#53 魔王軍の幹部来社
「あのさ、あんた何で人権無かったの?」
帝国からの圧力も気にならなくなったある日の休憩時間。ルナは、エスカーに色々と質問していた。
その中の一つに、出会った頃、エスカーとヴィットマンが何故ホームレスをやっていたのというものがあった。
魔王軍時代に見た資料にも書いてあったが、彼等は正真正銘の英雄であり、彼等に撃退された魔王軍部隊は数知れない。
そんな彼等がホームレスだった事については私も疑問を持っていたが、聞かずとも、その内、事情を知る日が来るだろうと思っていたし、何より、運送業や護衛業を長く請負っていた時に身に付いた ”詮索屋は嫌われる” という習慣から、プライベートな事は敢えて聞かなかった。
「大した事じゃねぇよ。俺とヴィットマンが作戦中にしくっちまっただけなんだ。部下は、そのシワ寄せ食らっちまっただけよ。
ああ…… ほら、他に聞きたい事はねぇのか? 俺の ”あれ” のサイズとかよ」
「他には無くもないけど、もういいわ。それ以上ナメたこと言ったら、ルミナと一緒に殺すから。社会的に」
「え!? …… ちょっ、怖」
一度社会的に死んだ事があるエスカーには、かなり堪える冗談だ。
先程の話だが、嘘をついたのか、それとも本当に作戦中のミスで軍籍どころか人権まで剥奪されたのかは分からない。
だが、彼は救いようのないぐらい馬鹿で、ど阿呆で、どうしようもなくスケベで、でも実は、呆れるぐらい真っ直ぐな男なんだと私は思うのだ。
「ルナ居る〜?」
まぁ、その ”実は真っ直ぐな性格” の代償は、その身に大きくのしかかる時もあるだろう。
「今、一緒に誰か殺すって言ってなかった〜?」
「ルミナ、ちょうど良かったわ。そこのカスがさぁ……」
己の身を守れるのは、己自身だ。
真っ直ぐな性格の彼が道を踏み外す事はないだろうし。
「ライ! 助けてくれっ!! アイツら俺の部屋をガサ入れするって言ってる!!
買ったばっかで箱から出してもいねぇセクシー映像の詰まった魔導具を部屋に置きっ放しにしちまってんだッ!!
曝されたら部下に示しがつかねぇ!!」
自分で対処するだけの実力も持ち合わせている。
これまでも、そしてこれからも、彼なら問題が起こっても大丈夫。私はそう思うのだ。
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「社長、お客様よ。魔王軍の幹部様らしいわよ」
しょうもない現場から逃げ出し、テラスで寛いでいると、今度はエヴドニアに捕まった。
ルミナが忙しく、ローラやイザベルが本社兼屋敷にいるとき限定ではあるが、エヴドニアは受付業務を引き受けてくれる。
私は雇用主だが、彼女の職務が何なのか今でも分からない。安くはない給料を払っているのだが。
客はホールで待たせていると言うので、私は気を取り直して向かった。
どうせ、またアグスティナが無駄話をしに来たのだろう。その程度に考えていたのだ。
「ライ、ごめんなさい。終わったわ」
ホールに向かう途中で、ルミナと合流した。
流石は私が見込んだ男だ。エスカーは、見事に危機を脱したらしい。
「お待たせしました。代表のラインハートと申します」
待っていたのは、外面は ”人間の” 小太りで中年の男性だ。
「誰かと思えば、アシェル君ではないか! 息災かね?」
「ライ?…… お知り合いですか?」
「いいえ、他人の空似でしょう。
私は、ラインハート。
貴方と私は初対面ですよ? ねぇ、魔王軍の幹部様。
ドッペルゲンガーの話は終わりにして、早速ビジネスの話に入りましょう。
どうぞ、此方へ」
キレそうだ。
コイツが、一体何の用事でゴンドワナ大陸に…… しかも私の会社に来たのかは多少気になる。
もうすぐ、それは聞けるだろう。
だが、それよりも ”まず先に” 私は後ろを歩いて来る、鼻につく匂いを放つデブに振り向きざまの全力の右ストレートを叩き込みたい。
何せコイツは、私が魔王軍で一番嫌いな元上司 ”人事部長” だからだ。
「ここの従業員は、魔族だと言っても身構える事がない。実に友好的だね、それだけ君を慕っているという事かな?」
「何の事か分かりかねます。今日はどのような要件で?」
「ゲヴァルテ帝国と戦っている魔王軍に、ぜひ援軍として参加してもらいたい」
このクソは、一体どういう神経をしているのだろう。この大陸に住む者が、侵略者である魔王軍に協力するはずがない。そんな事も分からないのだろうか?
「…… お断りします。帝国とは厄介事は抱えてませんし、我々はゴンドワナ大陸の住民として魔王軍と戦う側なのですよ?
協力出来る訳がない。
そもそも、何故victory order社なのですか? 国家を巻き込めばいいじゃないですか」
「ん〜、実はね。大魔王様が、直々に御社を指名したのだよ。きっと面白い事になる、そう仰っておられるのだ」
大魔王の話が出た時点で、私の我慢は限界に達した。
この人事部長と話してるだけで反吐が出る状況なのに、嫌で辞めた会社の社長が未だに執拗く絡んで来るストレスが上乗せされたのだ。
この想像を絶するほどのストレスに、私は耐える事が出来なかった。
足のホルダーに刺していた短剣を引き抜き、自分史上最高の速度で豚野郎の喉元に突き立てたのだ。




