そこで、GSUの主席報道官を務め、victory order社ランクでS−の腕を持ち、整った顔立ち…… そんな優良物件なテオなら、婿として申し分無いと思うし、美しいロレーヌが婚約者だと知れば、マダム達はシッポを巻いて逃げ出すだろう。


「ラインハート様! ……いつからこちらへ?」


久しぶりにテオを交えて談笑していると、ロレーヌが部屋に来た。

私は、早速テオを紹介したのだ。


「いつも定例会見を拝見しております。

とても気を遣う職務でしょうに、堂々と対応されている姿はとても頼もしいですわ」

「…… ど、どうも」


後は若い2人に任せて、邪魔者は早目の昼食と洒落込むべきだろう。



……………………………………………………………………………


昼食を済ませ半刻ほど過ぎた頃、セレウキア王国御一行が安全保障本部に到着した。

入口には多くの報道関係者が押し寄せ、事の成り行きを見守っている。何しろ、セレウキア王国の国王は、帝国の親戚というGSUとは相容れない輩だからだ。


「アリシオン陛下! 今日の協議に対する印象をお聞かせください!」

「良い話ができると思うよ。志を同じくする者なら、我々は大歓迎だからね」


セレウキア王国のメンツは、国王のマクソンス、それに彼の母親であるアグリッピナ、国防大臣に騎士団長と何時ぞやのロムロという貴族…… まぁ豪華なメンツが揃っている。

協議が始まると、早速マクソンスが口を開いた。


「今日は良い話が出来そうだ。

何故なら、我が国が加盟するとなれば、GSUの支配地域は帝国領の面積を超え、ゴンドワナ大陸最大の新興超大国に成れる。

セレウキア王国を加盟させれば、他国には無い豊富な森林資源と、魔物の部位を加工する素晴らしい技術で仕上げた製品、それらの輸出量の上限を撤廃し、潤沢に供給してやる。

言っておくが、この機会を逃せば、今後セレウキア王国が加盟交渉の機会を与えることは無いだろう」


黙って話を聞いていた君主諸君と私は、思わず顔を見合わせた。

GSUに加盟する君主は、国力に関係無く平等であり、様々な盟約を承諾した上で調印しているのだ。

なので、マクソンスのように加盟させないと損だと言わんばかりのプレゼンをする必要など無く、GSU加盟基準の中で難しい部分があれば、その落とし所を詰めていけば良いのだ。

溝が埋まらなければ加盟出来ないだけの話というわけだ。


「そうか。今日中に判断しないといけねぇみたいだが、血圧が上がっちまって頭がボーッとしてる。冷静になるためにも、幾つか質問していいか?」


アルザスは、GSU加盟基準となる ”承諾すべき盟約” をマクソンスに伝えた。経済活動や安全保障に関する取り決めが殆どだったが、その尽くをマクソンスは拒絶したのだ。


「そんな馬鹿げた話は受け入れられねぇ。

他国の住人がセレウキア王国で商売を始めりゃ、セレウキア王国の住人より高い税金を納めるのは当然だろう。

それにな、議会の設置なんて意味無ぇんだよ。国王の地位ってのは王権神授だろ? 国民は、俺の言う事聞いて黙って働いてりゃ幸せなんだよ」


現在、住民登録をしている国以外で起業した者は、3割増程度の税金を納めるのが常識なのだ。だが、GSU加盟国での税金は、領域内であれば該当国の法律の上位互換であるGSUの盟約により、一律に売上に応じて賦課されるようになっている。

シェフシャ王国で人気のスイーツショップがストラス王国に出店したが、GSU領内なら税率は同一となったからなのだ。


「安全保障本部に武官を派遣するのは構わねぇが、その本部はセレウキア王国に置くのがベストだろうな。安全保障上の懸念は魔王軍とイヴエの森の魔物だ。森の魔物は強力で、冒険者じゃランクが限定されちまう。

騎士団かvictory orderで対応するべきだ。

もし、安全保障本部がセレウキア王国に有ったら、victory orderの社長が常駐するだろ? 手下共も、街に買い物行くぐれぇ気楽なノリで森の魔物の討伐に行けるんじゃねぇか?」

