#38 ボクっ娘勇者と魔法の言葉
「ラー! 私のスコップがぐにゃぐにゃになっとる!」
ある日の早朝、ルミナが盗賊を躾ける時に使ったスコップを、シャーロットはゴミ箱の中で発見した。
ルミナは余程イライラしていたのだろうか、それともシャーロットの私物だと知らなかったのだろうか。シャーロットは変形していて使い物にならない事を怒っているが、発見した場所がゴミ箱なだけに、人によっては、嫌がらせを受けていると勘違いし心を病むかも知れない。
シャーロットに言われるがままに、私も曲がった ”それ” を見たが…… まぁ何と言うか、引いてしまうぐらい変形していたのだ。
「新しいスコップを買いましょうか。
お代は払うので、領収書を忘れずに貰って来てくださいね」
金貨1枚を渡すと、シャーロットは上機嫌でベルと買出しに行った。
今後、同じような事が起こらないとも限らないので、鉄扇か何か、ルミナが常時持ち歩けるような物で、強度がある暗器を準備しておこうかと本気で思っていた。
「朝ごはん出来たわよ。昨日ね、ライが好きそうなドレッシング見つけたから買っちゃったの。味見してみたんだけど、凄く美味しかったから早速……」
だが、私の前で、その様な攻撃的な姿を見せた事は無いのだ。
実に家庭的で、良い距離感を保ち、よく気を利かせてくれる。
「ルミナ、いつもありがとうございます。貴女は、他の誰に対してよりも、私に良くしてくれるのですね」
「…… 気にしなくていいのよ。私は、自分がそうしたいからしてるだけなの」
「人族は、そのような答えを聞くだけで、相手の本心を察する事が出来るのですか?」
「…………」
もし、先程の彼女の言葉から本心を察するのが普通は可能なのだとするならば、私は決定的に理解力に欠陥があるだろう。
「ライが魔王軍を辞めたのは、きっと辛い事が多かったからだと思ってるの。私は、ライにとって癒しで在りたいし、ライを支えてあげたいの。出会った頃にも言ったけど、神様のお告げも聞いたしね」
「運命ですか?」
「イヴエの森で運命に出会う……
そう…… 分かりやすく言うと、私にとって、ライが運命の人だから…… かな」
俯きながら、そう言ったルミナの頬は赤く染まっていた。
しかし、ようやく合点がいった。ルミナは、神のお告げに忠実に従っていたのだ。
そんな神の使者と言っても過言ではない彼女を、私も少しだけ特別扱いしようと決めた。
「ルミナ、私は貴女を……」
”ラインハート、アクシデントだ。
敷地の入口で、ちょいとばかし面倒な事が起こってる”
ヴィットマンからの念話だ。
その口調から、起こっている問題は ”ちょいとばかし” では済まない事が容易に想像出来る。
「……。ルミナ、話の続きはまた後で」
話を切り上げ、私とルミナは敷地の入口へ向かった。
そこには、見慣れない集団と、我が社の幹部に手練の社員達が集まっていたのだ。
「やるじゃねぇか。流石は勇者様だぜ」
既に2〜3発食らわされたのだろうか?
