#36 東西トリア紛争4
西トリアの侵攻が始まって、ちょうど1週間が経過した頃。配備された2門の魔導兵器は、西トリアの神聖騎士団が鹵獲し、戦線は王都にまで到達していた。
西トリアに近いサファヴィー公国とセレウキア王国は、安全保障上の懸念から、明確な立ち位置を示せずにいたのだ。現状、西トリアが優勢であり、このまま西トリアが押し切ってしまえば、後々火種を抱える事になりかねない。
ちなみに、神聖騎士団とは聖騎士団の上位で、Aランクの者達の集団だ。
victory order社のみで編成された補給部隊は、王都周辺に陣地を敷き、物資を投下すると、負傷兵と捕虜を回収し帰投し始めた。
「おい! てめぇらっ!!
西トリアの収容所に着いたら、”コイツ” でケツを切り刻んでやるから楽しみにしてろよ!! ヒャァァハッハッ!!」
「「ヒィィィッ!!」」
フルプレートアーマー…… 勿論、フルフェイスの鎧に身を包んだ西トリアの騎士が、手にしたナイフをチラつかせ輸送中の捕虜を脅してした。
言わずもがな、エスカーである。
彼が馬鹿な事を言っている頃、帝国が東西トリアの紛争に対しコメントしていた。
「我々が派遣した部隊がストラス国に入国出来ずにいるが、その状況を引き起こしているストラス国の判断は賢明ではない。
我々が派遣したのは、戦闘部隊ではなく治安維持部隊だ。民間への被害が確認されている状況を憂慮するのであれば、今回の決定を誤りだと認め、撤回すべきだ」
この発言に、テオは間髪入れずに反応した。
「撤回は有り得るのでしょうか?」
「局地戦は散発的に発生しているようだが、状況は着実に ”終わり” に近付いており、長期化する兆候は見られない。時期に停戦交渉が始まるものと思われ、これはストラス国の判断が正しかったと証明するものだ。引き続き、如何なる国の、如何なる部隊であっても領内通過は認めない」
「テオ報道官、ストラス国の企業であるvictory order社が紛争地域で活動しているとの情報がありますが、それはストラス国が依頼し、自国騎士団の代わりに送り込んでいるのですか?」
「その情報は一部誤りだ。
ストラス国がvictory order社を動かした事は確かだが、それは依頼ではなく ”命令” だ。
ストラス国は、東西トリアとの国境付近に広大な敷地を有するvictory order社に対し、 その敷地を開放し ”避難民の受け入れ” と、 ”避難所の整備” を、国王の名において命令した。それだけだ」
西トリアの侵攻が始まった翌日、私は、ルナに対し、避難所の建設と、その場の治安維持をするよう指示していたのだ。
ルナは指揮下の部隊を使い、雨露を凌ぎプライバシーが確保出来る簡易住宅を大量に拵えていた。
「紛争地域で活動しているのは、victory order社の独断という事で間違いないのですね?」
「ストラス国は、victory order社に対し避難民の受け入れと避難所の建設を命令し、備蓄してある食糧や建材、医薬品といった戦略物資の一部を放出した。だが、ストラス国が行った事はそこまでであり、victory order社の東西トリア領内での活動は認めていない。
つまり、victory order社は自発的に紛争地に入っている」
テオが魔道具を起動させると、そこには、とんでもない大男の率いる部隊が避難民の安全確保を行っている様子が映し出された。
驚異的な巨躯の持ち主であるヴィットマンは非常に目立つし印象に残るので適任だ。
「現在、他国に求められているのは部隊の派遣ではない。
水と食糧、そして復興支援の用意だ」
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その更に1週間後。
西トリア騎士団は、東トリア騎士団の拠点をほぼ全て制圧し、城を包囲していた。
アルザスの性格上、籠城されれば城そのものをカスも残らないほどに破壊させるだろうと思っていたが、東トリアの王族が早い段階で降伏した事で、私の予想した最悪のシナリオは回避された。
”東トリア全域を寄越せ。てめぇらの持ち物で、俺を満足させられるのはソレしかねぇ”
意外だったのは、東トリアの王族達の処分だ。
東トリアに付いた貴族達の大半は処刑されたが、王家の者達は資産を没収されて国外追放されたのだ。
「どの面下げて、どこの国に行くのか見物だぜ」
良い性格のアルザスに見送られ、王族達が向かったのは帝国ではなく、南部のセレウキア王国だった。皇帝の親戚で、シド達に執拗な嫌がらせをし冒険者証まで取り上げた王様は、地位を失った王族達に案の定情けは掛けなかった。
特に技能も持っていないと思ったのだろうか、事もあろうに冒険者ギルドを紹介していたらしい。
まぁ、薬草の採取依頼を請け続けていれば日銭は稼げるだろうが。
「ラインハート、礼を言うぜ。お前のおかげで邪魔が入ることもなく、すんなり終わっちまったよ」
「おめでとうございます。東西トリアを統一した歴史に名を残す国王に成りましたね。アルザス陛下」
「あぁ、ありがたい話だ。
だがな、お前がストラス国でコソコソしてたのは知ってるが、完全に掌握してたってのも、俺にとっては有難い話なんだぜ?」
「はて? 何の話か分かりませんね」
「とぼける必要はねぇ。今日は長居出来るんだろ? 景気のいい話がある」
その頃、ストラス国にはゲヴァルテ帝国の高官が訪れていたらしいが、私はアルザスとおしゃべりを楽しんでいたし、テオは報道官の仕事以外は全てパスだ。
つまり、その高官の相手をしていたのは、傀儡の新国王ザーヒル一人だったわけだ。




