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#32 最強の娘

ある日の夕方。

私の実施する個人レッスンを終え、事務所に辿り着いたベルを、全従業員が涙を流しながら拍手で出迎えた。


そう、9ヶ月に及ぶ個人レッスンが終了したのだ。


血と汗と、そして泥に塗れた戦慄の日々を耐え抜いたベルに、私を含め、全員が惜しみない拍手を贈り、その成長を称えた。


「あ……。今日は、最終日でした…… ね」


血反吐を吐きながらも、休む事なく全力で走り抜けた9ヶ月間。ベルの美しい黒髪は、半分が色素が抜けて白髪になってしまっていた。


「社長……」


ベルは、不安そうな眼差しで私の目を見つめた。彼女が個人レッスンを申し出た動機は、”最強のシャーロット専属護衛” と成るためで、その任務を任せる条件として私が言ったのは


”私の予想を超える成長を遂げたなら……”


だった。

その答えを、ベルは欲しているのだ。


「えぇ、分かっています。ですが、その合否の前に、先ずは入浴と疲労回復です」


……………………………………………………………………………


「ライ、頼まれてた装備は届いてるわ。

でもさぁ、本当に ”これ” で良かったの?」


この日の為に、私が素材を用意して仕立ててもらったベルの専用装備も届いていた。

宴の準備も整い、後はベルを待つばかりだ。


「ラインハート、ベルちゃん復活したわよ」


魔王ミアの魔力で、疲労困憊で意識が朦朧としていたベルは見事に全快した。

そして、入浴を終え、着替えたベルを祝うのは、改築した時に拵えた大き目の宴会場だ。

一体いつになったら使う日が来るのだろうかと、その存在意義に疑問を感じていたが、この日、漸く役に立ったのだ。


宴会場にベルが入ってくると、それまで騒がしかった会場が嘘の様に静まり返った。


「ベル、よくぞこの日を迎えました。

貴女は、私の個人レッスンを修了した唯一の人族です。心の強さも戦闘力も申し分ありません。今この瞬間より、貴女には ”シャーロット専属の護衛” 任務を命じます」

「はっ! この命の限り!!」


最上級の一礼をするベルの目から、大粒の涙が溢れた。


クラス ”守護者(インペリアルガード)


スキルを手に入れ、用意した専用装備を受け取り、遂に、彼女は完成したのだ。


……………………………………………………………………………


ベルの訓練修了を祝う宴の最中、エスカーとヴィットマンが私の席にやって来た。

ベルについて、色々と聞きたい事があるようだ。


「しっかし、聞いてるだけで吐き気がする訓練を、ベルはよく耐えたな」

「まったくだぞ、ラインハートよ。ベルが夜中に自室に戻って行く姿を何回か見掛けたが、朝になったら死んでんじゃねぇかって、その都度心配したぜ。で? どんな仕上がりなんだ?」


ヴィットマンは、ベルがどの程度の強さを手に入れたのか聞きたくて仕方ないといった感じだ。


「お2人と対等……。 状況次第では、お2人が束になっても手に余る程度です」

「「マジか!!?」」

「えぇ、私でも不覚を取るでしょう」

「おいおい…… そりゃ、さすがに持ち上げすぎじゃねぇか?」


半信半疑なエスカーに、私はシャツのボタンを外して肌を見せた。


「!? …… おい、その傷跡は!?」


私の胸には、防ぎきれなかった ”何か強力な斬撃” の痣が、大きく斜めに走っていた。


「今日、最後の課題で受けた傷です。ベルがスキルを解除しなければ、私は死んでいたかも知れません。 ”状況次第” では、その程度の強さになるのです」

「マジかよ……」


その状況が来るか来ないかは別として、私は、とんでもない殺戮機械を創ってしまった事に、ほんの少しだけ罪悪感と高揚感を覚えた。


「ラー! ベルの装備なんやけどな!」


蒼褪める2人の背後から、シャーロットとベルが大急ぎでやって来た。装備についてはルナも気にしていたが、やはり気に入らなかったのだろうか?


「めっちゃええやん! 最高やで! って私は思うんやけどな、何かベルが困っとる」


ベル用に用意した装備は、ロングスカートのメイド服にフリル付エプロン、ヘッドドレスに、ストラップシューズだ。

シャーロットは護衛ではなく侍女をご所望だったので、役目は護衛要員だが、見た目だけは侍女に見えるよう配慮したのだ。

その甲斐あって、シャーロットは絶賛しているが、着用する本人が渋い顔をしている。


「社長。デザインがちょっと、という訳では無いのです。少し手違いが有った様なので気になりまして……。その…… 襟の刺繍とかです」

「それは手違いではありません。私が依頼しましたし、渡す前に検品済です。

問題ありませんよ」

「そ、そんな!?」

「ベル、貴女は9ヶ月間まったく外出していませんでしたし、今の所、シャーロットには火急の依頼もありません。なので、このタイミングで長期休暇を取得しませんか?」

「長期休暇ですか?」

「えぇ、今後は長期休暇が取りにくくなると思うので、里帰りして御両親に成長した姿をお見せしては?」


未だ装備の件も腑に落ちないベルの顔が、更に曇る。


「社長、私には肉親が居ません。

物心ついた頃には、施設に居ましたので……」


少し地雷を踏んでしまった気がした私は、咄嗟に、しかし飽くまでも自然に話題を代えたのだ。


「では、何か要望は有りますか?

