#56 宇宙の不思議
最初は、単に好奇心や探究心といった無邪気な感情だったが、この日の事で自分が死ぬまで悩んだり、悔やんだり、怒りを覚えたりするなんて思いもしなかった。
ただ、今後の出来事のその全ては、自身で招いた因果で、今日 ”それ” に接触していようがいまいが、自分の身に起こる結末に変化は無かったのかも知れない。
謎の長方形の招待を突き止めるべく、私は山へ分け行った。
木々が生い茂り、まったく手入れされていない山は険しく、亜空間に放置していたマチェットナイフで薮を払いながら進む事を余儀なくされる。
かなり登ったが、まだ謎の長方形には辿り着かない。周囲に魔物の魔力反応は無く、勿論、謎の長方形からの魔力反応も探知出来ない。頭上には、これでもかと葉が生い茂った枝が幾重にも重なり合い、深い森の中のように月明かりさえも届かない暗黒だ。
私は足元の蔦や薮を払いながら、”謎の長方形” が消失していないことを願ったものだ。
標高が高くなり、密集していた木々が少なくなると、僅かに ”謎の長方形” が見えた。
彼此、4時間以上は道なき道を進んだだろうか。私は、遂に ”それ” の全貌が見える場所に着いたのだ。
今まで、空間が黒く切り取られたように見えていた ”それ” は、僅かな輝きも魔力反応も発しない、途轍もなく巨大な直方体だった。
山脈の頂上に佇む直方体は、天高く聳え立ってはいるが、地面…… いや、斜面から20mほどの高さを浮遊していて、そのサイズは見立て通り、やはり一辺が1km以上、高さは6000mを軽く超えていたのだ。
「これは、一体……」
比肩するものなど想像もつかない大きさに、私は、やはり恐怖を感じた。
だが、来てしまった以上は調査を続行すべきだろう。
私は、入口を探して周囲を注意深く観察した。しかし、浮遊している直方体の底面は極めて滑らかで、入口らしきものは見当たらなかった。
飛べば楽に届く高さだが、掴み所一つ見付からないのだ。
「…… もう帰るとしましょう」
この謎の直方体が、何かしらの力で浮遊し、究極とも言える絶妙なバランスでこの場所に留まっているとするなら、下手に入口をこじ開けようとした衝撃で倒壊するかも知れない。そうなれば、サイズ的に大惨事は免れないだろう。ならば余計な事はせず帰るべきだと思ったのだ。
これは解決されることの無い世界の謎の一つで、私には皆目見当も付かない現象の一つなのだと自分に言い聞かせ、会社まで転移しようとした。
「………… ?」
魔法を発動させたはずなのに、見渡す限り闇だ。
上下も分からなくなりそうな ”完璧な黒” 。
そんな世界だったのだ。各種探知を使って周りの状況を把握しようとするも、野鳥の魔力さえも探知出来ない状況に、私は気が付いたのだ。
周囲は魔力を発してもいなければ、そもそも魔力を完全に遮断していると。
何も見えない未知の空間の中で、そこに留まり続けるべきなのか、それとも手探りで脱出を試みるべきなのか……。
考えるまでもない。
動いた先に危険が有ったとしても、脱出できなければ結果は同じで、待っているのは死しかない。そう、動くしかないのだ。
そう思い、一歩踏み出した。
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足元は滑らかな平面で、問題があるとすれば視界が完全に0だということ。
どうやら、私の発する魔力は壁や床に吸収され、魔力の反射による空間認識も意味を成さない。
今まで当たり前に使えていた能力が役に立たなくなり、最早、自分が真っ直ぐに進んでいるかも怪しい状況だ。
単独で勇者と対峙した時は、逃げることも可能だし戦う事も出来る。どちらにしても、選んだ方向の先には更に無数の選択肢があり、意外と自由度は高い。
だが、今回はお手上げだ。何も見えない暗闇に、魔法の使用不可、食糧不足、現在地不明、救助される可能性無しだ。
そう思った時だ。
目の前に、縦に一閃の光の現れた。
暫く暗闇を彷徨っていたので、その光がとても強く見えたのを覚えている。
その光の正体は、扉の向こうの灯りだった。
オートで開閉する巨大な扉の先には、相変わらず何の気配も感じない。
私は十分に警戒しながら、扉の向こう側を確認したのだ。
「!!?」
私は、扉の向こう側の景色を見て、思わず言葉を失った。
