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#52 黙示

「どこの誰だか知らねぇが…… まったく、惚れぼれするぜ。

一晩ケツを好きに使わせてやるから、一緒に添い寝してもらいてぇぐらいだ」

「何を馬鹿な事を言ってるんだ! お前にはガッカリだ! 私だけじゃない! 皇帝もさぞガッカリされているだろう!!」


ゲヴァルテ帝国軍部長官のクリストフは、victory order社の牽制に苛立つどころか、その高い戦闘力に酔っていた。


「あぁすまなかったな、話を戻そう。

この件を棚上げしたのは、野犬だと思ってた連中が、実は ”高度に訓練された軍用犬の群” で、しかも、それが複数集まった集合体だった。

そんな連中を相手にしようもんなら旅団以上の大部隊を動かさなきゃならねぇからだ。

出来ない事でもねぇが、そんな事をすりゃあGSUの思惑通り、魔王軍が大喜びで帝国のケツを刻みにやって来るだろう。違うか?」

「攻め込むのが無理なら、示威行動で可能な限り妥協を引き出せば良いだろうが!!

あの魔道砲はお飾りなのか!?」

「おいおい、魔道砲は接近戦闘用の兵器じゃねぇだろ?

相手は、単騎で一国を圧倒する怪物だ。そんな奴の位置を特定して、魔道砲を撃ち込むつもりか? 下らねぇこと言うなよ。

それにな、前回の軍事演習で成果が有ったか? 今回は無視されるだけじゃねぇ、世界中の笑い者にされるぜ?

”どっかのバカが” また鴨の親子のモノマネやってやがる。ってな」

「…… くっ!」


しかし、超大国を自負するゲヴァルテ帝国が指を咥えて大人しくしているはずもなく、不本意ながら大きく計画を変更する決断をしたのだ。


「根比べは好きじゃねぇが、俺達も選りすぐりの精鋭部隊で裾から食い散らかしてやろうじゃねぇか。穏便にな」


……………………………………………………………………………


砲撃事件から2日後。

私は、ナホカト国支社長が国家名誉勲章を授与される事になったいうので、同席すべくナホカト城にいた。


支社長のシドは、盗賊団 ”白狐” から王女を助け出し、その後の脅威を排除する為の撃滅戦を見事に成し遂げた英雄様に祭り上げられたのだ

盗賊の一件から行方不明という事になっていた王女ロレーヌは、その作戦が終了するまで姿を見せられなかったという三文芝居だが、今回は付き合うとしよう。


「全部が全部嘘じゃねぇ。確かに押し寄せた盗賊共の始末はしたが、肝心の盗賊の親玉を始末したのは魔王軍の兵士じゃねぇか」

「まぁいいじゃないですか、これまでの皆の戦果が、帝国に気を使わせる要素になっているのは確かです。何より、皆に愛される、あの美しい王女様が、鳥籠の中で生涯を終えずに済んだのですよ?」

「まぁな。でもよ…… 俺は ”嘘が真実になっちまう” この世界を少し怖く感じちまったんだ」


シドは、漠然と自分が感じたイメージを口にした。

恐らく、彼が言いたかったのは、宣伝を賢明に、又は持続的に使用すれば、他人に天国を地獄と思わす事が出来るし、逆に惨めな生活環境を天国と思わす事も出来るという事実だ。


「シドの言いたい事はよく分かります。

それは確かに恐ろしい事ですね。我々は可能な限り真実を語らなくてはなりませんが、嘘八百で構わない場合もあると思うのです」

「例えば?」

真実(それ)を話すに値しない者達に対してです」


……………………………………………………………………………


ナホカト国から本社へは馬車で帰った。

誰も居ない空間に聞こえるのは、微かに馬の蹄の音と、車輪が地面の凹凸を捉える音だけだ。その音に耳が慣れ、やがて気にならなくなると私の脳は深い思考に没頭する。

道中、ふと大陸の南北を隔てる山脈が目に入った。


御伽噺は何処の国や街にでも有るものだ。ストラス王国にも、語り継がれる物語があって、この山脈の何処かに、ダークドラゴンの巣があり、悪い事をするとダークドラゴンに連れ去られるという、子供の躾で活躍する物語だ。

現実にダークドラゴンは存在は確認されているが、その姿を目撃するのは稀で、その巣は未だかつて発見されていない。


昔勤めていた職場の上司が、ダークドラゴンの宝珠を欲していたが、その宝珠さえも伝説で、実物の存在しないヨタ話だ。溜息しか出ない。


頬杖をつき山脈の輪郭を眺めていた私の目は、何か違和感を感じた。

雲が多く、弱い月明かりに照らされた、ぼんやりとした山脈の輪郭の中に、垂直の巨大な暗黒を見付けたのだ。


何度も見返したが、確かに ”それは” 在った。


一辺の長さが1km程、高さは6kmを超えているのではないかという巨大な長方形の何かが、ひっそりと存在していたのだ。


正直、私は恐怖を感じた。

光を全く反射せず、闇に溶け込まんとする巨大な建造物と思しき物体が、もし本当に建造物だったとすれば、それは、完全にこの世界のものではないと断言できる代物だったからだ。


翌朝、早朝に遠方から帰投した社員達の様子を伺っていたが、誰も ”謎の長方形” の話はしていない。

私の見間違えだったのか、それとも誰も気が付かないほど自然に闇と一体化していたのか。

私が答えを知るのは、そう遠くない未来だった。

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