#3 嘘
歩く事5日。
初日はギクシャクしたが、数日間同じ釜の飯を食べたのだ。
関係は良好である。
「ライは何で敬語なの?
これから冒険者としてやって行くのに、そんなんじゃ舐められるわよ?」
ルナが言わんとしている事は理解出来る。
これから、ドS率の高い冒険者達の仲間入りをするのだ。
恐らく、私の様な喋り方の冒険者は居ないだろう事は容易に想像出来た。
「ルナさん、私が敬語なのは楽だからなのですよ」
「楽? そうかなぁ?
まぁ無理強いはしないわ」
舐められようがカツアゲされようが、人間の世界で人権を獲得するまでは悪目立ちする訳にはいかない。
「フフフッ。大丈夫よ! お姉さんが守ってあげる!」
厭らしい笑みを浮かべるルミナと目が合った。
そう、こうやって揶揄われているぐらいが丁度いいのだ。
そうこうしている内に、目的の街が見えて来た。
森から最も近い人間の街 イヴエだ。
この街は、森の魔物討伐依頼を頻繁に受注する彼等の本拠地のような街らしく、彼等は勿論、同行している新顔の私も、身分証の提示を求められる事無くすんなり入れた。
「先ずは、宿に寄って荷物を置いて来ましょ。
ライの部屋はシド達と同じ部屋になるんだけど、ベッドが足りないから部屋を変えてもらわなきゃだし」
宿に行き、荷物を置くと大通りに向かった。
目的地は、冒険者ギルドだ。
「私達は討伐完了の報告と素材の換金して来るから、ライはクラスを確認して来て」
「クラスの確認とは?」
「入って左奥の部屋に水晶があるから、それに手を翳すだけよ。
いきなり頭の中に声が響いてビックリするけど、その声が ”クラス” を教えてくれるの。
冒険者登録の紙にクラスを書く欄があるから、ちゃんと確認しとくのよ?
じゃ後でね」
周りを見渡すと、ガラの悪い連中や亜人、少しガタイが良いだけで一般人にしか見えない者、明らかに魔導師チックな者まで様々だ。
その場の誰もが他人の事など無関心。
予想していたカツアゲや、喧嘩マニアによる絡みは無い。
正直拍子抜けしてしまったが面倒な事はお断りなので、この無関心は有難い。
早速、クラスを確認する為に水晶のある部屋へ入った。
狭い部屋の奥には水晶が有るのみ。
水晶に近付くと、扉が閉まり鍵が掛かった。
一瞬、罠かと思ったが、どうやら個人情報保護の為の仕掛けの様だ。
”確認が終わったら開きます。壊さないで下さい”
扉の内側に注意書きが有った。
水晶に手を翳すと、周囲の時間が止まった様な感覚に陥った。
だが、身体の動きは制限されてはいない様だ。
『あらあら、元魔王軍の兵士が来るのは初めてですよ』
「!? 何故、私が元魔王軍の兵士だと?」
『それは、私の正体が貴方達が ”神” と呼ぶ者だからかしら』
「神……」
『納得したかしら? 人間でも魔族でもない、歪な戦士さん。フフフッ』
「えぇ、無理矢理感は否めませんが納得しました」
「では、貴方のクラスをお伝えしますね。
貴方のクラスは…… ”ダークロード” です」
神を名乗る女性の声。
その女性が発した物騒な言葉に、私は耳を疑った。
「申し訳ありませんが…… 聴き取りにくかったので、もう一度お願いします」
『何度でも言いましょう。
貴方のクラスは、”闇の支配者” です。
聴き取れましたか?』
「…… 質問があります」
『貴方は、人間でも魔族でもないのです。
冒険者には成れません。しかし、貴方は冒険者に成れないからといって魔王軍に戻る気も有りませんね?