口元から鮮血を流すエスカーが、闘争心剥き出しで勇者と思しき一団と対峙していた。
「何事ですか? こんな朝早くに」
”ライ、コイツら勇者御一行よ。帝国が派遣したんだろうけど、その要件次第じゃ大変な事になるわ”
”安心してください。私にはね、対勇者の切り札がありますので”
ルナも気が気じゃないといった感じだが、
「あんたがvictory orderの社長さん?」
「えぇ、代表のラインハートと申します。貴女は?」
「僕は咲煌。勇者だよ」
神が遣わせし者だけのクラス ”勇者”
年齢、性別、性格、体格、戦闘経験の有無、全て完全にランダム。
唯一の共通点は、”その身を守るには十分過ぎる” チートな能力を秘めている事だ。
戦闘特化型の能力然り、生産系の能力然り、大国が喉から手が出るほど欲しがる能力者だ。
「立ち話もなんですので、オフィスへご案内しますね」
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「民間軍事会社なだけあって、悪党ヅラした人が多いね。社長さんは魔族と同じ ”魔眼” だし」
「…… 精悍な顔つきと言って頂けると、彼等も喜ぶのですが。さて、今日はどういったご要件ですか? まさか依頼をしに来た訳ではないでしょう?」
「うん、今日はね、依頼じゃなくて ”お願い” に来たんだ。
トリア王国とパートナー契約を結んだでしょ? 契約を解消して、そのまま会社を畳んでもらいたいんだよ。帝国的に目障りなんだってさ」
「断ったらどうなりますか?」
「殺しといてって言われてるよ。僕は社長さんとは初対面だから因縁も無いし、正直殺りにくいけどね」
グローバル企業として一歩踏み出したばかりなのに、早速、派手に躓いてしまったものだ。
目を付けられること自体は想定内だったが、こんなに早く最高戦力を投入してくるとは思わなかった。
だが、ルミナが賜った天啓が空耳でないのなら、こんな所で消される筈はない。
「社長さんってさ、魔族? 」
「いいえ、純粋な魔族ではありません。
人間と魔族の混血です」
「そうなんだ。でも断ったら殺すから」
ショートカットで小柄な、まだ16才前後だろう勇者は、可愛らしく微笑みながら、そう言うのだ。
「結論から言いますと、そのお願いはお断りです。そして、貴女は私を殺せません」
「ふーん、何で?」
「私は隠し事をしてましてね。それを聞いた貴女は、帝国の司令を実行に移せなくなります」
「…… まさかとは思うけどさ。子供が産まれたばかりだから見逃してほしいとか言うつもりじゃないよね?」
少し抜けた印象だった勇者は、迸る闘気と魔力を纏い、身の竦むような殺気を放ち始めた。だが、そんな勇者を前にしても、私の頭には ”廃業” や ”逃走” 、勿論 ”命乞い” の文字は無い。
「私には娘は居ますが未婚です。なので、そんな事は言いません。確認ですが、本当に殺り合うつもりなのですね?」
「うん、今すぐね」
「そうですか、では仕方ありませんね。
貴女はどの程度なのか知りませんが ”私の戦闘力は530000です。ですが、もちろんフルパワーで貴女と戦う気はありませんからご心配なく” 」
これは、昔戦った俺TUEEEE系勇者が言っていた言葉だ。
「クス……ハハハハッ! そういう事ね。社長さんも ”向こう” から来たんだ。
だったら、この話は終わり、もう今後は迷惑掛けないよ」
「分かってもらえて何よりです」
「社長さん、名前、ラインハートだったっけ?」
その後、少し勇者の愚痴を聞きつつ、幾つか質問された。
彼女は、何不自由無い生活環境を提供してくれる帝国に感謝してはいるが、その指示の内容を、ふと疑問に思う事が多いそうだ。
「ラインハートさんは、呼ばれた時なんて言われた? 僕は、魔王軍と戦ってって言われたよ」
「私は、この世界の ”異端” な存在として、グレーな生き方をしろと言われました。
そして、その存在を周りに認めさせろと。
まぁ、その結果、帝国に目を付けられてしまいましたけどね」
「そうなんだ。でも世界征服が目標じゃないんでしょ? 目立ちたいだけなら、僕達カチ合わないね!」
私は、その会話の中で気が付いた事があった。何故、自分の存在を周りに認めさせる必要が有るのか。何故、それはゴンドワナ大陸の全ての国家に対してなのか。それに固執している事に疑問が湧いたのだ。
この大陸に来た当初は、何をするにも不便で、何より無職のホームレスだった。
