#45 帝国の、帝国による、帝国のための提案
「ラインハートは?」
「居ねぇよ。何の用事かはしらねぇが、昨日から ”ゲヴァルテ帝国に出張” だとよ。帰りは5日後だ」
「帝国たぁ剣呑だな。やつが帰って来たら連絡を寄越せ。じゃあな」
アルザスが事務所を訪れた日、私はシェフシャ王国を経由し、帝国に向かっていた。
魔王軍時代に北部で活動していたので、帝都周辺へは転移魔法で行く事も出来たが、不要な疑念を抱かせないためにも、馬車で帝国に入ったのだ。
帝国領内に入り、帝都までは3日。私自身、何の用事で呼び出されたのかは分かっていないが、ただ、酒が飲めるわけでも良い話が聞けるわけでもない。それだけは分かった。
帝都に着くと、帝国兵に付き添われ、とある軍事施設に案内される事となる。
「君がラインハート君だね? 私は帝国軍少将のベルナルドだ。今日はよろしく頼む」
待っていたのは、旅団以上の指揮権を持つ上級将官だった。彼は、私を席に着かせ、運ばれてきた茶を啜りながら話し始めた。
「今、我々ゲヴァルテ帝国軍は魔王軍の脅威に立ち向かっている。これは大陸に住む全ての者達の暮らしを守る為だ」
「えぇ、存じております。帝国軍のおかげで、我々は連中から逃げ隠れして野山を転げ回らずに済んでいる。この現状は、貴方のような素晴らしい指揮官が作り上げた素晴らしい部隊があってこそでしょう」
「ありがとう、実に光栄だ。
今日来てもらったのは、現在、急成長している君の組織にも、その一翼を担ってもらえないかという相談だ」
「少将殿も御存知かと思いますが、victory order社は、訓練された軍事組織に対する直接戦闘任務の実績はありません」
「謙虚だな。私の元に入っている情報によれば、君の組織は、パートナー各国の騎士団…… それも、騎士団長クラスに対する戦闘訓練を提供している。これは、それ相当の人材を有しているからこそ、ではないのかね? それに、我々は単に手を貸してほしいと言っているのではない」
「何か他にも?」
「君は、4カ国とパートナー契約を結んでいるが、我々は、victory order社と安全保障条約を締結する用意がある。相互協力、相互不可侵、君達の必要とする物資の代金の一定額を帝国が負担し、従軍した者には、望めば国籍と不動産を与えるものだ」
「破格…… の提案ですね」
「そう、破格の提案だ。だが、我々も君に譲って欲しい事がある。それは、パートナー契約の解消だ」
まったく解せない話だ。
この話は、魔王軍との共闘を目的とした安全保障条約締結のはずだ。
victory order社のみで編成された部隊が、魔王軍支配地域での戦闘任務を行う際、要請が有れば援軍を派遣するし、救助活動も行う。その逆も然りだ。
だが、パートナー契約破棄の件は、魔王軍以外との戦闘を見越しているような…… 少なくとも他国を牽制する目的は含んでいる。
「少将殿。これは、この場で即決する話ではありません」
「それは理解しているとも。だが、我々としては長々と放置できる話でもないのだ。期限を決めよう」
「勿論です。ですが、その前に確認しておきたいのですが、断った場合は、1杯やってキレイに忘れてくれなどと言うつもりはありませんね?」
「そうだな。率直に言うと、君がパートナー契約を結んでいる国々の中には、我々が懸念を抱いている国家が含まれている。我々の提案を断り、今後もそれ等の国と取引を続けるつもりなら、君の組織を敵性勢力と看做さねばならない」
「具体的な内容をお聞きしても?」
「君の組織と取引のある個人や企業、国家に対して厳しい制裁を課す事になるだろう」
なるほど、この話は初めから破綻していた訳だ。
私をデーブルに招き、既に決められた変更のきかない計画を提案し、それに対して意見を言う事や断る事は出来るものの、結局のところ、どちらにせよ我々は大損する代物なのだ。
帝国との安全保障条約を締結し、現在のパートナー契約を破棄すれば、我々は帝国に移住するしかなくなるだけでなく、帝国以外の国や企業からは、簡単に約束を反故にする企業だと烙印を押され、仕事を得られず対魔王軍戦に従事する以外なくなる。
帝国との安全保障条約を断れば、パートナー国家や取引のある企業、そして個人に対する厳しい経済制裁や不安定化工作が行われ、更なる制裁を恐れる取引先は、victory order社との関係を見直さざるを得ない。
そして、我々は尻まで干上がって廃業するだろう。
「我々は、君と君の組織に大きな期待をしている」
安全保障条約。
つまり、事実上の軍事同盟な訳だが、戦争意図を含まないような同盟はナンセンスで、何より無価値だ。魔王軍との共闘だけなら、現在のパートナー契約は問題にならない。
ならば、これはvictory order社がパートナー契約を結んでいる国家に対しての宣戦布告とも取れる不当な言動なのだ。
それに、戦争意図を含んでいるとしても、それは互いの利益が一致してこそで、victory order社が帝国をいけ好かなく思っている現状を鑑みれば、これ程ナンセンスな同盟関係は存在しないだろう。
「…… そうか。非常に残念だが、仕方あるまい。今日は遠方から呼び立ててすまなかったな。話は以上だ」
アルザスにも言ったが、私は ”仁義” を守る。
この日、帝国はゴングを鳴らした。
今後、壮絶な嫌がらせが行われるだろうが、私は帝国の提案を蹴り飛ばし、踏み躙った。