ならば、グレーな生き方を突き詰めるのです。
そして、いつの日か自分の存在を周りに認めさせなさい』
無視されたと思ったが、答えは帰って来た。
流石は神様、心が読めるのだろう。
その後、声は聞こえなくなり扉の施錠が解除された。
「困りましたね。これから冒険者登録ですが、神様から冒険者になれないとお墨付きを頂くなんて」
まぁ、問題は冒険者になれないという事だけでは無い。
この部屋を出れば、私のクラスについて興味津々だったあの4人が待っているのだ。
出会って間も無い半人半魔のクラスが、まさかの ”闇の支配者” だった等と知れたら……。
私は、部屋を出る刹那の時間に思考回路をフル回転させた。
結果、彼等には申し訳ないが虚偽のクラスを伝える事にしたのだ。
「ライ、クラスは何だった?」
「トカゲを俺達みたいに楽に狩れるんだ。上位のクラスだったろ?」
案の定、そう案の定の展開だ。
勿体ぶってないで教えろよと言わんばかりに詰め寄ってくる4名に、私は予定通り虚偽のクラスを伝えるのだ。
「ウ…… 軍師だと言われました」
「ちょっと! それ、かなり上位じゃない!」
「な? 俺の言った通りだろ? 誰だったっけ!? 初々しい冒険者とか言ってた奴は!」
「はーい!ルナが言ってました! フフフッ」
「ちょっ! ルミナ黙って!」
楽しんでいる彼等を見て、余計に申し訳なさが募るが、まだ終わりではない。
この後、私は更に申し訳なく思う事になるのだ。
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「貴様、ラインハートと言ったな。
この水晶に手を翳しながら、我々の質問に答えよ」
抜き身の剣を手にした騎士に包囲され、私は水晶に手を翳した。
この水晶は先程の水晶とは別の水晶で、嘘発見器の様な物らしい。
「貴様は魔王軍の兵士か!?」
何故こんな事になっているのかと言うと。
私のクラスを知って大はしゃぎした4名が落ち着きを取り戻すのを待って、ギルドの受付に行った後の事だ。
勿論、私の冒険者登録をする為なのだが……
受付に居たマダムは、直ぐに私の魔眼に気が付いた。
「あ……貴方、魔族よね? 魔族は冒険者登録出来ないわ」
怯えているのだろうか。
少し声が震えているが、それを悟られない様に必死に振舞うマダム。
「何で登録出来ないの! ライは特別なんだって何度も言ってるじゃない!」
ルナが鬼の形相で食い下がる。
しかし、覆る事は無いだろう。
何故なら、神様が冒険者にはなれないと断言していたのだから。
「何度も聞いたわ! 人間と魔族の雑種なんでしょ!?」
「言い方っ!!」
「それは純粋な人間ではないし、亜人とも違うでしょ!
魔族の血が流れてる者に、身分証明書として使える冒険者登録証を発行出来る訳がないでしょう!!
魔族の身分を保証するギルドが何処にありますかっ!!」
「だーかーらー!! 魔族じゃなくて、ライは魔族と人間の間の子なのっ!! 魔王軍じゃないし! そんなのとは関わる事無く生きてきて、最近森に捨てられてしまった可哀想な可愛い男の子だって言ってんのっ!!」
「も〜…… 埒が明かないわ。
上に聞いてみるから、少し待ってなさい」
「自分で判断出来ないなら、最初からそうしなさいよね!!」
マダムが奥の部屋に消えてから20分程経っただろうか。
これは嫌な予感がする。
その予感は見事に的中した。
案の定、マダムは騎士団に通報していたのだ。
そして、囲まれた。
人間の世界では尋問は存在しない。
過去には有ったようだが、この水晶の発明によって尋問は時間の無駄となり、廃止されたらしい。
この水晶が反応すれば黒、反応しなければ白となり放免される。
質問の仕方次第で、結果をどうとでも操作出来そうだが、変化球が無い事を願うとしよう。
「貴様は魔王軍の兵士かッ!!」
「いいえ、私は魔王軍の兵士ではありません (”元”魔王軍の兵士です)」
「よし、反応は無いな!
では次の質問だ! この者達が言うように、貴様は親に捨てられ、森で遭難し死にかけていた所を助けられたのか!?」
「その通りです。
私は、(彼此500年程前の事ですが)両親に捨てられ、(何やかんやあって辿り着いた)森で遭難し、(憧れの魔王様から頂いた)食糧が底をついて困り果てていた所を彼等に助けられました」
「…… 反応は無いな。
殺しや盗み、住居不法侵入、婦女暴行、それらの犯罪に手を染めてはいないな!?」
「はい、勿論です(民間人を手に掛けた事はありません)」
「…… 反応…… 無しだな」
この水晶のおかげで尋問が無くなったというので、それはそれは精度が高かろうと思っていたが、存外ザルであった。
「今回は、このまま帰してやる。
だが冒険者登録と、この街への定住は認めないぞ。
この街に滞在している間、毎朝、騎士団詰所に1日の予定を報せよ。
それと、これを持て」
騎士から、小さな水晶が手渡された。
「これは?」
「これは、貴様の居場所を把握する為の魔道具だ。
外出する時は、必ず水晶を携帯するように。
街を出る日には、忘れず返却しろ」
まるで犯罪者にでもなった気分だ。
勿論、ルナとルミナが黙っている訳が無い。
「あのさぁ! これじゃ犯罪者か奴隷じゃない!!」
「そうよ! どうせ変なイチャモンつけて私権制限していくつもりでしょ!!」
「おい小娘、よく聞け。
コイツを牢にぶち込んでもよかったのだぞ?
しかし、牢屋もタダじゃないのだ。
牢屋での衣食住は税金なのでな。コイツに血税を使うより、さっさと街を出て行ってもらう方が賢かろう」
「うっざ!! 街中の巡回しかしない騎士の給料は、賢い税金の使い方なのかしら!」
「何だと!!」
「ライ!行くよ!!