給与面であったり、福利厚生であったりと、私に出来る範囲限定となりますが」


少し沈黙したベルは、シャーロットに耳打ちすると、そのまま2人して宴会場の人混みの中へ消えてしまった。

はっきりと ”無い” とは言われていないので、少し待ってみようと、私は気楽に考えた。


「ライ。まぁベルは戻って来ると思うけどよ。どうする? 給料毎月金貨10万枚とかだったら」

「ラインハートよ、俺は金ではないと思うがな」


金だと予想したエスカーと、それ以外と予想するヴィットマン。

果たして、ベルの要望とは何だろうか。


「何でしょうね。私は、常識の範囲内だと高を括っていますが」


エスカーは金銭的な要望に金貨2500枚を賭け、ヴィットマンはそれ以外に金貨2500枚を賭けた。

合計5000枚の金貨を私が預かり、ベルの帰りを待ったのだ。


暫く待っていると、魔王ミアやルミナ、ルナと共に2人は戻って来た。

そもそも、何故、魔王ミアまで一緒に居るのだろうか? と得も言えぬ違和感を感じていたが、遅れてテオやシドまでやって来た事に、私の ”危機を察知する直感” が警報を発し始めた。

私の前に来たベルの背後には、魔王と戦闘民族の女性2人が目を閉じて立っている。その更に後ろには、テオとシドが仁王立ちで控えているのだ。何故、私はこれ程までに緊張しているのだろうか。

この異様な雰囲気が何なのか…… いや、この異様な雰囲気に何故なってしまったのか……。


雰囲気にのまれた私には、最早、解る筈もなかった。


「社長、私と……」


ベルが呼吸困難になりそうになりながら、焦らすように話し始めた。

私の背後では、エスカーが ”ちっくしょょょっ!!” と、遠慮無く心の声を口から発しているが、少し黙って欲しい。


「ベル。貴女、まさか……」

「私と! 養子縁組を結んで下さい!!」

「「「…………は?」」」


私と、恐らくエスカーもヴィットマンも思っただろう。


これは何かの間違いとかじゃなく、そもそも聞き間違えただけで、実は全然別の要件を言ったんだ。と


「ベル? 今、養子縁組? と言いましたか?」


聞き間違えただけだと思った私は、いつもの様に、にこやかに聞き返した。

その問いに答えたのは、ベルではなく戦闘民族の女性だった。


「養子縁組って言ったわ。ベルを養女にしてあげて。ライパパ」


私は握っていたエスカーとヴィットマンの賭け金が入った袋を、思わず床に落とした。

養女とは何か? 養子縁組とは何か? 私の記憶が正しければ、養子縁組とは、血縁関係とは無関係に人為的に親子関係となる事であり、養女とは、養子になる女性の事だ。

即ち、ベルと養子縁組を結べば、私は自動的に養父となり、未婚にも関わらずパパとなるのだ。


「ラインハート。その娘を育てたのは誰?」


魔王ミアは ”即答しなさい” と言わんばかりに圧を強める。恐らく、幹部達はベルの要望を了解済みで、証人として、今この場に居るのだろう。

私は、瞬間的には動揺したが、年齢的には娘どころか夜叉孫が居てもおかしくない年齢なのだ。意外と問題無かった。

なので、目を閉じて私の言葉を待つベルに言ったのだ。


”喜んで” と。


……………………………………………………………………………



幹部達が証人となり、私はベルと親子関係に成った。

特に何が変わった訳では無いが、宴会が終わった翌日には、”父上” や ”お父様” 、 ”パパ” など、しっくり来る呼び方を模索しているベルの姿を愛らしく思ったのだ。


勿論、その件は掲示板に張り出され周知されたのだが、一般の社員は別件で動揺していた。


「マジかよ……」

「いや、よく考えろ。”あの訓練” に耐えきったんだ、無くはねぇって」

「違いねぇ、俺は1日持たねぇ自信がある」


贈ったメイド服を装備し、シャーロットの朝食を用意するベル。

その姿に、一般社員は動揺していたのだ。

制服として支給している装備には、その何処かに、その者のランクが刺繍されている。


ベルの装備の襟には、”S+” と刺繍されているのだ。

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