#54 魔王軍の幹部来社2
私が放った渾身の一突きは、豚野郎を仕留める事は疎か、触れることさえ出来なかったのだ。
「!? ライッ!!」
私は、突如、耐え難い強烈な頭痛に襲われ床に突っ伏し、ルミナは驚愕と困惑の混ざった表情で、ただただ私を介抱する事しか出来なかった。
「幹部の私が護衛も付けずに来ているのだ。この部屋は、既に ”エリア” だ。こんな事もあるだろうと策を講じるのは当たり前だね? なぁ、アシェル君」
「ライを、その名前で呼ばないでっ!! 魔王軍の兵士として生きた ”アシェル” って子は死んだのよ!!」
どの程度の相手まで影響が及ぶのかは分からないが、人事部長のスキルは対象の魔力を乱し魔法を使えなくするだけではなく、苦痛を与えて完全に無力化する能力だった。
範囲も強度も不明、私は為す術もなく地に伏せたのだ。
魔法を封じられているルミナは、覆い被さる様に…… 身を挺して私を庇った。
「お嬢さん安心したまえ。私は、そろそろお暇するから。
よく分かっていると思うが、大魔王様の炯眼は全てを見通してらっしゃる。
君は、 ”今はまだ” 帝国とバチバチ殺り合っていないだけで、後々、彼等と対峙する日が必ず来るのだよ。って大魔王様が仰っていた。返事は直ぐじゃなくていいから、前向きに検討してくれたら私も大魔王様も嬉しい。敵の敵である我ら魔王軍は、君にとって良い味方になるだろう」
人事部長は、そう言い残し魔王軍本部へ帰って行った。
あんなクズ、殺ろうと思えば2秒で殺せる。そう思っていたが、実際に立ち合ってみて痛感したのだ。
魔王軍の幹部に ”雑魚” は居ない。
という、至極当然の事実を。
何度も、何度もぶち殺してやろうと思っていたが、結果はこんなもんだ。
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「…… そんな事があったのかよ」
応接室で起こった事を、社内に居た誰もが気付いていなかった。
人事部長が使ったのはスキルであって魔法ではない。なので当然と言えば当然なのだが。
「魔王軍が接触して来るってのは今に始まった事じゃねぇ。だが、今回のメインはキャンプを楽しんでる2個小隊じゃねぇな?」
「えぇ、本国です。
アグスティナは、恐らく独断で駐留しているので、先程の件とは無関係のように思います」
帝国が不気味なほど静かなのも、魔王軍本部が接触してきた事も、どちらも嵐の前の静けさに思えて仕方ない。
何か対策しなくてはと考えた結果、小型の録画機能付き通信魔導具を作る事にした。
長距離念話と、撮影した映像を保存・送信を可能にする装身具タイプで、常に身に付けておけるものだ。
盗聴対策に専用の波長を用いて、ジャミングにも強いものでないと意味がない。
完全に私の管轄外の案件なので、魔王ミアが戻って来たら相談するという事で、その話は終わったのだ。
因みに、魔王ミアは人化してシェフシャ王国を観光している。
「でもよ、大魔王って何よ?
一番偉いのは魔王じゃねぇのか?」
「大魔王の配下として、複数の魔王が存在します。その魔王に与えられているのは、駐留している部隊を指揮する権限だけです」
エスカーの疑問に全員が共感していた。
そう、彼等は知らないのだ。
彼等の常識では、海の向こうに魔族だけの大陸が存在し、その中にゴンドワナ大陸と同じように幾つかの国家がある。
そして、その中の何処かの国の支配者がゴンドワナ大陸を発見し、侵略戦争を仕掛けていると思っている。その支配者こそが魔王という訳だ。
それは完全に間違いというわけではない。事実、この世界には魔族だけの大陸が存在する。
しかし、その大陸の統治者は ”大魔王のみ” であり、複数居る魔王は駒なのだ。
大魔王は、その駒を使い、発見した無数の大陸に対して侵攻しているのだ。
「皆さん、この世界には6つの大陸があり、その中の一つに大魔王が支配する魔族だけの大陸があるのです。残り5つの大陸の一つが、我々が暮らしているゴンドワナ大陸なのです」
「そうなのか!? 魔族の土地と、ココだけかと思ってたぜ」
ゴンドワナ大陸には、外洋型の船を作る技術が無いので、外の世界を知る者は居ないのだ。彼等は、私の話に興味深く聞き入った。
この世界は球体で、正確に真っ直ぐ進めば出発地点に戻って来る事。
大魔王は、魔族の始祖である事。
魔王軍とは、魔族の大陸の軍事組織であり、会社のように様々な部署がある事。
魔族にも、戦闘を嫌う民間魔族が大勢居る事。
どの大陸にも勇者が現れ、そこに住む住人と共に魔王軍と戦っている事。
魔王ミアは侵攻には関与せず、森と農地しか無い自然豊かな大きめの島を管理している事などなど、私は彼等に話したのだ。
「そう…… だったのね。
私達は、私達だけが魔王軍と戦ってるって思ってた。海の向こうは滝になってて、落ちれば地獄に行くと思ってた。
でも違った。
見てみたいけど…… きっと、この世界の全てを見て回るなんて出来ないと思うから、私は、せめてゴンドワナ大陸がどう変わっていくのか見てみたい。ライが変えていく世界を見てみたいわ」
神の声を聴いている彼女は、深層心理に刻み込まれた神の声の影響を受けつつ、無自覚に神の定めし道を歩んでいるのだろう。
だが、ただ声が聴こえないだけで、それは私達も同じなのかも知れない。