イライラするから甘い物食べに行こ!!」
甘味処でストレスを発散させ、宿に戻った。
普通に考えれば、彼等にとって私は迷惑な存在だ。
出会って間もない彼等に、その負担をしてまで一緒に行動するメリットは、今のところ無い。
「ライ、あんなの気にしちゃダメだよ?
この街では登録出来なかったけど、他の街なら登録出来るかも知れないし、もっと普通に接してくれるかも知れないしさ」
「今、魔族と人間は戦争しているんですよね?
であれば、あの反応が普通なんじゃないでしょうか」
「いや、俺達はさ、魔族は全員魔王軍みたいな凝り固まった考え方が嫌いなんだよ」
「……?」
「人間にも亜人にも、戦争に一切関与せず普通に暮らしてる民間人が居るだろ?
それってさ、魔族にも居ると思うんだよな」
「そうそう。なのに、魔族だからって理由で皆殺しとかしてたらさ、魔族だって人間見つけたら皆殺しにしちゃって、殺ったの殺られたのって、何時までも戦争終わんないわ」
「戦争も終わんねぇけど、月イチのトカゲの討伐と男性差別も無くなんねぇよな」
「何よぉ! トカゲは無くならないけど、男性差別は元々無いでしょ!?」
「「…… はい! 無いです!!」」
本音だろうか。
宿屋に併設されている酒場で、小鉢をつつきながら酒を呑む。
そんな状況で出た話だ。
彼等の過去については知らないが、魔王軍時代に捕らえた捕虜の様子とは一線を画す意見に、私は少し動揺していた。
「ライ。今更だけど聞いていいかしら?」
「何でしょうか?」
ルミナが神妙な顔で問い掛ける。
「あんた何歳?」
「…… (500と)19になったばかりですが」
ニッコリと微笑むルミナ。
どうやら、私は彼女の予想通りの年齢だった様だ。
「あんた、迷惑だと思ってるんじゃない?」
「えぇ、そう思っています」
「大丈夫よ。 お姉さんが引き続き守ってあげる!」
俺も守って!とシドとテオが騒ぎ出し、私も守ってあげる!と、ルナが言うのだ。
その言葉に甘んじるべきか否か。
その答えは、もう解っている。
解散し、各々の部屋に戻った。
騎士団との遣り取りのおかげで、少し飲み過ぎてしまったのだろう。
シドもテオも、ベッドに横になると一気に深い眠りに落ちてしまった。
この先、立ち寄る全ての街で同じ事を繰り返すだろう。
今回は牢に入れられる事はなかったが、この先もそうとは限らない。
最悪、彼等も牢に繋がれる日が来るだろう。
優しい言葉を掛けてくれた彼等には申し訳ないが、これ以上迷惑が掛かる状況には私が耐えられない。
一筆書き、それを一塊の金塊に添える。
ささやかだが、同行させてくれたお礼として置いておいた。
今回は、彼等の様な人間が居ると分かっただけで十分だ。
神から言われたように、自分の存在を認められる日が来たのなら、その時は胸を張って彼等と会えるだろう。
また会える日を楽しみに、私は足りない経験値を補う旅に出るのだ。
「便所か?」
ドアノブに手を掛けた時、夜の街の喧騒が微かに木霊する部屋に、突如テオの声が響いた。
「すみません。起こしてしまって」
謝る私の横を素通りし、テーブルの上に置いてある紙を手に取るテオ。
「そんな事だろうと思ったぜ。
だが、俺もライの立場なら同じ事を思っただろうな」
「…… 皆さんは、私を連れて行動すれば立場が悪くなります」
「かも知れねぇな。
でもよ、殆ど人間と関わった事の無いお前に、人間は感じの悪い奴ばかりじゃないって知って欲しい。
偏見を持ってもらいたくない。
コイツらは、本気でそう思ってるんだぜ?」
「!?」
扉の向こうに2つの気配を感じた。
見事に魔力を抑え、気配を断って扉の前まで来ていたのはルナとルミナだった。
「ライ。あんた、黙って出て行こうとしたのは私達を想っての事?」
「そうです」
これはこれで耐え難い空気だ。
「そう想えるなら、あんたが突然居なくなった後、私達がどう思うか、それも考えられるわよね?」
「…………」
「ライを責めてる訳じゃないの。
私達は、森に入る前に神のお告げを聴いたわ」
「神のお告げ?」
「 ”森で運命と出逢う” そして、森に入って数日後、ライと出逢った」
巫女や聖女は、その意志とは無関係に、ある日突然、天啓を得ると聞いた事がある。
神に愛された、ひと握りの者だけの特殊能力だ。
この大陸に流れ着いたのも、運命だったのだろうか。
そんな事を考えながら、私は肩を落とした。
森で出逢った運命とやらが、最近まで宿敵である魔王軍に所属していたと知ったら、彼等は一体どう思うのだろうか。
「その話を進める前に、幾つか皆さんに伝えなくてはならない事があります」
もし、その運命とやらが私の事なのであれば。
共に歩む未来は変わらない。
「私は、つい最近まで魔王軍の兵士でした」