#29 生け捕り
シェフシャでの晩餐を楽しみ、我々は、翌日の夕方には事務所に戻っていた。
盗賊の依頼の事など忘れて、その日の晩は幹部達と酒を飲み交わし、クロエの懐妊を再び喜んだのだ。
しかし、忘れていた盗賊共の依頼のおかげで、翌日、とんでもない事になるとは思いもしなかった。
朝、私は執務室で何時ものように書類に目を通していた。そろそろ、朝食の用意を済ませたルミナが呼びに来る頃だ。何故か、私の朝食はルミナが用意してくれるが、何故なのかを聞いても、彼女は素っ気なく返答を拒む。
「ライ、朝食の前に西トリアの騎士団が話をしたいそうよ」
そんな事を考えていると、執務室にルミナがやって来た。しかし、朝食の用意が整った報せではなかったが。
遂に、アルザスは東トリアと事を構える気になったのだろうか?
「ラインハート殿、サファヴィー公国からの要請により身柄を拘束させてもらう。が、サファヴィー公国に移送する前に、アルザス陛下が話がしたい仰っておられる。なので、先ずは城まで同行願いたい」
「…… 良いでしょう」
私の住民登録が西トリアだからだろうか。サファヴィー公国は、西トリア騎士団に身柄の引渡しを要求した。まぁ、配達した荷物に問題が有ったのは何となく分かるが、私を拘束するという事は、配達した部下は既に拘束されていると思うべきだろう。
ベルの様に拷問されていなければ良いが。
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「陛下、お久しぶりです」
「久しぶりだな。だが、しばらく会わない間に、テメェらが何してたかは耳に入ってる」
「今回の件もご存知で?」
「まぁな」
アルザスの密偵以外にも、数ヶ国から密偵が放たれていたのだが全て無視している。
我々の主となる業務は、今の所、運送業だからだ。特に隠す必要も無い。
魔王軍が来た時は、狙ったかの様に密偵が居ない時だったし、魔王ミアは魔力を極限まで抑え、高度に人化しているので問題無いのだ。
「サファヴィー公国を任されてる貴族の不細工な愛娘がな、しばらく行方不明になってた。
で、行方不明になってた不細工な娘が、つい最近発見されたんだとよ」
「それが、私の部下が運んだ荷物の中身ですか?」
「そういうこった。散々楽しんだ挙句、背筋も凍るほど無惨に惨殺された腐乱死体が荷馬車に詰め込まれてたらしい。
”ゴミ” から臭いが漏れないように魔法で密閉してあったらしいが、その手の魔法は、盗賊共には縁がねぇ」
「誰かが、我々を嵌めようと?」
「さぁな。それは知らねぇが、話題が豊富なのはいい事だぜ? 近々、こっちの依頼が控えてんだ。さっさとケリつけて来い」
西トリアの豪華な馬車でサファヴィー公国の城まで送り届けてもらい、衛兵に引き渡された。
城の地下には部下の魔力反応があり、全員が生存しているのは間違いない。問題は、五体満足かどうかだ。
(皆さん、無事ですか?)