途轍もなく広い空間に、途轍もなく巨大なダークドラゴンが数十…… いや、数百も佇んでいたのだ。驚いたという言葉では形容出来ない。戦慄という言葉でも生温い絶景が広がっていた。
踵を返して暗闇に戻り、大きく深呼吸しながら考えたわけだ。今、自分が居るのはストラス王国近くの人を寄せ付けない険しい山脈の何処かで間違いない。そして、何故そうなったかは分からないが、私は ”謎の直方体” の内部に入り込んでしまった。そうに違い無いと。
戻れば何も見えない暗闇で、進めばダークドラゴンの群れと対峙する。状況は極めて困難だが、せめて視界が確保出来る方がいい。
前進すると決めた私は、佇むダークドラゴンの群れを観察し始めたのだ。
「…………」
暫く観察して気が付いた事がある。
ダークドラゴンからは一切魔力を感じない。それどころか、そもそも生命の気配を全く感じないのだ。
近くで見たのは初めてだが、少なくとも死んでいるとは思えない鱗の質感、濁りの無い鋭い瞳…… だが、整列しているダークドラゴン達からは呼吸さえも感じない。
「………… ?」
ダークドラゴンが異様な状態に有る事は分かったが、このままでは埒が明かない。
扉の隅からひっそりと観察しているのだが、巨大なダークドラゴンからすれば、私は何とも矮小な存在で気が付いていない可能性もあるだろう。なので、ダークドラゴンが私の存在を認識すれば、何かしら行動を取ると思い、思い切って群れの前に出てみる事にした。
もし、ダークドラゴンが何かしらの行動に出れば、活路が見い出せる可能性も無きにしも非ずだ。
思い切って扉の向こうに出たのだが、ダークドラゴンは一切反応しなかった。
どう考えても視界に入る位置に居るのに、微動だにせず、ただ鋭い瞳で私の姿を追うだけなのだ。
違う意味で混乱しそうになっていた脳内に、妙な声が響いた。
«そのまま壁伝いに右の方へ»
「!?」
突然聞こえてきた声に驚いたが、私にはその指示を拒否する選択肢は無かった。
それが罠である可能性も考えたが、今は従うしかないのだ。
言われた通りに歩いて行くと、大きな筒の様な柱に辿り着いた。
その中に入れと、その声は言うのだ。
その中に入れば ”私の部屋に直行” だと、そう言うのだ。
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その筒の様な柱に入ると、私の身体は浮き上がり上昇し始めた。
何かに吊り上げられているような感覚も、何かに鷲掴みされているような圧迫感も無く、私の身体は上昇を続けた。
軈て上昇速度が減衰し、私は一つのフロアに到着した。感覚で言えば、謎の直方体の中腹辺りだろうか。
「ようこそ」
「…… !?」
「? 緊張しなくてもいい。私を見付けた褒美として招待してやっただけだ」
「…… 貴方は?」
「私は、君達が ”神” と呼ぶ者だ。この世界を創った張本人だよ」
これまで随分と混乱してきたが、どうやら完全に頭がイカれてしまったらしい。
頭のイカれた私は、この世界の創造主、即ち ”神” とお喋りを楽しむという幻覚を見ているのだ。そう思うしか無かった。
「イカれてなどいない。暗黒の中に隠れた暗黒を見つけたのは君が2人目だ。
嬉しくてね。
数千年以上前の話だが、1人目はダークドラゴンの部屋に辿り着くどころか、あの ”真っ暗な部屋” で座り込んで動かなくなってしまった。
だが、君は旺盛な好奇心と勇気を持っていて、ダークドラゴンに姿を曝した。実に面白い」
私の行動を観察していた ”自称 神様” だが、疑う余地は無い。
招待したとか、あの巨大な途方もない広さの空間を部屋と言ってしまう、目の前の男か女かも分からない人物は、この超巨大な建造物の所有者で間違い無いだろう。
この人智を遥かに超えた建造物自体もそうだが、それを宙に浮かせるという芸当が出来るのは、神以外に他に誰がいるのかという話だ。それに、先程から思考も読まれている。
「信じてくれて嬉しいよ。”創った甲斐がある” というものだ」
「…… 私は、貴方に創られたのですか?」
「君だけじゃない。君の周りに存在する何から何まで、そう全てだ。
加工したのは君達だけどね」
その神様は、私を招待したのは特別に色々教えてあげようと思ったから、そう言うのだ。




