#51 放浪猫の戦果
アリシオンとアルザスに報告を済ませ、クロエとシャーロット、そして保護した騎士を連れてvictory order本社に戻った。
アリシオンは、会談を切り上げ直ぐに此処に来るそうだ。
砲撃現場の調査は、報告を受けたトリア王国騎士団が派遣される段取りだ。
「ラー、ベル大丈夫やろか? なー、誰もお手伝いに行かさんの?」
援軍を派遣しない私に、シャーロットは不満げに言うのだ。確かに、対国家の報復に単騎で挑ませるのは非常識だと思うが、正直、ベルのスキルは謎が多く、援軍として派遣した社員が危険に晒される可能性高い。
何より、ベルは信じられないくらい強いので毛ほども心配していないのだが。
アリシオンとアルザスが到着し、アリシオンはクロエと王子アレクの元に直行だ。
私は、アルザスに詳しい説明を求められ、分かっている事を話した。
「本来なら、王妃が命を狙われたシェフシャ王国が、報復として殲滅作戦を展開するんだろうが現場はトリアだ。こっちは領土にタマぶち込まれたが、対応は限定的になるのが普通だろ。
だが、シェフシャは大忙しだな。
ストラス王国とトリア王国に部隊の通過許可を申請し、兵士と物資を遠方に投射するのは並大抵の労力じゃねぇ」
「えぇ、総力戦は難しい。
手薄になったシェフシャ王国をかっ攫おうとする火事場泥棒はいないと思いますが、厄介なのは帝国です。仲裁を申し出て、上手いこと丸め込もうとするでしょう。
シェフシャ王国は泣き寝入りで、やがて世界は通常運転に戻る」
「それも悪くねぇがな。今回は俺達の輝かしい船出の日だ。通常運転に戻すわけにはいかねぇだろ」
いつものパターンをなぞりたくない、それは私も同じだ。
時刻は午前6時、もう日の出の時間だった。サファヴィー公国にも報道関係者が多数滞在しているので、何か新しい情報を配信しているかも知れないと思い、私は魔導具を起動した。
「…… マジかよ」
そこに映し出された映像を見て、アルザスは硬直した。
サファヴィー公国の神聖騎士団を単騎で斬り伏せながら、 にこやかに、しかし猛スピードで城へ向かうベルの姿が捉えられていたのだ。
街のいたる所に騎士団の亡骸が散乱し、その状況は、まさに究極の寡戦だった。
やがて城門付近から眩い光が発生し、そこで映像は途切れた。
「ありゃあ、お前んとこの社員か?」
「そう…… と言うか、私の娘です。先程も言いましたが、クロエの乗っていた馬車に同乗していた私の娘は、砲撃を受けた後、サファヴィー公国に向かいました」
「…… 娘をたった一人で戦地に送り込む親父が居るなんてな。まぁいい、夜も明けたし運命共同体として緊急合同記者会見の準備だ」
……………………………………………………………………………
記者会見は、GSU安全保障機構本部で10時から行うと決まり、アルザスは城に戻った。
私は、ベルの帰りを待とうと、victory order本社の入口を彷徨いていた。
血の繋がりが無いとはいえ、私にとってはかけがえのない可愛い娘なのだ。心配していないなんて嘘だ。
半刻ほどが過ぎた頃、遠くに魔法陣が発生したのが見えた。ベルが帰って来たのだ。
「…… !? お父様!!」
返り血と埃まみれで、腕や頬には薄らと斬られた様な傷……。
まるで、1年程旅に出ていた放浪猫のようにボロボロになって帰って来たのだ。
「ベル、激しい戦いだったのですね」
ベルは、私に抱きつき胸元に顔をうずめた。そして私を見上げると、少し申し訳なさそうに言うのだ。
「お父様、勝手な事をしてごめんなさい……」
主権国家を一つ滅亡させて帰って来た娘の、その思いがけない言葉に、私は目眩を感じた。
私は、自分で思う以上に不安だったのだろう。無事に帰って来た娘の愛おしさを改めて感じただけでなく、心の底から安堵した事で緊張の糸が切れたのだ。
「謝る事はありませんよ。ベルは、シャーロットを守りきっただけでなく、GSUに加盟している国家の全ての民を守ったのですから」
「全ての民? ですか?」
私はベルの頭を撫でると、一緒に屋敷に戻った。ベルはよく分かっていなかったが、ベルの行動は、この世界に大きな変化を与えたのだ。
……………………………………………………………………………
「今回の会見は、式典でニコニコしながら座ってただけのラインハートに一任かな?