(社長殿!? 我々は無事です! 少し長めの尋問を受け、装備を没収されたぐらいです)
(すぐに出れますから、もう少し辛抱して下さいね)
流石は我が社の社員だ。逃走しようと思えば可能だろうに、彼等は非常に落ち着いていて、これ以上状況を悪化させないよう務めている。
衛兵にエスコートされ、私が案内されたのは王の間だった。
そこには、案の定、悲しみと怒りに塗れ正気を失いかけているサファヴィー公国の統治者 ”マルファ公爵” が前のめりに鎮座していた。
「貴様がラインハートか。今日、此処に呼んだのはな。お前達が運んで来た荷馬車に、我々にとって非常にショッキングな荷物が積まれていたからだ」
「マルファ公爵様。我々は副業で運送業務も行っておりますが、金さえ支払われれば、爆発物だろうが木材だろうが運搬します。それは、中身が何であれ対応出来るからです。ですので、わざわざ中身を確認するという無粋なマネは致しません」
「シラを切るつもりかっ!!」
「まさか……。我々は、依頼主不明の物は運びません。例え偽名を使おうが、姿形を変えようが無意味。不審物を運ぶ際には手を打っているという事です」
「36時間以内に、首謀者を生きたまま此処まで連れて来い。そうすれば、貴様らは生きて帰してやる」
36時間以内に盗賊共を生け捕りにし、城まで連れてくれば釈放してくれるらしい。まぁ、危機的状況も想定していたが、公爵の理性が飛んでいるおかげで、今日は早く帰れそうだ。
「マルファ公爵、ご心配なく。もう、その者達は此方に向かっているでしょう」
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私が、西トリア城で世間話をしていた頃。
念話で盗賊の身柄を拘束するよう指示を受けたエスカーとヴィットマンは、盗賊のアジトへ向かっていた。
依頼に来た盗賊の頭目は生かして帰したが、シーフ系のクラスの社員に後をツケさせていたのだ。
「しっかし、ライもお人好しだぜ。
盗賊絡みのロクでもねぇ依頼受けたおかげで、わざわざ俺達が出張らなきゃならねぇ」
「まぁそう言うな。ラインハートも何かを期待して依頼を受けたのかも知れん」
盗賊が最初に依頼をしに来た日、私は依頼書を受け取っていた。
荷物は ”芋” 、お届け先は ”サファヴィー公国の城” となっていたのだ。これが、他所の国なら、痺れを切らしてやって来た2回目の日に地獄に突き落としてやるとこだが、今の今まで縁の無いサファヴィー公国絡みだったので受けてやったのだ。
「ヴィットマン、左右に20づつ。猿が隠れんぼしてるぜ、ケツが丸見えだ。俺は右のモンキーパークで遊んで来る」
「おう、じゃあ俺は左の猿山を掃除して来るぜ。だが、エスカーよ。何か腑に落ちんと思わんか? 連中からすりゃ、俺達は ”ぶち殺してぇ” 相手No.1の筈だろ?」
「俺も気になってた。その気になりゃ、国を制圧出来るぐれぇの軍事組織を相手にするんだ。この程度の待ち伏せは序の口で、最終的には大陸中の盗賊が押し寄せる総力戦になりそうな気がするぜ」
案の定、盗賊達は victory order社の報復を誘っていたようだ。しかし、それにしては規模が余りにも小さい。
エスカーの予想通り、複数の盗賊団と徒党を組み、少数精鋭で動く我々に対して何処かで総力戦を仕掛けてくるのだろうか。
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「クソッ! クソっ!! あのクソったれっ!!!
散々食い散らかして ”お片付け” もしねぇでバックレやがったっ!!」
盗賊のアジトでは、頭目が慌てて荷物を纏めていた。金や宝石、売ればかなりの額になる魔石等など、必死に荷馬車に押し込んでいたのだ。
「何が ”俺達が手を組めば問題ねぇ” だ!!
待ち伏せしに行ったかと思ったら、そのままトンズラしやがって!! クソがっ!!
早く逃げねぇと V.O のキチガイ共が押し寄せて来るっ!!」
「よぉ、配送完了のお知らせに来てやったぜ」
振り返った盗賊の目には、何とも胡散臭い優男と、目の錯覚かと思う程の筋肉を搭載した大男が写った。
「よ、よぉ。一日ぶりだな、丁度おたくん所に詫び入れようと思って手土産を準備してたとこなんだよ」
「気が利くじゃねぇか。それは慰謝料って事で遠慮無くちょうだいするとして、悪ぃがテメェには一緒に来てもらうぜ」
「待ってくれよ!! 俺は何も知らねぇんだ!! 大陸の北っ側をシメてる盗賊団 ”白狐” の連中に唆されただけなんだ! あのアナキスト野郎をとっ捕まえりゃあ、全部片付く話なんだ! 分かんだろ!?」
「白狐?」
エスカーは、その北の盗賊団に心当たりがあったらしいが、今はそれどころではなかった。
腰を抜かして座り込む盗賊の頭目の前には、エスカーとヴィットマンが立ちはだかっているのだが、その2人を片手で無造作に押し退け、盗賊の喉元にトーキックを撃ち込む凶暴な女性も一緒だったからだ。
「ヴェッッ!!」
ルナも来ていたのだ。
「あんたら何時まで遊んでるつもり?
金目の物は回収したし、証拠品と現場の映像も撮ったわ」
「転移魔法陣の用意もバッチリか?」
「えぇ。急がないと不味いわ…… ルミナがキレかけてる」




