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#30 ヒーラーは意外と無慈悲だった件

捕らえた盗賊の頭目を連れて、彼等は一先ず事務所に戻ったらしい。

行きしなに待ち伏せしていた盗賊達の中で、恐らくは幹部だろう輩も生け捕りにし、複数名連行したようだ。


事務所の応接室では、ルミナがお茶を飲みながら盗賊達を待っていた。自称 ”戦闘民族” ではあるものの、ストラス城での乱闘にも参戦しなかった彼女が、ルナが気を遣う程に怒っているらしい。だが、静かに紅茶を愉しむ姿からは、怒りは微塵も感じられない。


そんなルミナの待つ応接室に、頭目が到着した。


「待ってたわ。まぁ、特に話がある訳では無いけど」

「へっ、いい女じゃねぇか。あんた ”アレ” か? あの雑種野郎の愛人か?」


頭目は、小指を立ててルミナを揶揄った。

ルミナは、ティーカップを置くと立ち上がり、頭目に近付くと、その目障りな小指を優しく掴んだ。


「愛人ではないわ。私は幹部の1人よ?」

「この後、俺はサファヴィー公国に連れて行かれて、そこでぶっ殺されるんだろ?

冥土の土産に抱かせろよ」


それを聞いたルミナは、優しく微笑んでいたらしいのだが、纏う魔力と瞳からは、全てを凍てつかせる様に冷たい冷気を放っていたそうだ。


「劣等種の ”種” を宿す気は無いわ。自分が宿すべき種は ”もう決めている”

冥土の土産は、私の ”サポート能力” なんてどうかしら?」


次の瞬間、頭目の小指は爆ぜ、前歯が根こそぎヘシ折られた。


動体視力から始まり、俊敏性、残虐性を解放する。そして、その残虐性が望む力を可能な限り引き出す ”禁忌”


ルミナのスキル ”生存本能”


本来は自分以外の者に使用するバフを、ルミナは自分自身に使用したのだ。

その効果は凄まじく、爆ぜても尚執拗に握り締めた小指は引きちぎれ、殴られた頭目の意識は、身体と共に何処か遠くに吹き飛んでいた。

最早、それはヒーラーの戦闘力などでは無かったのだ。


ルミナは、空間収納からシャーロット愛用のスコップを取り出すと、頭目の意識を引き戻した。


「此処に連れて来たのはね、おイタが過ぎるバカを躾ける為よ。それ以外の理由は無いわ」

「ひゃめて! ひゃめてくらはい!!」


ヒーラー故に、死ぬギリギリまで遠慮無く痛めつける事が出来たのだろうか。

ルミナは ”半殺し” を地で行ったのだ。

超強化されスコップを手にした怒れる女と、完全に無力化された悪党が対峙しているという戦慄の空間で、何をされて盗賊がどうなったかは言わないでおこう。


……………………………………………………………………………


「マルファ様! 容疑者が到着しました!!」


軽い軟禁状態に置かれ、暇を持て余していた我々は、再び王の間に連行された。

そこには、すっかり老け込み大人しくなった盗賊の頭目と、完全に怯えきった盗賊団員が居たのだ。


「案外早い再会になりましたね。しかし、何が有ったんですか? 随分老けてしまったようですが……」


マルファを含め、その場に居たサファヴー公国関係者全員が絶句していた。

頭目は、止血や簡単な治療はされているものの、歯は全て折られ、右の小指と片方の眼球が欠損していたのだ。

老けて見えたのは、歯が1本も無かったからだろう。


「貴様ら! 生け捕りとは言ったが、生きていれば良いと言う話では……!!」

「生け捕りってぇのはな、案外難しいもんなのよ。コイツみてぇに逃げ出そうとする馬鹿も居りゃ、逆上して襲いかかってくる馬鹿も居る。2~3発食らわして大人しくさせるなんて常識だろ?」


マルファを遮り、エスカーが喋りだした。

確かに、エスカーの言う事は間違いでは無いが、彼の戦力的には傷一つ付けずに無力化する事は容易いはずなのだが。


「あ〜、勘違いしないでくれよ?

やったのは俺じゃねぇ。めんどくせぇって理由で此処には来てねぇが、やったのは可愛らしい幹部のお姉さんだ。そこの馬鹿がしくって、そのお姉さんの逆鱗に触れちまったんだよ」


そんな事を言うエスカーに続き、証拠品と現場の映像を録画した魔道具を提出したルナが、さっさと ”そこのクズ” を高性能な水晶(嘘発見器)に掛けやがれと言い出した。

その言葉を聞いた頭目は、横に居たサファヴー公国の騎士の足にまとわり付き、何かを必死に訴え出したのだ。


「あ”う”あ”ぐっっ!! あ”や”ぐっっ!!」


歯がないので、何を言っているのか全く分からない。その場に居合わせた誰一人として、頭目が何を言っているのか理解出来なかった。

これは、後で分かった事だが、頭目が言っていたのは


”早く始末してくれ!! 夜になったら、あのキチガイ女が攫いに来んだっ!!

死んだ方が1000倍楽なんだってっ!! 早く殺ってくれよっ!!”


的な事を言っていたようだ。


サファヴー城に移送する前に、ルミナは言ったそうだ。


”明日まで生きてたとしたら勿体ないわ。夜に様子を見に行って、もし生きてたら連れて帰ってあげる。

……続きを楽しみましょう”


まぁ、軽いジョークのつもりで言ったらしいが、追い込まれている頭目にはキツ過ぎたようだ。

その後、高性能な水晶によって我々の潔白は証明された。我々は ”品名 芋” となっている荷馬車を運んだだけで、不細工なお姫様とは面識さえも無いと出たのだ。


「貴様ら、今回は生かして帰してやるが、今後は分からんぞ。我が国では、貴様らのような拝金主義のハイエナ共は一律に有害と看做している。盗賊共と同じという事だ」

「マルファ公爵、ご忠告ありがとうございます。では」


我々が帰った後、その日の内に、広場には歯もげになった頭目と、盗賊団の幹部達の亡骸が吊し上げられたそうだ。

不細工な娘とはいえ、本人からすれば大切な我が子だ。実行犯を自らの手で始末したところで、心に出来た空白が埋まる訳もない。

その空白が何で埋まるかは人それぞれだが、マルファの場合は、憎悪と見当違いな殺意で徐々に満たされていったのだった。

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