「マクソンス様の仰る通りだ。

イヴエの森から魔物が溢れ出さないように、我々だけが手を尽くしている状況は極めて理不尽だ」


同席していたセレウキア王国の貴族で、victory order社の求人に執拗く応募して来た頭の悪いロムロが口を出した瞬間、アルザスがキレた。


「ロムロ、てめぇは黙ってろ。てめぇの仕事は、そこのマザコン野郎に助言するだけだ」

「なっ!!」

「黙って聞いてりゃ言いたい放題だな? マクソンス、頭の悪さが滲み出てやがるぞ? お袋さんのツラが見てみてぇ…… あーすまねぇ、真横に座ってたんだったな。親子揃って納得の馬鹿面だ。たまらねぇぜ」

「なっ!! ママの悪口は許さんぞ!!」

「この様な無礼な君主がいるなんて!!」


マクソンスは額に青筋を浮かべ爆発寸前といった形相だが、そんな彼を見て、レオノールもアリシオンも口元を隠しながら失笑だ。

協議は終わりそうだが、終了させるにもしても合意を阻んだ溝の深さは明確にしておくべきだ。そう思い、私はマクソンスに質問してみたのだ。


「一つお聞きしますが、マクソンス陛下がGSU加盟を決意された動機とは何ですか?」

「セレウキア王国の為に決まってるだろうが。イヴエの森のおかげで国民は眠れぬ夜を過ごしてる。税金(俺の金)使ってギルドに依頼しなきゃならねぇし、騎士を使うのも税金(俺の金)だ。

あのクソみてぇな森のおかげで、金ばっかり出ていきやがる」


返ってきた答えは、ほぼ予想通りだった。アルザスは、私の目を見ながら ”朝っぱらから、こってりした豚バラを無理矢理食わされてるみてぇだ” と念話を送ってきた。

さっさと切り上げろという事だろう。もう少しマクソンスとお喋りを楽しみたいが、私も少々胸焼けしている。


「ありがとうございます。

結論から申し上げますと、セレウキア王国のGSU加盟は時期尚早です。我々は、絶対君主制から自由主義へと移行しているのです。

その為の法を整備し、秩序を維持しつつ活発な経済活動を後押ししています」

「何を戯言言ってやがる! 王が口出しするのは当然の権利だ! 素直に従うのは、その国に住む国民の義務だろうが!!」

「先程、マクソンス陛下はセレウキア王国の為にGSU加盟を検討したと仰いましたが、どうやら、少し違うようですね」

「何も違わねぇよ」

「先程のお答え戴いた内容から、セレウキア王国のGSU加盟は不可能と判断したのです。察するに今の貴方には、一つ心配な事がある。それは貴方個人の生活です。

そして貴方には、ただ一つの ”神” がある。

それは、貴方の ”金” です。

それを守る為に、貴方はGSUに用があるのでしょうが、我々は貴方に用は無い」

「まぁそう言う事だ。今日は、ママのオッパイにシャブりつく時間を削っちまってすまなかったな。じゃあな」


アルザスが捨て台詞を吐くと、ぞろぞろとGSUの君主達は退室した。

元々、帝国の息のかかった国を加盟させるつもりは無かったが、仮にセレウキア王国がGSUに加盟したとしても、マクソンスのおかげで消極的な態度しかとらない国民だらけだ。そんな国と盟約を結びたがる国は存在しないだろう。


……………………………………………………………………………


「ラインハートさん、協議の手応えは?」

「加盟交渉は非常に難航していますが、それは当たり前の事です。我々は諦めず、今後も協議を重ねていきます」


セレウキア王国御一行を見送り、安全保障本部のエントランスに戻るとテオが不機嫌そうな顔で待っていた。

その表情から、テオはロレーヌに興味を持たなかったと思ったのだが、少し違うようだ。


「ライ! お見合いってのはな、事前にお互いが情報をもらうだろ!? 家柄とか! 好みとか!!」

「テオ、貴方は理想が高過ぎます。ロレーヌ様の何が不満なのです? 家柄と言いましたが、ロレーヌ様は王女ですよ?

ルナが、自分が男だったら何がなんでも手に入れたいと言っていた程の魅力的な女性ですし」

「そうじゃなくて!! ロレーヌ様と何を話してたか教えてやろうか!?

全部テメェの話だよ!! お前のおかげで魔眼が少し好きになったとか!! お前のおかげで日々前向きに過ごせてるとか!! お前がナホカト国に来る時は、こっそり事前に教えて欲しいとか!! お前の好きな料理とか…… お前の好きなタイプの異性とか…… とか……」


セレウキア王国のGSU加盟交渉は不発に終わり、テオの件は私の望む展開にはならなかった。

まぁ、”今日はそういう日” という事にしておこう。

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