#28 運命の分かれ目
「なぁ、本当に俺じゃないとダメなのか? すんげぇ嫌なんだけど」
「勿論です。この件は、貴方以外には頼めません」
盗賊団から荷物を預かり、その輸送任務に、普段、遠方の輸送依頼に従事しているベテラン社員を編成して送り出した。
その後、執務室にテオを呼んで、とある任務を任せようとしたのだが非常に嫌がられている。
その任務とは、ストラス国の報道官として城に住む事だ。
「引き受けても良いけどよ、1つ条件がある」
「その条件とは?」
「通勤にしてくれ。転移魔法使えるんだ、わざわざ常駐しなくてもいいだろ?」
「…… 通勤に転移魔法とはリッチですね」
テオは、victory order社の中でダントツにハンサムだ。
それに、清潔感、背丈、度胸、戦力共に申し分無い。
「で? 報道官の役目ってのは何だ? 新聞屋みたいな感じか?」
「いいえ、私の言葉を貴方に代弁してもらうのです」
映像記録用の魔道具が街で売られているが、各国の支配者達は、その魔道具の進化版である ”長距離念話を可能にする” 魔道具で繋がっているらしく、ストラス国にも ”それ” はあった。
「思考停止している国王に代わり、私が裏でストラス国の舵取りをします。貴方には、国内外へストラス国の考えを伝える役割を担ってもらいます」
「責任重大じゃねぇか!」
「バラしますよ?」
「え?」
「ベルに対して必要以上に叱責していた事を、私はシャーロットにバラしますよ?」
「くっ……」
最近、シャーロットとベルは関係を加速させている。
誰かを護りたい欲求を持つ、クラス ”守護者” のベルと、誰かに構ってもらいたい ”聖女(危)” のシャーロット。
そのシャーロットに、テオがベルを虐めていたと伝われば、それはもう厄介極まりない状況になる。かも知れない。
「やりたくねぇけどな……」
「遭遇する度に小型の猛獣の様に威嚇してくるでしょうし、事ある毎に因縁つけてくるでしょうね」
「…… や、やるって言ってんだろ! うっせぇなぁ!!」
やってくれるそうだ。
ストラス国の騎士団は、私に忠誠を誓っているので不便は無いだろう。
テオが退出した後、私はシェフシャ王国のパーティーに出席する支度を始めた。嘗て、我が社でダイエットに励んだ女性が、シェフシャ国王の側室に選ばれ、無事懐妊したらしい。
「ラー! 準備完了やで!!」
「俺も準備完了だ」
「私も準備完了です。行きましょうか」
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会場に着いたが、国王の元には各国の重鎮が引切り無しに挨拶しに来るので、タイミングが来るまで席で待つ事にしたのだが、接客を国王に丸投げしたクロエが小走りでやって来た。
「ラインハートさん、シャーロットさん、先生。お久しぶりです」
「クロエさん…… いえ、王妃様。お久しぶりです。この度は、ご懐妊おめでとうございます」
「クロエ、ホンマおめでとう!」
「まったく、感無量だぜ」
その立ち振る舞いは、すっかり王妃だ。
城での生活など、彼女の近況を聞いていると、シェフシャ国王 ”アリシオン” が我々の席にやって来た。
初対面だが悪い印象は無い。若く、知性を感じさせる雰囲気を纏っている。”仲良くやれそうだ” これが、彼に対する私の第一印象だ。
「こちらが、私が大変お世話になった victory order 代表のラインハートさんよ」
「お初お目に掛かります。ストラス国で、民間軍事会社 victory order の代表をしております、ラインハートと申します。本日は、お招きいただき光栄です」
「遠路遥々お越しいただきありがとうございます。妻から話は聞いていますよ。
全く畑違いの依頼を引き受けてくれたのでしょう? そのお礼に、ささやかな晩餐を企画していたのですが、国内で他国の商隊が惨殺される事件が起こり延期となってしまいまして、お招きするのが、このタイミングになってしまいました」
非常に恐縮する所だが、”豚野郎” だの ”子豚さん” だの、その依頼を請ける前に吐いた暴言、その他諸々の余計な情報が漏れていない事に、私とヴィットマンは内心ホッとしていた。
そもそも、礼を言われる事では無いのだ。
