#26 要求IV
ストラス国王の奴隷化…… いや、個人的友好条約締結を終え、屋敷に戻った。
今回の件の処分について話をする為に、ベルを呼ぼうと部屋に行ったのだが、そこにベルの姿は無かった。
「…………」
ベルの魔力反応は、2階の角部屋…… ローラとイザベルの部屋に有ったのだ。
その部屋に行くと、ソファーで寛ぐイザベルと、そのイザベルに祈りを捧げるベルの姿があった。
「どうであった? 勇敢なる戦士…… いや、社長殿よ」
「大方、予定通りです」
「ふむ、それは良かった。後は、勇敢なる社員ベルの処分であるな? どの様な内容か、少し興味があるぞ」
「厳しい内容ではありませんよ。減給(10分の1)1ヶ月、この程度が妥当でしょう。
ベル、貴女の処分については以上です。これに懲りずに精進して下さいね」
イザベルは、見た目はローラそっくりだが、得体の知れない神々しいオーラを放っている。そんなイザベルに祈りたくなる気持ちは分かるが、その内容は何か。
十中八九、シャーロットの事だろう。
「ベル、シャーロットは無事保護しました。それも、貴女が祈りを捧げてくれたおかげでしょう」
「社長!!」
「!!?」
終始黙って聴いていたベルは、私の前に跪き、こう言ったのだ。
”直に、稽古を付けて欲しい。だれよりも強く在る為に”
現在、戦力的にはC+の彼女だが、伸び盛りの今、少しばかり環境を変えて手を加えれば、限界だと思っていた自分を遥かに超えるだろう。
しかし、それは私でなくてはならないのだろうか?
「その役目は、ヴィットマンでは不満ですか? 彼のレッスンは非常に理にかなっていますし、何より……」
「社長! 社長が渋る理由をご教示願います」
「…… それは、面倒だからではなく、社長業が忙しく時間が取れないからでもありません。
私の実施する訓練が常軌を逸しているからです。その殺人的なメニューを課され、貴女の心が壊れてしまわないか心配なのですよ」
「無用です」
「……?」
「その様な心配は無用ですっ!!」
齢十七の彼女の強い眼に、私の心臓は不謹慎にも早鐘を打った。これは、もしかしたら新たな英雄を自らの手で育て上げてしまう事になるかも知れないと、何故かそう感じたのだ。
「社長殿、ベルはスキルに目覚めていない。育て甲斐が有ると思うぞ」
「イザベル様、そうでは無いのです。私は生来スキルを持ち合わせていないのです」
「…………」
魔王軍時代、捕らえた兵士達の中に、スキルを持たない者が少数だが居たのを覚えている。
戦闘職のクラスでありながら、特殊なスキルを備えていない彼等は、スキルが有れば魔族の捕虜になどなっていないと、必ず口にしたものだ。
現にスキルを持たない者を見てきている訳だが、その様な不公平が有り得るのだろうか?
答えはNOだ。
神は、魔族にも人間にも亜人にも、分け隔てなくスキルを与えている。
基本的には先天的に備わっているスキルだが、ある日突然発現する場合もあるのだ。
それは、例えば ”決意” であったり ”出会い” であったり ”死を覚悟した時” であったり ”年齢” であったりと様々で、運悪く獲得出来ずに生涯を終えた者もいるだろう。
だが、獲得出来たならば、そのスキルは強力なものである可能性が高い。
そんな事情もあり、私はベルの認識を正す事も忘れて本題に入った。
「私が自ら稽古を付けるとして、貴女は何を目指すのですか?」
「 ”最強” の、シャーロット様専属護衛要員です」
最強…… 最も強き者とは大きく出たものだ。
彼女のクラスは、現時点ではあまり強者のイメージが無い ”守護者” だが、スキルに目覚めてもいない伸び盛りの晩成型。育ててみるだけの価値は十分にある。
「早速、明日から始めましょう」
「はいっ! よろしくお願いします!!」
私は、9ヶ月間ベルを任務から外す事を幹部に伝え、空いた時間は、可能な限りベルの訓練に費やする事にした。
不在の時間用のメニューも用意し、イザベルが付き添う。
「ベル! 無事やったんやな! ホンマに良かった!!」
そんな話をしていると、部屋にシャーロットがやって来た。
ベルの無事を心底喜び、抱きしめながら頭を撫で回している。申し訳なさそうなベルに代わり、私は特訓の件を話した。
9ヶ月間、任務には就かず、私の元で訓練に励む事になると言うと。
「お前、ラーの訓練はシンドいで!? いけるん?」
「はい、私は強くならなければならないのです」
強くならなければならないと言うベルに、シャーロットは ”なんでなん?” と言った。
その問に、自分が言っても良いのかと戸惑うベル。
「シャーロット。ベルが、私の元で訓練に励み、私の予想を超える成長を遂げたなら、貴女専属の護衛とするつもりです」
それを聞いたシャーロットは、ニッコリと微笑み、こう言ったのだ。
「護衛とちゃうやろ? 24時間付きっきり、私に構ってくれる侍女やろ?♡」
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「こんな遅い時間まで訓練たぁ、精が出るねぇ。
メシは姉さんが用意してくれてるから、まぁ座っとけよ。呑むだろ?」
翌日の夜、私の訓練から解放され、フラフラと食堂にやって来るベルの姿があった。
創業初期に、元英雄2人の部下を訓練したが、その時は常識の範囲内だった事もあり、今回の個人レッスンには幹部達も興味津々らしい。
「で? どうよ、ライの訓練は。ハードか?」
エスカーの質問に、ベルは虚ろな目で答えた。
「ハードかどうかは分かりません。
でも、早くも気付いた事があったんです」
「まぁ、何だかんだ言って、アイツは教えるのは上手いからな」
早くも、何かコツを掴んだのだろうと思ったエスカーに、ベルは予想外の言葉を口にする。
「骨折しても痛みを感じないし、少し動きが悪くなるだけなんだって気付いたんです。
それに、社長は回復魔法も沢山使えるんですよ。フフフッ」
「……。 うげぇ…… 酔いが覚めた。まぁ頑張れ、骨は拾ってやるからよ」
「はい」
そんな日々を、ベルは9ヶ月も過ごすのだ。
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週末、名ばかりストラス国王が現金を持って事務所にやって来た。
「金は払ったぜ! もう因縁つけて来んなよ!?」
「国王、顎の骨が砕けた事ありますか?」
すっかり大人しくなった国王に、今後の話を少しだけしようと思う。
近い将来、東西トリアの紛争が起こる。
その時の、ストラス国の立場についてだ。
「マジかよ!? 遂にドンパチ始めちまうのか!?」
「えぇ。その時、ストラス国には ”中立” の立場を固持してもらいたいのです」
「いや、それは別にかまわねぇけど」
「その時が来たら、細かい指示を出しますので、よろしく頼みますよ」
その細かい指示のおかげで、ストラス国が超大国に目を付けられる事を、彼はまだ知らない。