だが、今は拠点も収入も有るし、何より仲間がいる。
今の、一体何に不満を感じているのか。
「今日は帰るね。次は遊びに来るからよろしく」
「えぇ、ではまた」
勇者 咲煌は、エスカーに謝り屋敷を出た。
社員の誰もが ”終わった” と思っていたらしいが、無事に危機は去ったのだ。
だが、私の心に芽生えた疑問が消える事はなかった。
「ライ! 勇者帰ったけど何の用事だったの!?」
直後、ルナが凄い勢いで駆け寄って来た。
「廃業か皆殺しかを選ばせに来たそうですよ」
「えっ!? うそ…… 怖!! でも、よく無事に済んだわね!」
「えぇ、私は勇者と仲良くなる ”魔法の言葉” を知っていますから」
「俺は無事じゃねぇよ! おい! 見ろっ! アゴが痛てぇっ!!」
エスカー以外全員無事で何よりだ。
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勇者も帰っていったので、エスカーの治療を指示し、食堂に向かった。
勿論、ルミナが折角用意してくれた朝食は、すっかり冷めてしまっていた。
「ライ、スープ温め直してくるわ。少し待ってて」
相変わらず、ルミナは気を使ってくれる。
魔王軍時代に散々コキ使われていた私は、食料の調達から全て自分でしていた期間が長い。
なので、作ってもらえるだけで、とても嬉しく感じるのだ。
「ルミナ、そのままで充分ですよ」
「でも……」
「ルミナの作ってくれるスープは、出来立てを飲めばホッとしますし、冷めたスープはゴクゴクいくらでも飲めてしまう。なので、出来立てでも冷めていても、私は美味しく頂いているんですよ」
「!? で、でも! 勇者の件があったばかりだし、ホッとしたいでしょ!? 温め直してくるわ!」
「…………」
よく見えなかったが、ルミナは頬を真っ赤にしてキッチンへ走って行ってしまった。
「ライ、あんた意外と言うじゃない。責任取れんの?」
「…… 責任? どう言う事ですか?」
その遣り取りを聞いていたルナが、ニヤニヤしながら言うのだ。
どうやら、やはり私はルミナの好意を無碍にしてしまう言葉を発して、彼女を怒らせてしまったようだ。
その後、何となくルミナが余所余所しくなったように感じたので、特別扱い云々の話はしていない。
まぁ、特別扱いと言っても、私の亜空間にアクセスする権限を付与するというだけの話だが。
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「どういうつもりだ!! 私は、目障りな民間軍事会社を潰して来いと言った筈だが?!!」
「いや〜なんか親近感? 湧いちゃってさ」
転移魔法で帝国へ戻った勇者は、ありのままを報告し、酷く叱責されていた。
帝国の密偵が手に入れた情報では、victory order社にはABランクを含む600名以上の兵士が在籍していて、中にはA++や英雄の存在も確認されている。
帝国内でもvictory order社の世話になっている業者がいる事は知っていたが、相手は民間の矮小な会社だと、帝国は気にも留めなかった。
しかしだ、規模は小さくとも、蓋を開けて見れば高密度に戦力が圧縮された軍事組織が、最近、反抗的な態度をとっているストラス王国や、元々目の上のコブだったアルザスの統一したトリア王国に組みしているのだ、最早放置する訳にはいかないだろう。
「お前の衣食住は誰が面倒見てやってると思ってるんだ!! 我々が居なければ、お前は今でも乞食をやっていただろう!!
そんな恩人の命令に背くとは、とんでもない腰抜けのボンクラだっ!!」
「言いたい事は分かるんだけどね。ほら、僕も自我のある人間なんだ。命令するならさ、その辺も勘定に入れといてもらいたいな」
「もう一度チャンスをくれてやる!!
いいか? よく聞けクソアマ! victory orderを潰して来い!! 今すぐだ!!」
「もー、行かないってば。僕の役目は魔王軍と戦う事でしょ?」
「そんな事は当たり前だっ!! お前の役目は、我々の命令全般だろうがっ!!」
勇者 咲煌は、目の前で喚き声をあげる高官の耳を掴むと半分ほど引き裂き、キスをするのかという程の距離まで顔を近付けた。
”うるせぇよ”
そう呟くと、耳を掴んでいた手を放し、ゼロ距離から高官の頬を引っ叩いた。
ビンタを食らった高官は、空中で3回ほど回転し壁に激突し即死したそうだ。