みんな、どう思う?」
「安全保障のトップだしな。当然だろ」
そうなるだろうとは思っていたが、そうなってしまった。
私の目は魔眼なので、あまり報道陣の前で喋りたくなかった。先日の式典でも一番奥の席に座り、目立たない事のみを意識していたのだ。
アリシオンは、クロエと王子が無事だったので、普段通りにこやかにしているが、内心、腸が煮えくり返っているだろう。
そんな彼の心の声がひしひしと伝わって来るので、かなりキツめに牽制しなくてはならないのだろう。
まったく難儀な話だ。
会見までは1時間ほどあるが、本部の会場には、既に多くの報道陣が集まり騒然としている。初めての会見に臨む事が確定している私は、心の中で謝り続けた。
ストラス王国の報道官だけでなく、GSUの主席報道官を無理矢理押しつけたテオに、心の中で謝り続けたのだ。
……………………………………………………………………………
「昨夜、GSU創設記念式典の直後にサファヴィー公国から魔道砲による攻撃がありました。
砲撃はシェフシャ王国の王妃が乗る馬車を直撃し、護衛の騎士凡そ100名が死亡しています」
「王妃様は無事だったのでしょうか!!?」
「無事です。我々は、クロエ王妃の安全を確保している。心配は無用ですよ」
「安全保障のトップとして、サファヴィー公国に対する何らかの報復を予定しているのでしょうか!?」
「それについては、同乗していたvictory order社の社員が既に対処したようです。サファヴィー公国は、現在、国家として機能していません」
「すみません、少し分かりにくいのですが……」
「サファヴィー公国騎士団、マルファ公爵及びサファヴィー公国の貴族全員の死亡を確認したという事です」
会場は静まり返り、何か喋らないといけない空気になってしまったので、私は続けて喋ることにした。
「我々は、本来ならば加盟国で部隊を編成し報復攻撃を仕掛けなくてはなりませんが、最早、その必要が無くなってしまったのです」
「それは、GSUが軍事行動を起こす前に、事態が収拾したという事ですか!?」
「そういう事です。
今回はそうでしたが、今後起こりうる脅威に対して、我々には相応の準備があり、断固として対処する事を宣言しておきます。以上です」
困惑する報道陣は、事の核心に迫る質問をぶつけたのだ。
「ラインハートさん、どこの部隊が関与したのですか?」
「先程も言いましたね? victory order社です」
そう告げられた報道陣は、安全保障のトップではなく、victory order社として質問に答えて欲しいと要求してきた。
ここはGSUの会見場で、そんな野暮な要求に対して真摯に対応する必要などないだろう。
だが私は、victory order社の社長として質問に答えた。
「良いでしょう。victory order社として答えましょう」
「ラインハートさん、私はvictory order社の対応が早過ぎて違和感を感じています。事前に砲撃の情報を掴んでいたのですか?」
「仮に、その情報を得ていたとすれば、我々は魔道砲発射前に急襲し、王妃様を危険に晒すこと無く事前に処理していたでしょう。
何度も言いますが、偶然にも我が社の社員1名が ”護衛として” 現場に居合わせた。
そして、その社員は自らの使命を全うした。
それだけです」
「あ……´ ありがとうございます」
ふと袖を見ると、アリシオンとレオノールが顔を横に振っている。
君には、とても失望した。そんな言葉が良く似合う渋い顔だった。私は、そんな顔をされたまま、会見を終える事など出来ないと思ったわけだ。
彼等は帝国と国境を接しているし、レオノールは娘の自由を保証する基盤が欲しいのだろう。
「GSUの安全保障に対するvictory order社のコミットメントは揺るぎない。
victory order社は、パートナー各国に対して、妥協することのない原則がある事を明確にしなくてはならないでしょう。
サファヴィー公国に、一体どんな思惑があったかは分かりません。ですが、彼国は我が社のパートナー国家であるシェフシャ王国の車列に魔道砲を撃ち込むという凶行にでたのです。結果として…… サファヴィー公国は、自ら便器の中に頭を突っ込んだ。
そんな愚かな国に対して、victory order社の対応は一つしかありません。
”どうぞクソ食らえ” です」
「…… よくご存知かと思いますが、サファヴィー公国は帝国の属国です。今回の件で、帝国を怒らせてしまった可能性があります…… よね?」
「我が社は、パートナー各国騎士団に対して戦闘訓練を行っていますが、もし、脅威が迫れば戦闘訓練だけの話では済みません。
戦闘部隊そのものの提供も含まれます」
その発言は、侵攻作戦を計画していた帝国軍上層部に大きな衝撃を与え、作戦の実行を踏みとどまらせた。