ヴィットマンの鬼畜メニューを熟し、理想の自分を手に入れたのは彼女自身だ。
「クロエ、あと何ヶ月なん? 男の子だとええな!」
我々が、気になっていたが聞けずにいる事を、シャーロットは意図も簡単に口にする。
クロエは正妻ではないので、男児を出産しなければ御役御免となる。
なのに、産まれてくる子供の性別が分かる前に、何故、この様な晩餐を開催したのか。
「あと4ヶ月よ。産まれてくる子供は男の子なの」
「「…………!!?」」
何やら、最近の鑑定魔法は出産前に性別の鑑定が可能らしい。クラスや、発現するスキルを鑑定する事は無理らしいが、性別に関しては100%の精度を誇るそうだ。
出産前に性別を知る事には賛否両論ありそうだが、彼女の場合は状況が状況だけに、早く知っておきたかったのだろう。
因みに、正妻は不妊治療の真っ最中だそうだ。大金を積んで聖女に治療してもらったらしいが、後天的なものではなかった為に、治療は不可能だったらしい。
まぁ、そんな事はどうでも良く、国王は2人をとても愛していると言っていた。
そんな話をしていると、ふと視線を感じた。
視線の主は、ゲヴァルテ帝国の高官達だった。我々のような一般人が、長々と国王と話をしているのが気に食わないのか、この場に相応しくない目付きだ。
「帝国の使者様でしょうか? 先程から陛下を待ちわびているようです」
「あぁ、本当だ。申し訳ない、私はこの辺で失礼します。ゆっくり楽しんでいってくださいね」
アリシオンは、爽やかに微笑むと帝国関係者の元へ。
その後、クロエから聞いたのだが、アリシオンは ”連中” の相手はしたくないらしい。
魔王軍との戦闘を繰り広げている帝国だが、前線に投入されているのは勇者一行と英雄率いる歩兵師団が複数個であり、その他の兵力は諜報活動や領地の防衛に従事している。
現在、魔王軍は帝国の主要都市に近付く事も出来ない状態で、それだけ勇者一行の活躍が目覚しいわけだ。にも関わらず
帝国が倒れれば、大陸に住む者に暗黒時代が訪れる。
帝国は ”それを大義として” 近隣諸国に対して様々な要求を繰り返している。
その中でも、シェフシャやナホカト国のような ”最も近いお隣さん” には、定期的な騎士の派兵が半ば義務化されていたのだ。
言わずもがな、帝国が擁する英雄と共に前線に投入される兵力の55%は他国の兵士だ。
「西トリアでは、その話は聞きませんね」
「西トリアは断ってるわ」
ならば、同じく断ってみればいいと思うだろうが、それは無理な話だ。
「長距離魔道砲の射程圏内なのよ。この城も」
長距離魔道砲は帝国の専売特許のようなもので、かなり強固な結界を展開しなければ防ぐことが出来ない。まぁ、防ぐにしても城だけ守ればいいと言う話でもないだろう。
「それに、断れば経済的に孤立させられちゃうわ」
対魔王軍戦での派兵を要求され、実際に派兵している国は、ナホカト国、シェフシャ国、そしてサファヴィー公国だ。
この3カ国以外の国は何をしているのかと言うと、東トリアは支援物資として一定量の食料を献上し、私が流れ着いた場所、イヴエの森を擁する ”セレウキア王国” は皇帝の親戚なので、そもそも要請自体が無い。
ストラス国は、小国だが大規模な魔鉱石の鉱脈を領内に持っている。これは魔道具や魔道兵器の素材になるのだが、それを帝国にのみ輸出する密約で、兵士の派遣はしなくてもいいそうだ。
「西トリアは何でなん?」
西トリアは、現在、前線で活躍している英雄の1人を派遣している。”アイツが死んだら派遣してやる。それまではナシだ” と断り続けているそうだ。勿論、良い印象は持たれていないだろう。
西トリアのような国もあり、それぞれに密約やしがらみが有るのだが、一番厄介なのは、帝国にギルド本部が在る事だろう。
騎士の手が回らないような、痒いところをカバーしているのは冒険者と呼ばれる民間戦闘員達だ。
もし、ギルド支部を閉鎖されてしまえば、冒険者達は国を出るだろう。そうなれば、くだらない厄介事に追い回されるばかりか、国が衰退していく。
「特に皇帝に近い者が治める国は、他国のスキャンダルを今か今かと心待ちにしているのよ」
魔王軍もそうだったが、人間の国も大差無いようだ。




